三谷幸喜脚本の8時間ドラマ 『わが家の歴史』を、 観ると決めた。

糸井 ドラマや歴史の流れと
まったく違うところにひとりだけ、
大泉洋さんが妖精さんのような役どころとして、
歴史的事実のなかをフィクションとして
飛び回ってますよね。
三谷 はい。
糸井 あの人だけすごく特殊な立場で。
『新選組!』で中村獅童さんが演じてた
捨助なんかも同じような
位置づけだったと思うんですが、
ああいう存在は、
三谷さんの発明といっていいんですかね。
三谷 まぁ、あのー、なんていうんでしょう、
すごく簡単にいってしまうと、
どうしても南極のタロとジロの
シーンを入れたかったんですよ。
糸井 ははははは。
つまり、昭和のトピックスを
ドラマの中に散りばめるうえで‥‥。
三谷 そうです。
ほんとは、あの時代のトピックスを
あますところなく盛り込みたかったくらい。
なかでも、タロとジロの話は欠かせなかった。
糸井 『南極物語』という映画にもなりましたけど、
若い人は知ってるのかな。

タロとジロ

1956年、南極観測隊が犬ぞりをひくための
たくさんの犬を連れて南極を調査しました。
ところが1958年の観測の時、
悪天候に見舞われ、犬を連れて帰れず、
犬を残したまま帰国せざるをえませんでした。
そして、1年後、観測隊が南極を訪れると、
なんと2頭の犬が駆け寄ってきました。
それが、タロとジロ。2匹の奇跡の生還は
当時、日本中で大きな話題となったそうです。
三谷 で、その話をドラマに盛り込むとき、
主人公の一家のなかで、
誰が南極に行くんだろうと考えたときに‥‥。
糸井 誰も行かないよね(笑)。
三谷 行かないんですよ。
というか、ふつうの人は南極に行かない。
糸井 行かない、行かない(笑)。
三谷 じゃあ、逆に、
そういう人をひとりつくっておけば、
歴史のどこにでも
入り込めるんじゃないかと思って。
それで、ああいう人を。
糸井 それで‥‥まぁ、言いませんけど、
大泉洋さんは、波瀾万丈な人生を送ることに。
端的にいうと、ものすごく転職しますよね。
重岡 10個以上、変わってると思います。
一同 (笑)
三谷 あの、最初に衣装合わせに行ったとき、
ものすごい量の衣装があったそうです。
糸井 ははははははは。
主人公の一家のところから逃げ出したときに、
なんとなくそういう予感はあったんですけどね。
三谷 でも、南極まで行くとは思わなかったでしょ。
糸井 思わない、思わない(笑)。
三谷 しかも、あの南極のシーンは
撮影がいちばんたいへんだったそうです。
糸井 あーー(笑)。
あれは、どこですか。
重岡 北海道の稚内です。
このドラマの全体のクランクアップは
去年だったんですけど、
今年に入って氷が張ったところで
ようやくあのシーンを撮影できました。
糸井 ひどい(笑)。
三谷 はっはっはっはっ。
重岡 すごく、短いシーンなんですけど、
死ぬ思いで撮ってきたと言ってました。
三谷 脚本家は2行書くだけなんですけどね。
「タロとジロに別れを告げる大泉洋」
って書きゃいいだけなんです。
一同 (笑)
糸井 ひどい(笑)。
三谷 はっはっはっはっ。
糸井 いやぁ、そうかぁ。
それほどまでに三谷さんは
あのエピソードを入れたかったんだ。
三谷 欠かせないんですよ、
あの時代を描くとき。
糸井 あと、糸川英夫さんの話。
三谷 ああ、そうですね。
糸川英夫さんのことも絶対入れたかった。

糸川英夫さん

航空工学、宇宙工学を専門にし、
日本の宇宙開発、ロケット開発の
礎を築いた工学者。
国や企業にロケット開発の重要さを説き、
ペンシルロケットの発射実験を行った。
糸井 うん。糸川英夫さんに対して
脚本家の強い思い入れがあるのが、
観ていてわかりました。
三谷 そうですか(笑)。
糸井 あれは、きっと三谷少年の思いですよね。
三谷 ああ、そうですね。
このドラマを最初にイメージするときに、
青空にペンシルロケットが飛んでいく画が
まず、最初に浮かんだんですよ。
だから、ぜひ入れたかった。
あとは、コメディアンの古川ロッパさんと、
作家の永井荷風さん。

古川ロッパさん

昭和の時代を代表するコメディアン。
榎本健一さんと人気を二分し、
「エノケン・ロッパの時代」などと当時称された。
もとは雑誌の編集者で、声帯模写が人気を博し、
役者に転身したんだそうです。

永井荷風さん

作家、随筆家。代表作『あめりか物語』など。
豊かな表現力で多くの読者に支持される一方、
ストリップ劇場の楽屋に入り浸ったり、
遊女と浮き名を流すなど、
ちょっと変わった人だったみたいです。
糸井 あー、はい、はい。
三谷 永井荷風さんは、晩年、
ストリップ劇場の楽屋に通っていて、
それはドラマのセリフにも入れましたが、
そのうち幕間のコントみたいな
お芝居の台本を書きはじめて、
驚いたことに自分も出演していたらしいんです。
そのへんはすごく自分と共通するものを感じて。
糸井 はははははは。
重岡 (笑)
三谷 そういったこともあって、
永井荷風さんはどんな形でもいいから
入れたいなと思ってました。
そこに、時代をつくっていく糸川英夫さんがいて、
取り残されていく古川緑波さんがいて、
それを、こう、ただ見てる永井荷風さんがいる、
っていう図式がはっきりと見えたんですよ。
糸井 その3人はあの時代を描くときに
三谷さんにとってすごく重要な人物なんですね。
三谷 そうですね。
戦後のあの時代を描くときに、欠かせない。
糸井 昭和の‥‥あれは、何年から何年ですか?
重岡 昭和2年から39年の37年間です。
糸井 37年間かぁ‥‥。
許されるなら、もっと入れたかったでしょう?
三谷 それはそうですね。
なかでも入れたかった話がひとつあって。
糸井 うん。
三谷 それは、このドラマをつくるために
当時の資料を調べていて知ったことなんですけど、
この時代、米軍基地にオズワルドがいたんですよ。
糸井 オズワルド! へぇ!
三谷 ケネディーを暗殺した男です。
これはドラマになる、と思って。

オズワルド

ケネディ大統領を暗殺したといわれる、
リー・ハーヴェイ・オズワルド。
逮捕された直後にマフィアによって
警察署内で殺されてしまった。
ケネディ大統領の暗殺に関しては謎が多く、
いまだに諸説があるが、当局の発表は
オズワルドの単独犯行ということになっている。
糸井 うん、うん。
三谷 僕が考えたのは、
オズワルドが銀座でチンピラに絡まれて
殺されかけてるところを佐藤隆太が助ける。
糸井 はぁーーー(笑)。
三谷 で、佐藤隆太が、
「がんばれよ」って言って別れるんです。
糸井 で、がんばっちゃう(笑)。
三谷 っていうような話を、書きたかったんですけど、
オズワルドの遺族が見つからなくて、
実現できなかったんです。
糸井 ああー。そういう難しさもあるんだ。
重岡 あります。そこはけっこうたいへんでした。
糸井 なるほどねぇ。


(つづきます)



2010-04-10-SAT