吉本隆明 「ほんとうの考え」
吉本隆明さんの講演フリーアーカイブ化に向けて 糸井重里は、月に一度ほどのペースで 吉本隆明さんのご自宅に通っています。 そのとき、おしゃべりのなかで出てきたことを切り取って ここでご紹介していこうと思います。 あとから感じたことや、状況を 糸井がその都度冒頭で書いていく形式で 連載していきます。 どうぞおたのしみください。
014私 やっぱり、おおごとがあった時には、
吉本隆明さんはどう考えているかな、と思うわけです。
健康状態も、良好とはいえないのですが、
吉本さん、腰を据えて、成り行きを見つめていました。

いつも感心するのですが、
吉本さんの「ものごとのつかまえ方」というのは、
どれほど新しいことに見えようが、
「かつてあったことでもある」として、
二重画像のようにとらえるんですよね。

今回の、震災後の状況を、
「太平洋戦争」のときの日本と、
「ロシア革命」の終幕の政争と重ねました。

「公にどんなことがあろうと、なんだろうと、
自分にとっていちばん大切だと
思えることをやる、それだけです」‥‥結論はここへ。
糸井重里

糸井 3月11日、地震があったとき、
吉本さんは。
吉本 この部屋で横になっていましたが、
物がないので大丈夫でした。
ご近所はわりに閑散としてて
何かが起こったようなようすはなかったです。
ぼくは足腰の動きが不自由だから、
それからずっとテレビを聞いてました。
最初は「馬鹿に大袈裟なこと言うなぁ」という
印象を受けたんですよ。
そしたら、それは大袈裟どころじゃなくて、
すごく抑制された言い方だったわけです。
糸井 そうですね。
吉本 東北地方は、主たる産業及び
船も含めた交通、
これがまず、壊滅に近いことになった。
放射能もゆるがせにはできないですね。
これは復興を遅らせる精神的な問題に
つながっていくだろうと思います。

いま、日本の経済全体が
消費産業に移りつつある過渡期で、
東北は、たぶん役割としては
日本国の3分の1ぐらいの役割を
してると思います。

産業というものは
「食うこと」に関係がありますから、
懸命に復興を進めていくと思います。
もしかしたら
早く立ち直っていくかもしれない。
糸井 ええ。
被災地は、とても広いです。
吉本 そうなんですよね。
ぼくはべつに現場にいるわけじゃない、
物書きで、現場を離れて
観察している人間だから
遠慮がちに言わなきゃいけないけど、
おそらく、復興期における
精神的な混乱が先立って、
それが産業的な混乱となり、
復興にひびいていくのではないかと
思っています。

ここで、正確に状況を把握して
正確に対応できるようなことを
考えられればいいだろうけど、
たぶん、最初はそんなの放っぽり出して、
産業的な活動の整備、それから食べること、
つまり生活の日常の問題の混乱を
優先させていくでしょう。
そのほうがいいのかもしれません。
だけど、あまり現実離れした
抑制したことばかり言うのではなく、
壊滅状態からどうやって復活するか、
そこのところをもっと
やったほうがいいんじゃないでしょうか。
糸井 そういった流れの中で
お互いに監視しあったり、
精神的に不安定になって、
つっつき合うようなことにも
なっていますね。

結局、自分の不安を解消するために
言論を使う人が
ものすごく増えてきています。
「あれ? こんなスピードで来るんだ」と
びっくりしたんですよ。
吉本 そうなんです。
ちっとも進歩してないんです。

ちょっと昔の話になりますが、
ロシア革命のときに
ロシアが経験した混乱というものがあります。
レーニン派とスターリン派の分裂から
ロシア革命の解体がはじまったんですが──

レーニンという人は、
とてもはっきりした人でした。
革命をこういう方針で遂行していく、
そしてそれがある程度完成したら
党を解体するんだ、と言っていました。
革命で起こった災害に対しては、
必要な事務管理、実務関係の人を残して
あとは平静に戻しちゃう、
というやり方でした。
糸井 はい。とにかく
早々に解散する、と。
吉本 個々の地域問題や生活様式の違いからくる
意見の違いを調整していくことは
そのあとのことである、ということも
明言していました。

事務系の人だけ残せば
それぞれの地域の人が、
小さなグループで相談し協力しながら
続けていくだろう、
ということをわかっていたわけです。

そうやってレーニンは引退して
スターリンに実務的な地位を譲りました。
それで、心臓が弱い人だったから、
自らを養っていたんです。
奥さんが看病していました。

レーニンの奥さんには、しかし、
党の役職がちゃんとあった。
役職をないがしろにして、
自分の旦那さんの病気の世話ばかり
焼いてるということで、
スターリンに文句つけられたんですよ。
糸井 ああ。
吉本 レーニンはカンカンに怒って、
そこでもってロシア革命っていうのは、
壊れていっちゃうわけです。

どっちの言い分が通りやすいかというと、
スターリンの言い分のほうが
通りやすいんですよ。

つまり、「私(わたくし)」の問題は
二の次にして、
共産党や国家のために働くということは
第一義的なものです、
というほうが、通りがいいんですよ。
糸井 よくわかります。
吉本 いま、日本でもそうですよね。
それは戦争中も、
さんざんやったことです。

命を捨ててがんばれ、みたいな、
そんなことでやらされたという
体験がある人から見りゃ、
バカなこと言うな、
ということになっちゃうんだけど、
そういうのが、いつだって通りはいいんです。
糸井 はい。
吉本 ぼくらは戦争中、
そういう軍部に反対しきれなかった。
ぶつぶつは言うんですよ、
部分的には文句を言う。
でも、全体的には、完全に軍国主義の、
公のためになることを
することになりました。

私的なことを捨て、
公に奉仕すべきだという、
それを結局やられちゃった、
ぼくらの戦後のいちばんの後悔は
それです。

そういうのはだめなんだってことについて、
もう一歩がんばるには、
ちょっとぼくら、幼稚だったです。
幼稚だったなぁとはつまり、
あとから振り返って
そう思ってるわけなんですけどね。

よほどしっかりしてないと、
それをやられます。

公のことが大事であって、
おまえの家の旦那が病気で弱ってるとか、
怪我してるのを看病したりするのは
けしからん、と。
糸井 そこから突つかれていくわけですよね。
吉本 ええ。これはずっと一貫して
わかりきっているところなんですよ。

ここに病人がいたら、一所懸命
面倒みてやろうというほうが
重要なんだということ、
そして、レーニンにとっては
それが革命なんだということを、
わかっていたんです。

ですから、レーニンは
公のほうが大切だと言われても
動揺なんかしないんですよ。
レーニンの奥さんは
旦那の介護をやめなかったし、
レーニンもその考えを
一度も捨てなかったです。

そうやって、結局
レーニンは負けていくことになりました。
糸井 ものすごく大きな、
真ん中の、分かれる場所ですね。
吉本 そこで、決まってますよ。
今度のことは、
なんかわけのわからんっていうか、
つまらねぇ論争のつまらねぇ足の取り合い
というようなところがある。
糸井 なんだか得点入れあってるような
おかしな遊びがはじまったり。
吉本 要するに、簡単に言えば、
個人個人が自分が当面してる、
いちばん大切なことを、
いちばん大切として生きなさい、
という、それだけのことですよ。

公にどんなことがあろうと、なんだろうと、
自分にとっていちばん大切だと
思えることをやる、それだけです。

しかしそれは、人間に対する、
透徹した信念を
持ってないとダメなんだけど‥‥
ぼくはダメなやつだったわけですけど、
しかしそこからは徹底して、
これまできたんです。

人間性に反することが
自由平等とどこが関係あるか、というところに
論議がいけばいいわけなんだけど、
そうはいかない。

個人的な病人を抱えて
看護をするなんてことは、
言ってみれば、不要な、
小さなことなんだっていう考えになって
──話を小さくつづめて言えば、
結局は、ロシア革命も、戦中の日本も、
そこで、もうダメになっちゃったと
いうことだと思いますね。
糸井 同じようなことだと
ぼくは思っているのですが、
戦国の死体が
累々としてるような時代に
親鸞というお坊さんが出てきましたね。
吉本 ええ、ええ。
糸井 それも、やっぱり似たような状況で、
いま目の前にある不幸と
宗教家として向かい合わなければならないときに
何を考え何を言うかは、
ものすごく難しかったと思うんです。
吉本 そうだと思います。
糸井 弟子の唯円が
「わたしは浄土に行きたいと
 思わないんだけど」
と問うたら、親鸞は
「俺もそうだよ」
と言ったという話があります。
吉本 ええ、まったくそうです。
そんなとこには行きたくない、
ここにとどまりたいというのが
ほんとうでしょう。
そこで、親鸞は
もっともらしいことは言わなかったわけです。

それは、難しいって言えば、
とても難しいことです。

ですから、いま、考えて
自分にも役立つだろうし、
自分の近辺の人にも役立つだろうし、
ということをやればいい。
それは完成に近いところまで行けば、
国が変わるところまでつながっていくわけですが、
そこまでは人間はなかなか悟れないというか、
見解を持っていけないから、
だから、中途半端で。
糸井 はい。
吉本 俺のほうがいい政治家だとかなんだとか
ってことで、
ケンカして、もう1年半も経ってますけど、
何もしてない、
何も結論出てない、ということになる。
糸井 しかし、そういう意味では、
とても悲しいけれども、
ひとりずつが何を考えてるのかを、
確かめる機会にはなりました。
吉本 そうなんですね。
そうだと思いますね。
糸井 ぼくはまず、
「自分のリーダーは自分だから」
と思うことにしました。
ですから、何をするにも
判断というものは
全部尊いんですよ。
ここから逃げるにせよ、
卑怯なことをするにせよ、
それを決めたリーダーはおまえだから、
誰のせいでもない。
吉本 そういう考え方は、
間違っていたら、ちゃんと、
人間本来の原理が
黙っているうちに、
直してくれますよね。
糸井 ああ、そうかそうか。
そうですね。
吉本 ひとりでに直してくれます。
自分が当面するいちばん切実な問題を
それぞれで片付けていく途中、
不幸な人とか、
困った人とか、
そういう人にぶつかったとしたら‥‥
糸井 そこで「切実」が変わるわけですよね。
吉本 そのとおりです。今度はそこに
力を貸してやるとか、
そういうことが出てくるわけです。
そういうことが重なっていくと、
国を変えるとかいうことに繋がるから。
糸井 それは、そこまで
来てるような気がするんですよねぇ。
吉本 難しいんですよ。
糸井 難しいですよね。
吉本 だから、
おれなんか、しまったしまった(笑)。
糸井 吉本さんも、鶴見俊輔さんも、
戦争のときに経験されたことから何十年、
ずっと考えてらっしゃるわけですから。
吉本 そうなんです。
考えてるんです。
糸井 昔に比べると、
味方がどのくらいどういうふうにいるか、
敵がどういうふうにいるかということが
見えやすくなってきているとは思います。
吉本 糸井さんなんかは目立つ人だから、
混乱期とかそういうのになったら、
複雑な問題を
扱わなくちゃいけなくなってしまう。
糸井 矛盾は全部、かかってきます。
ただ、いままでこうして
吉本さんのところに通って
お話を伺ってきたことの
応用問題だとぼくは思います。

薄氷を踏むような思いですけど、
怖がりながらも進んでいこうと思っています。
政治じゃない形で
「政治」ができるということもわかって、
おどおどしなくてすみます。
市民がやれることって
けっこうたくさんありますから。
吉本 そうだと思いますね。
それは、重要なことだと思います。
糸井 いままで、
「自分がどういう人になりたいか?」
というものの答え方って、
いろんなふうにあったけど、
観念的だった気がします。
「大きい人になりたい」
「強い人になりたい」
「やさしい人になりたい」
だけど、この震災で、
消防士さんや地元のお坊さん、
被災したおばあさん、
そういったふつうの人たちの発言が
メディアに出てくることになりました。
「ああいう人になりたい」と思う人、
いっぱいいると思うんですよ。
吉本 そうでしょうね。
糸井 やっと生身の人間が
憧れられる存在になったかもしれない。
これは悪いことばっかりじゃないぞ
と思います。
立派な人って、まずいないわけです。

これはテレビで見たんですが、
被災地の避難場所にいて、
孫にあげるための入学祝いが
波に流されちゃったおばあさんが、
孫に向かって
「ごめんね」「必ず買ってあげるからね」
って言ってました。
その気持ちというのは、
いわゆる「すごい人」には
言えないことでしょう。
あれを見本にできるということを
みんなが思えるようになったというのは、
すごい財産だと思うんです。
吉本 ああ、そうですよね。
糸井 その直前まで起きていたことといえば、
大学入試のカンニングでした。
だけど、あのおばあさんの発言が
世の中に通じるようになったというだけで、
すばらしいと思いました。
きっと戦時中も
こんな話、あったんでしょう。
やなこともいっぱいあったし、
いいこともいっぱいあったんでしょう、きっと。
吉本 そうだと思います。
いたる所で、そうだったと思います。

この日は動画で収録しました。
ふたりのお話のようすを
少しだけですが動画でごらんください。

(不定期更新で、つづきます)

2011-04-24-SUN
本隆明さん監修の
「ベスト50講演」をセットにした
『吉本隆明 五十度の講演』
パソコン用DVD-ROM MP3セットの
初版分がそろそろ売り切れとなります。
第2刷から、新パッケージとなって
ひきつづき販売いたします。
ブックレットの写真も、
吉本隆明さんの近影をたくさん入れ込んだ
新デザインに切り替わります。
DVD-ROMに収録されている講演内容は
変わりありません。
MP3セットについて、くわしくは
こちらをごらんください。


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