三谷幸喜脚本の8時間ドラマ 『わが家の歴史』を、 観ると決めた。

糸井 映画のプロデューサーと監督というのは、
よく意見がぶつかるものだといいますが、
重岡さんと三谷さんの場合は、
意見の衝突とかありました?
重岡 まぁ、そういうこともあります。
三谷 いや、普通はそんなにぶつからないんですよ。
だいたい妥協しちゃうんです、どっちかが。
糸井 あ、そうですか。
三谷 まぁ、大人の解決、みたいな。
で、結果的にあまりいい作品じゃないものが
生まれてしまうケースも多いんですけれども。
糸井 妥協の果てに。
三谷 ええ。
その点、この方は、まず妥協をしない。
糸井 なるほど。
三谷さんはどうですか。妥協に関しては。
三谷 僕の場合、
すべては妥協からはじまります。
一同 (笑)
三谷 ま、そこから、
ただの妥協に終わらずに、
なにかいいものをひねり出す、
というふうにして。
糸井 はいはいはい。
「逃げたんじゃなくて、身を潜めただけだ」
というような。
三谷 うん。そうですね。
重岡 あの、三谷さんのそういった面について
言わせていただくと、
「これほど頑固な人はいない」というのが
私を含めた周囲のスタッフの感想です。
一同 (笑)
糸井 ああー、そうですか(笑)。
重岡 やっぱり、三谷さんが映画を監督する場合、
ご自分で脚本も担当されるので、
「これをつくりたい!」という
気持ちが強いんだと思うんです。
それはスタッフにもわかるので、
そっちへなんとか近づけていこう
ということになるんですけど。
糸井 と、おっしゃってますけども。
三谷 ふーむ、つまり、
自分が妥協してるっていうことは、
なかなか相手に伝わらないっていうことですね。
こんなに妥協しているのに!
一同 (笑)
糸井 まあ、おにぎりひとつにしたって、
食べる人間と、握る人間のあいだには、
互いに、見えない種々の妥協があると。
三谷 ずいぶん突然、
おにぎりが出てきましたね。
糸井 その唐突さについては妥協してください。
三谷 わかりました、妥協します。
こういうふうに、妥協していることが
しっかりと伝わっていると、
妥協していても気持ちがいいですね。
妥協のしがいがあります。
一同 (笑)
糸井 やはり、妥協する側としては、
結果的に妥協するとしても
妥協したことは伝えたい。
三谷 ぜひ、伝えたいですね。
「しょうがねぇなぁ」と歩み寄っている
僕をきちんとわかってほしい。
むしろ、評価してほしい。
糸井 なんていうか、妥協したとき、
妥協しながらなにかを言ってるときに、
妥協してますっていうサインがあるといいですね。
三谷 ああ、いいですね。
糸井 歯医者さんにおける
「痛かったら右手あげてください」
みたいなお約束が。
三谷 思えば、その歯医者さんのシステムが既に
ちょっと妥協してますからね。
糸井 そうですね(笑)。
いろんな意味で妥協の落としどころが、
あの右手なわけですよ。
だから、今後、なにか妥協したときも
「あ‥‥それでもいいです」
(こっそり右手で合図)、みたいな。
一同 (笑)
三谷 それは最高じゃないですか
(こっそり右手で合図)。
一同 (笑)
重岡 あの、私たちからすると、
いまの糸井さんはあまり妥協せずに
お仕事に取り組んでらっしゃるように
見えるんですが、実際はどうなんでしょう?
糸井 あっ、ぼくですか。
うーん‥‥そうですね。
ぼくは、仕事に関しては、
けっこう妥協せずにすんでます。
重岡 そうですよね。
糸井 というのは、最初から、
できる規模のことしかやってませんから。
つまり、妥協が必要だぞっていう仕事には
はじめから手を出してないんです。
重岡 ああ、うーん。
糸井 たとえば、それこそ映画とかね。
勝手な想像になりますけど、
きっと映画って、
「一番いいのはこれだけど、
 こうやるしかないな」
っていうことの連続だと思うんですよ。
そういう場所には、
なるだけ行かないようにしてるから。
重岡 うーん、そうですか。
糸井 妥協って、
まず高い理想があってのものですから。
だから、なんていうか、いつも
身の丈に合ったビジョンしか持ってないから
がんばればなんとかそこに届くというか。
それで妥協せずにすんでるんじゃないでしょうか。
たとえば、いま、こうやって座ってる、
このベニヤ板っぽいセットだって、
「こういう風に組んでやろうぜ」って
ぼくが思ってこうなってるわけじゃないんです。
だから、「こうじゃないんだよな」って
妥協しなくてすむんですよ。
三谷 ん? それはどういうことですか?
糸井 ほら、この、しつらえた、これが。
(座ってるセットをバンバン叩く)
三谷 すいません、これって、
いつもあるわけじゃないんですか?
糸井 ないです、ないです(笑)。
だって、ここ、会社ですから。
三谷 会社なのに、なんで、
こんなものができてるんですか。
一同 (笑)
糸井 だから、つくりたい人がいたんですよ。
うちの会社の、社員のなかに。
三谷さんが来るぞ、というときに。
三谷 そうなんだ。
糸井 たぶん、いちおう、テーマとしては、
ドラマのセットの裏側ってことに
なってるんじゃないかなぁ。
三谷 あぁ、そうなのか。
それでなんかちょっと、ものが置いてあったり、
ベニヤ板だったりっていう。
糸井 うん。そういうふうにしたいなぁって
うちの誰かが思ったんでしょう。
で、もしも仮に、先に高いビジョンがあってね、
理想に基づいた仕様書を書いて、
「セットの裏側っていうシチュエーションで
 三谷さんと話すから、がんばれよ!」
って言って、部長印、課長印みたいなの押して、
しかるべき業者がこれをつくってたら、
「そうじゃなくて、もっとさぁ!」
ってなったりもするんだろうけど、
なにせ、勝手にやってることですから。
一同 (笑)
三谷 はぁはぁ、なるほど、そうですね。
重岡 ああ、そういうことなんですね。
糸井 そういうことなんですよ、うん。
だから、ぼくが「妥協してない」というのは、
いわゆる完璧主義のそれと違って、
もっとこう、適当なものなんです。
重岡 逆にいうと、こういうシステムで
やってらっしゃるということは、
それは妥協するのが嫌いだっていう‥‥。
糸井 そうです。
三谷 うん。そうなりますね。
糸井 あのー、なんていうんだろう。
えばりたくはないんだけど、
上司がいるのもいやなんですよ。
重岡 はい、ええ、ええ。
糸井 だから、えばらずに、
自分で「それでいいよ」って
いえることばっかりにしたくて。
だから、なんていうのかな、
ちっちゃいお城であろうが、
すぐに崩れちゃう砂のお城であろうが、
「自分で決めた」っていう状態を作っておけば、
気持ち的には健全でいられますよね。
重岡 ああ。
三谷 ふーん。


(つづきます)


2010-04-02-FRI