糸井 |
吉本さんちのまわりには、
猫がたくさん住んでるんですが、
これはお墓が近いからでしょうか?
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吉本 |
いや、お墓というより
広い場所がある、ということなんでしょう。
ぼくは、猫だけはわりあいに、
子どものときからずっといっしょにいます。
それは野良猫ですけどね。
猫さんが死ぬってときは、
ぼくの経験によれば、
それまでどんなに一緒にじゃれたり
近所にいても、そこから離れて
暗くて静かなところにこもって亡くなります。
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糸井 |
みんな蒸発したまんまになっちゃうんですね。
不思議だけど、なんとなく、
ぼくはわかる気もします。
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吉本 |
ぼくはね、死んだら、
町会葬にしてくれ、と思ってます。
テントだけ貸してくれるんですよね。
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糸井 |
町会のやつですね、はい、はい。
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吉本 |
そこで、テントだけ貸してもらって
それらしく装ってくれればいいです。
生きてるときにえばるやつがいても、
あいつはしょうがない、って思えるけど、
死んでからお葬式で盛大になんて、
そんなこと、意味ねぇじゃねぇか、と思います。
別に無神論を主張しなくたっていい、
そんなことも意味はねぇや、と思います。
だから、別に遺言じゃねぇけど、
ぼくは、町会葬にしてください。
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糸井 |
なんとなく憶えておきます。
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吉本 |
誰かがヘンなことしようとしたらね、
町会葬だ、って、そう言ってください。
強情な連中ばっかりですけど
もう、がんばって、言ってください。
糸井さんが言えば聞いてくれると思うから。
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糸井 |
わかりました。
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吉本 |
ぼくんちのお墓は、
浄土真宗で、明大前にあるんですよ。
とても小さいお墓です。
親父が無理して、きっと郷里から
持ってきたんですね。
親戚の人とかが、ときどき
おまいりに来たりしますけど、そういうときは
明大前で電車を下りて
そこの墓地のいちばん小さいお墓を探すと
出てきます、と案内します。
だけどぼくらも、もう何年も行ってるのに、
お墓に着くまでに迷ってしまいます。
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糸井 |
迷っちゃうんですか(笑)。
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吉本 |
どこだったっけな、って。
それで、ぼくの兄貴なんですけど──
ぼくの兄貴はね、本職は電気工事で、
資格で言うと甲種というのを持ってました。
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糸井 |
甲乙丙の甲ですね。
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吉本 |
そうそう。
それで、のちに食料品の佃煮屋さんに
商売替えしたんですけど、
その兄貴には、息子がいました。
いまは大きくなってるけど、
その子が小さいときに
親父が亡くなったんですよ。
そのときみんなでいっしょに
ぞろぞろ、お墓に行ったわけです。
そして、その息子がお墓を見て、
「ちいせぇ墓だなぁ」と言ったんです。
「もっと大きいの、建てればいいじゃねぇか」
とか、言ったんですよ。
そしたら、兄貴の商売関係の、
商店街の会長さんみたいな人がそこにいて、
こう言ったんです。
「ぼうず、お墓っていうのは
小さいほどいいんだぞ」
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糸井 |
おおお。
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吉本 |
それからぼくは、
そのおやじを尊敬するようになりました。
ぼくはそれが、ほんとうに忘れがたいんです。
こりゃあしかたがないよ、
兄貴が親愛を感じて、
商店街の佃煮屋さんの会みたいな
この人のところへ入ったはずだ、
と、解釈しました。
それはそれは立派なもんでね。
子どもは何も知らないから、
「もっとでけぇ墓がいいや」
と言ったんだろうけど、
その人は、
「それはちがうだろう」
って、すぐに言った。
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糸井 |
見事だなぁ。
「小さいほうがいい」
そのひと言で、ひっくり返りますね。
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吉本 |
そうなんですよ。
やっぱり、いい人というのは
どこかにいるもんですね。
どっか、隠れているもんなんだなぁ。
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糸井 |
はい。
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吉本 |
お墓というのは、何ていうか、
その人の生きざまみたいなもんでしょうね。
兄貴は意識的に
それを言うほどのことはなかったけど、
親父も兄貴も、貧乏だから
小さいお墓をかろうじて
その墓地に建てたんです。
かろうじて建てた、小さな、
半坪ほどのお墓です。
きたねぇ石で作ったお墓です。
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糸井 |
それは、別の意味で誇りですよね。
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吉本 |
誇りです。
現に、埃かぶってるでしょうけど。
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糸井 |
埃かぶった誇りだ。
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吉本 |
はははは。
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糸井 |
ぼくは、観光で高野山に行ったとき、
親鸞のお墓を見ました。
親鸞のお墓って、
あちこちにあるんですよね。
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吉本 |
そうそう、ええ。
そして、それは、全部ね‥‥
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糸井 |
小さいんですよ。
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吉本 |
そうなんですよ。
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糸井 |
親鸞の高野山のお墓は
「これが‥‥」というくらい、
道祖神みたいに、小さかったです。
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吉本 |
はいはい、それはそうでしょう。
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糸井 |
さすがだなぁと思いました。
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吉本 |
そうですね、
特別、さすがですね。
ぼくんちのお墓はそれより少し‥‥(笑)。
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糸井 |
そうですか(笑)。
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吉本 |
親鸞は、やっぱり立派なもんです。
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糸井 |
それをさせた、という強さを感じます。
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吉本 |
それは浄土真宗の本筋ですね。
まわりもたいしたもんだと言いたいところです。
俺はもう、
まわりとけんかばっかりしてるからダメだけど、
まぁ、糸井さんに言っておきますから。
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糸井 |
ええ。
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吉本 |
お墓なんかいらねぇ、骨は流しちゃえ、
というのも、ときどき聞きます。
真面目なやつが亡くなったときとか、
そういうこと、ありますね。
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糸井 |
はい、散骨ですね。
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吉本 |
家族の人たちが船を借りて
海に流しにいったりするらしいですね。
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糸井 |
吉本さんは、それはどうですか?
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吉本 |
いやぁ、いやです、いやですね。
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糸井 |
うーん‥‥散骨というのは、
無神論を表現したいという気持ちが
あるんでしょうか。
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吉本 |
無神論なら、骨はそこらへんに置いとけば
いいんじゃないでしょうか、
庭のそこらへんにでも。
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糸井 |
(笑)そうですね‥‥ただ、法律的に
庭には、たぶん埋められません。
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吉本 |
じゃあ、庭に、っていうことは
内緒にしとかないといけない(笑)。
だけどわざわざ船を雇ってまで
沖のほうに出て放ってくれというのは‥‥
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糸井 |
かえって平凡な感じにも思えるし。
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吉本 |
特にそういうふうに
目立ちたいんでしょう。
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糸井 |
うん、そうかもしれませんね。
ぼくが青山墓地で見た限りでは、
でかいお墓は軍人さんに多いです。
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吉本 |
戦争中は誰より
世間的に崇められた、
というのが軍人ですからね。
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糸井 |
しかも、残された人たち──つまり、
その威光を伝える人にとっては、
墓がでかくないと、
自分たちの地位も下がるわけですよね。
もしかしたら墓というのは
すごく政治的なものかもしれません。
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吉本 |
そうでしょうね。
位が下のやつが上のやつより
墓を大きくするということも、できないですね。
「俺の墓は、下のやつよりも
もっと小さくしろ」
なんて言う人がいたら、
それはそうとう優秀だと思います。
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糸井 |
墓を小さくするというのは、
強い意志が必要ですね。
人間のかっこつけ方や表現は、
ほんとうにきりがないし。
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吉本 |
きりがないです。
でもまぁ、遠慮なく小さいお墓でいきましょう。
糸井さん、それはほんとうに
ぼくの遺言だと思ってください。
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糸井 |
わかりました。
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吉本 |
みんながかっこいいことしようとしたら
そんなんじゃだめだと言ってください。
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糸井 |
うーん‥‥だけど、
「わざとらしくなく」ということで
全部やるというのは、
じつはなかなかホネですね。
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吉本 |
どこかで見栄も入るし。
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糸井 |
他者の意志も入る。
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吉本 |
死んでから文句言えないですから。
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糸井 |
うん。
だけど、それは、表現ですもんね。
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吉本 |
そう、死の表現ですからね。
(不定期連載で、続きます) |