ゼロから立ち上がる会社に学ぶ 東北の仕事論。 朝日新聞気仙沼支局 篇
第4回  氷の水族館、流された本屋。
千田 15年前、市が4億、県が3億、
わたしたちみんなで3億円を出しあって
「産業センター海の市」
というお土産センターをつくったんです。

当時の市長さんが、社長になって。
糸井 ええ。
千田 これが、お客が入らずに、赤字いっぱいで。
糸井 あらー。
千田 次の市長さんに社長を交代したけど、ダメ。

そこで、市から
こんなに赤字を出してはどうにもならない、
なんとかならないか、と。
糸井 ほう。
千田 まぁ、そうお願いされると
わたしらもね、すっかりいい気分になって、
引き受けたんです。
糸井 おお。
千田 でもね、引き受けたはいいけど、
もう、まるで「歯が抜けていく」みたいに
テナントがどんどん抜けていく。

で、一本抜けると、
となりの歯もまた、倒れてきちゃう。
糸井 なるほど‥‥。
千田 テナント募集しても、入らない。
コストは高いし、売れないしで。
糸井 どうしたんですか?
千田 あるときに‥‥港祭りで見たんですよ。

氷屋さんが、透明な氷にカツオを入れて
飾っていたのを。
糸井 ええ‥‥カツオを。
千田 「うわー、きれいだなぁ、
 カツオが涼しそうにしてて、いいなぁ」と。

で、別のところをぐるっとまわって
1時間後に戻ってきたら、
氷のなかのカツオが、すっかり血を出して
見るも無残な姿になってたんです。
糸井 1時間で?
千田 そう、で、「なんでだろう」と。

どうして
氷の中のカツオが1時間で‥‥。
糸井 不思議ですね。
千田 いろいろと調べてみたら、
いくら氷の温度が「氷点下」だといっても
光がカツオにぶつかると
それだけで、熱を発生させるんだって。

それで、温度が上がっちゃって
べちゃべちゃになっちゃったらしいんです。
糸井 へぇー‥‥。
千田 こっちはね、そんなの知らないですよ。
学問ねぇもんですから。
糸井 いや、ふつう知りませんよ。
千田 でもそれが、ものすごく新鮮だったんです。
だから、氷屋さんに聞いたんですよ。

「ということは、光さえ入れなければ、
 氷はいつまでも大丈夫なのか?」と。
糸井 おおー。
千田 そしたら
「光を入れずに、零度以下を保てば、
 何年だってもちますよ」と。

「ようし、そんなら」ってことで、
氷のなかにいろんな魚をいっぱい閉じ込めて、
氷の水族館をつくったんです、空き店舗に。
糸井 ‥‥おもしろいですね。
千田 入場料については、迷いました。

でも、やはり子どもたちに見てほしかったから
「小学生は100円、大人は300円」と。

そしたら、1年目に10万人くらいお客さまが
来てくれて
2年目以降も、毎年7万人ぐらい入って‥‥。
糸井 すごいじゃないですか。
千田 毎年、5000万円くらい出ていた赤字は
解消しました。

もちろん、余裕なんて、ありませんから
わたしたち役員は全員、無報酬ですけど。
糸井 へぇー‥‥。
千田 で、やっと借金ゼロになったと思ったら
ぜんぶ津波に持ってかれちゃった。
糸井 そういう時期だったんですね。
千田 そうなんです。

‥‥わたし、本屋も経営していたんですけど、
津波が来たとき、
うちの店には「23万冊」の本が入ってたんです。

どんな日でも、1日1000人のお客さんが来て
700人のお客さんが、
本を買ってくださるという、そういう本屋。
糸井 すごいですね。
千田 いま、出版業界では活字離れで
お客さんが減っているといわれるなか、
わたしの店では
売り上げが下がることはなかったです。

でも、気がついてみると
このあたりに「17軒」あった本屋は、
5店舗になっていました。
糸井 やはり、全体で見ると厳しかったんですね。
千田 その5軒も、ぜんぶ津波でやられましたが。
糸井 じゃ、この町では、いちど「本が途絶えた」と。
千田 うちの店で流された「23万冊」というのは
金額にして1億5000万。

第一波で、ただの1冊も残らなかったんですよ。
まーったく、何にもなし。一発で。
糸井 はぁ‥‥。
千田 女房が
「わぁ‥‥1億5000万が流された」って
言ってましたが、
原価でいうと1億2000万くらい。

でも、震災のあとしばらく経ってから、
本の問屋である取次店さんが
気仙沼の本屋さんも大変でしょうし‥‥と、
本を運んできてくれたんです、2トン車で。
糸井 ほう。
千田 これは、本当に、ありがたいことでした。
わたしたちも
本の移動販売が来ますよと、新聞広告を打って。
糸井 ええ、ええ。
千田 で、いよいよ2トン車が到着してて、
本を下ろしたら‥‥片っ端から売れてくんです。
糸井 「飢えて」たんですね。
千田 感動しました。

活字文化というものは、
これほどまでに、力強いものだったのかと。
糸井 うん、なるほど。
千田 大人も、子どもも、おばあちゃんも、
みーんな、トラックの到着を待ってるんです。

取次店のかたも、ビックリしてました。

初日、2トン車はほとんど空になったので
また次の日‥‥
というのを、何日か繰り返して。
糸井 うれしかったんでしょうね、みんな。
千田 本を買いに来た人の話を聞いておりましたら、
「読むものがないのはさびしい」と。

わたしは専門外ですから
あんまり、神経も使わなかったんですけれど、
「子どもたちの本がないのは困る」と。
糸井 うん、そうか。
千田 他にも、料理本がないと困るという婦人がいたり、
池波正太郎の本、
シリーズで持ってたのに流されちゃった‥‥とか。
糸井 ええ、ええ。
千田 読まないけれども、買っておきたいとか。
糸井 活字って、そういうもの‥‥なんですね。
千田 だからいま、急いで本屋をつくってます。
いつでも再開できる準備を、整えようと。
糸井 いいですね。
千田 取次店の社長と懇談したとき、
この地域の書店を潰してはいけない‥‥と、
言ってくださったんですね。

で、津波で流された本、
全額、補填されることになったんです。
糸井 え?
千田 青森から茨城までの被災地で、合計50店舗。

地震でダメになった店舗が、20くらい。
津波で流された店舗が、30くらい。

その50店にあった本、ざっと「16億」ですが
このままでは
被災地の活字文化がお終いになってしまうと、
トーハン、日販という取次店が
各出版社に、はたらきかけてくれたんです。
糸井 すごいことですね。
本当に‥‥捨てたものじゃないなぁ。
千田 あれは勇気つきました、本当に。

<つづきます>
2012-03-12-MON
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