バブー&とのまりこの パリこれ! 住んでみてわかった、パリのあれこれ。
2003年、フランスに単身で渡り、 現在はパリを拠点にヘアメイク&フォトエッセイストとして 活躍しているとのまりこさんが、 愛犬のバブーくん(アイルランド出身)を相棒に、 パリ暮らしのちょっとびっくりな出来事や、 へぇ〜っと感心する習慣などなど(*)をお届けします。 *もちろんすべてのフランス人やフランス全土に共通しないこともあります。 週に1回、でも気まぐれにもっと更新するかも? すてきな写真とともに、おたのしみください。 Amusez-vous bien!

 
とのまりこさんと バブーくんのプロフィール
 




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「光の都」の街灯は
即席の処刑台だった?!

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「光の都」の街灯は
即席の処刑台だった?!

バブー

みなさん、ボンジュ~ル。
パリの街を歩いていると、
ふと見上げたくなる瞬間があるよ。

石畳の上にすっと立つ緑色の鋳物の街灯。
空には電線が一本もなくて、
オスマン様式の石造りの建物と
木漏れ日の中にまるで絵のように佇んでいる。
雑誌の「パリ特集」で見かけるとおりの
あの美しいパリの街並みだね。

 

パリの美しい街並みを構成しているもののひとつ、
昔から変わらぬデザインの「街灯」。
かつては「街灯点灯夫」がひとつひとつ
つけたり消したりしていたという姿を想像してみたり。

 

とのまりこ
パリの街並みが美しい理由のひとつは、
空に電線がないことだと思っています。

電柱も、電線も見当たらない。
すっきりとした空の下に、
クラシックな街灯だけがすっと立っている。

パリでは電力網の大部分が
地下化されているため実現している景色で、
建物の外壁への電線設置は
景観保護のために
厳しく制限されているんです。

 

街灯を見上げながら歩いてみると、
いくつかデザインが違ういろいろな街灯を
見つけることができます。
いずれも街の景観を邪魔しないデザインのものばかり。

 

バブー
この「緑の鋳物の街灯」、
実は19世紀を思わせるデザインなんだ。

1850年代~60年代、オスマン男爵による
パリ大改造の時代には街灯をはじめとする
パリの街も整えられていって、
150年以上たった今もそのデザインの系譜が
受け継がれているんだよ。

そんな歴史ある街灯、
実はパリの街灯そのものの歴史をたどってみると、
ドラマチックというか‥‥
かなり物騒な話も出てきたりするんだよ。

「光の都」と呼ばれることもある
ロマンチックなイメージのパリ。
でも始まりはロマンスとはほど遠い、
超・現実的な理由からだったんだ。

 

とのまりこ
ルイ14世の時代。
当時のパリの夜は強盗や無法者が
暗闇を利用して荒れ回ることもあり、
危険なことも。
そこで当時の警察長官が
夜間の犯罪や安全対策のために
街中にランタンを設置することを命じた。
これが「光の都」の始まりなのです。

このランタン、最初はロウソクだったのが、
菜種油ランプになり、ガス灯に変化するなど、
時代と共に変わっていきます。

さらに1878年の万博を機に
電気街灯が登場して、
1880年代から徐々にパリの街が
電気化へと進みます。

 

改めてパリのあちこちの街灯を眺めていると、
エリアによって、また、通りの広さや
照らさなくてはいけない範囲などによっても、
さまざまなデザインがあるのがわかります。

 

バブー
そんな街灯の歴史の中でも
フランス革命期(1789年~)の話は、
ちょっとドキッとするストーリーだよ。

当時の街灯は、ロープと滑車で
高い位置に吊り下げる構造だったのだけど、
革命に燃えた民衆たちは、
憎い貴族や官僚を捕まえると
「À la lanterne !(アラ・ランテルヌ)」
=「街灯に吊るせ!」
って叫んでいたんだって。

とのまりこ
バスティーユ陥落のわずか8日後、
1789年7月22日の「街灯処刑」が
歴史に残る初期の代表例なのだそう。

現在のパリ市庁舎前広場にあった一本の街灯に、
民衆の怒りを買った高官たちが
次々と吊るされたといいます。

「À la lanterne !」は革命の合言葉にもなっていて、
革命歌の歌詞の中にも
「貴族を街灯に吊るせ!」という一節があるほど。

やがてギロチンという公的な処刑方法が登場しますが、
革命期のパリでは、街灯もまた
「市民の即席処刑台」のように
使われていたということ。
「光の都」のかなり物騒な一面を知ってからは、
街灯を見上げると、たまに歴史の中の
物騒なシーンを想像したりもしています。

 

これがパリ市庁舎前広場。
歴史に残る初期の代表例という
「街灯処刑」があった場所。
まさかこの街灯で?!なんて、
ちょっと怖い想像をいろいろと‥‥。

 

バブー
怖い話ばかりじゃなくて、
もっと温かいエピソードもあるよ!

街灯が油式のものへ変わっていくと
「街灯点灯夫」という職業が定着していったんだ。

毎夕日が暮れると、
長いポールを肩に担いでパリの街を歩き回り、
一本一本の街灯に火を灯していって、
夜明けにはまた消して回る仕事だよ。

油の補充、芯のカット、ガラスの掃除、火の調節etc.
どれも技術と経験が必要な仕事で、
手際が悪いと黒煙が上がって
街が暗くなってしまうんだって!

とのまりこ
街灯に火を灯すといえば、
『星の王子さま』に出てくる「点灯夫」を思い出しますが、
あのお仕事ですよね。
市民から頼りにされ、一目置かれた
誇り高い存在だったのだそう。

1878年のパリ万博で電気街灯が登場して、
電気照明が広がるにつれて、
この職業は少しずつ姿を消していきました。
が、実はパリから最後のガス灯が
撤去されたのは、1962年。
実は20世紀半ばまであったそうで
案外最近まで続いていたのだと驚きです。

バブー
防犯対策から始まり、革命の処刑台になり、
点灯夫の誇りを宿して、
150年以上変わらないデザインを
守り続けてきたパリの街灯。

そんな歴史を思いながら今日もボクは
お散歩してたんだけどね。
街灯の根元がぱっくり開いているのを
見つけたりもするよ。中身が丸見え…。

19世紀のデザインの重厚な鋳物の柱の中から
顔を出しているのは、
透明なプラスチックの防水ボックスと、
赤と黒の配線。
そして周りを留めている黒い結束バンド。
結束バンドで止めていた蓋は
どっかになくなっちゃったのかなあ。

 

街灯の根元って、こんな感じのデザインなわけですが‥‥。

 

 

たまにこんな状態で中が丸見えみたいのを、発見したりしてね。
今日も発見しちゃいました。
歴史もロマンもない電気配線ボックス丸出し状態。
中はこうなっているのかあ〜と興味深かったりもするのですが、
危ないよねとも思ったりもして。
危なくたってなんだって、こういうのが放置されているのも
おフランスあるあるです。

 

とのまりこ
こういうのがそのまま放置されているのも
おフランスあるある。誰も気にしません。
(正確には「気にして言ったとしても変わらない」
が正しいかも‥‥)
何ヶ月も年を越してもこのまま放置されていたりして、
ふと気づくと直っていたりします。

バブー
歴史の重みと結束バンドの軽さが
一本の街灯の中に共存している、そんなパリ。
今日はだいぶ秋らしく涼しくなったよ。
朝晩はだいぶ寒いくらい。

それではみんな、今週もよい1週間を!

 

 

*とのまりこさんの本*


「シンプルシックで心地よい暮らし
パリの小さなアパルトマンで楽しむおうち時間」
出版社 : 世界文化社
発売日 : 2021/5/29

 

 

※この連載を再編集し、
 書き下ろしも入れて新潮文庫になりました。
 こちらをぜひご覧ください!(2015年8月出版)

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illustration:Jérôme Cointre