つい最近、私もツイッターを始めてみました。
ここでは、もうひとつの「ぼくは見ておこう」
という気持ちで、
心に残った言葉などを発信していきますね。

きょうはきのうに引き続き
ひとりの裁判長の物語です。



裁判長の孤独2

「(林郁夫被告の裁判を)私が担当して、
 2回目か3回目の法廷で、
 林被告が証言台の下に顔をうずめて
 大泣きした場面が来るんです。
 その時に『この人、ほんとうに反省しているんだな』
 と、思いましたけど。
 でも『いかに反省していても、
 ダメなものはダメだろう』という気持ちも
 よぎっていましたね」

この事件は“死刑”だろう、
山室さんはそんな思いを抱きながら、
裁判を進めていた。

「でも、“検察の求刑は無期懲役”でしたね?」
「新聞が抜いたんですよ。2月ごろ、新聞が。
 『検察は死刑を求刑しない、無期懲役の方向』
 という‥‥。
 新聞には『ええっ!』って思いましたね」
「求刑は無期懲役だと初めて知ったときには、
 どう思われました?」
「天井を打たれた感じです。
 悩みが深まったと‥‥」

天井を打たれた。こういうことだ。
これまでの裁判史上で、検察が死刑を求刑、
それに対して裁判所が
無期懲役を言い渡したケースはあっても、
その逆はほとんどない。

つまり“検察が無期懲役を求刑”しているのに、
“裁判所が刑を重くして死刑”を
言い渡した例はまれなのだ。
もしこうした前例を踏襲するとすれば、
言い渡せる刑の上限を決められた、
つまり天井を打たれたことになるのだ。

「でも可能性としてはあるだけに、
 これは悩みましたね。
 事案自体は死刑ですからね」
犯罪の大きさから考えると死刑、
ところが検察の求刑は無期懲役だった。
それは、林郁夫被告が
犯行のすべてを告白したことで、
その後の犯罪を防ぎ、麻原逮捕にもつながった、
つまり検察の立場から言えば、
捜査への協力を重視した求刑になったのだ。

だがそれは捜査する側の論理ではないのか。
遺族や被害者は納得するのか。
この時代に、この事件に、この刑でいいのか。
山室さんは、それから悩みぬくことになる。

「求刑は無期懲役で天井を打たれていますから、
 無期懲役で出発して覆すものがあるか、
 と考えるんです。
 裁判長と裁判官2人、
 あわせて3人の合議で決めるんですけど、
 やはり一番責任が重いのが裁判長なんです。
 孤独なもんだなあ、と」
結局、山室裁判長が選んだ判決は
“無期懲役”だった。

「無期懲役だと思われた瞬間は?」
「萌芽みたいなものは、
 (林郁夫被告の)慟哭の場面ですね。
 証言台に頭をつっこんで大泣きしたところ、
 あのときに
 『こいつ死刑にするのか』っていう
 非常に素朴な芽みたいなものがありましたね」

「でも大きく転換したのは、やはり新聞ですよね。
 (新聞が事前に『検察は死刑を求刑しない、
 無期懲役の方向』と書いたこと)
 検察は死刑を求刑してこない。
 ここで『そうか‥‥』と。
 非常に具体的に
 『これ無期にするのか』という感じでしたね。
 検察が無期で来たらどうする?という感じでしたね」
「それはプレッシャーになるんですか?」
「もちろんですよ。もちろんですよ、それは」

「その中でも、無期懲役だと納得した瞬間は?」
「瞬間より、判決を書きながら納得していく。
 裁判官の仕事は、判決書きながら、
 固めていくというところがありまして。
 無期懲役の求刑を聞いて、
 相当、無期懲役に傾きながら
 『死刑判決じゃなくていいのか?』という
 試行錯誤を重ねましたけど、
 固まっていくのは、
 ある瞬間よりもむしろ判決を書きながら、
 きちっと量刑理由を書けるかと」

「林郁夫は無期懲役だと。
 書きながら死刑にする事案ではないと思われた?」
「そうですね」
山室さんは言葉をひとつひとつ選びながら、
ゆっくりと語っていく。
「被害者感情については、どう考えましたか?」
「判決にも書きましたけど、
 地下鉄職員の奥さんが証人に出て『許してもいい』
 という趣旨の証言をされたんですよ。
 これがけっこう大きかったですね。
 ただ、遺族、他の遺族の方もいらっしゃいますし、
 もちろん彼女だけが被害者じゃないですが」

「『許してもいい』というのがなかったら、
 変わっていましたか?」
「少なくとも判決は書きにくかったでしょうね」

1998年5月26日、判決の日。
判決理由の中で、山室裁判長はこう結論づける。
裁判用語なので少々難しいが、引用しておこう。
「本件はあまりに重大であり、
 被告の行った犯罪自体に着目するならば、
 極刑(死刑)以外の結論があろうはずがないが、
 他方、被告の真摯な反省の態度、
 地下鉄サリン事件に関する自首、
 その後の供述態度、供述内容、
 教団の行った犯罪の解明に対する貢献、
 教団による将来の犯罪の防止に対する貢献、
 その他、叙上(じょじょう)の諸事情に鑑みると、
 死刑だけが本件における正当な結論とは言い難く、
 無期懲役をもって臨むことも
 刑事司法の一つのあり方として
 許されないわけではないと考えられる」

そして山室裁判長は、判決を告げる。
「被告人を、無期懲役に処す」
林被告は深々と一礼したあと、
傍聴人が退席したあとも、
じっと陳述台の前で立ち尽くしたままだったという。

ところがその後、
「本当に無期懲役でよかったのか」、
そう山室さんに思わせる出来事が起きる。

(あすに続く)

2010-06-09-WED
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