北島とハンセンのライバル物語、
最終回です。


北島にインタビューしながら
彼が好んで使う言葉があることに気づいた。
“自分の感覚”という言葉だ。
北島は北京で金メダルをとったときの
「勇気を持ってゆっくり泳げ」という
成功体験を捨て
“自分の感覚”をより大事にする
泳ぎのスタイルを試そうとしていた。
それはストローク数にとらわれない泳ぎと
いえるのかもしれない。
実際に、北島はインタビューのする前の
幾つかの夏の大会で
その泳ぎにトライし、結果を残していた。

「北京との違いはどういうところでしょう?」
「簡単に言うと、
 ストローク数も多くなっていると思うし。
 より力強く見えるんじゃないかと思うんですけどね。
 そんなに体つきが変わったとかじゃないんですけど、
 水に対しての当たりが
 より力強くなっているかなあっていう。
 筋力アップしたとか
 そういうことではないんですけどね」

「ストローク数が少ないと顔を上げる数が少ない、
 つまり抵抗が少ないっていうじゃないですか。
 でも必ずしも少ないからいいってわけじゃない?」

「それを今回、証明できたと思っています。
 それが新しい部分かなって思っています。
 ストローク数が少なくすることによって、
 出来るだけ抵抗を減らして、
 なおかつワンストローク力強い泳ぎをすれば
 たくさん掻いても一緒だよ、っていうのを
 北京の時はチャレンジしたわけです。
 ですが今回はそのワンストロークで
 いかなきゃいけない、っていうのを
 一回全部捨てて泳いだんで、
 あまりストローク数にこだわりすぎないで
 泳いだのがすごくよかったんで」

「普段、泳ぐとき『よし今回は、
 前半の50メートルは何ストロークで行くぞ』
 とか考えたりします?」

「考えます」

「それで実際泳いで、今回、何ストロークだ、
 みたいな確認はできるものなんですか?」

「はい」

「それじゃあ、今回は考えなかった?」

「考えませんでした。身体が動くように、
 思いのままっていうか、自然に。
 合わせにいくんじゃなくて、
 身体が動くままっていうか」

「でもそれは怖いことじゃないですか?
 レースの前に組み立てて、
 イメージトレーニングして飛び込む、
 それをせずにやるというのは、
 実は怖いことじゃないんですか?」

「そうですね。まあ、予選もあったりするんで。
 予選と決勝でどうやって
 泳ぎを組み立てようというか、
 ある程度、自分の中で想像できるというか、
 自分の中で答えを出しながら
 イメージトレーニングしていくんですけど、
 この夏の大会にかぎっては
 予選のストローク数が多かったからといって、
 ストローク数を減らそうとは思わなかったですね」


むろんこの時期だからこそ、
いろいろなことを試せるのだと北島も話す。
五輪が近づくにつれて
自分の泳ぎのスタイルを確立し
本番に間に合わせないといけないのだ。
何年やっても平泳ぎは難しいと北島は言う。

「難しいですね」

「他の競技と比べて?」

「そうですね。わりかし技術であったり、
 そういうものが多く占めている種目かなと思います。
 力だけじゃ勝てないし、技術だけでも勝てないし。
 平泳ぎは4種目の中で一番遅いですから」

「一番遅い?」

「はい、一番遅い種目なんで、
 水との戦いでもあるのかな、
 水との戦いが一番大きいのかなと思います」

「ちょとしたズレでタイムが落ちたりする?」

「一瞬ですかね。
 1センチとか1ミリ単位じゃないですか。
 1ストロークの距離が1センチの伸びなくなったら、
 (50メートルで)16センチとかになるから」

「そのズレを感知することは難しい?」

「感知はね、レースになったら出来ないです」

北島はきっぱりと言った。

「出来ない?」

「だからより繊細にしていかなければならないし、
 そのレースの中に1センチの狂いを戻すことは、
 たぶんぼくは不可能だと思います」

「泳ぎながら、あ、ちょっと
 きょう狂ってると思ったら?」

「もう終わりです」

北島はあきれたように言った。

「あ、っと思ったら終わり。
 でも思うことはありますか?」

「ありますね。進んでないなあと思ったら」

「もう戻せない?その時は」

「戻せないです」

北島はそう繰り返してゆっくりと言った。

「でもいいときは、逆にすぐわかります」

「ロンドン五輪のときは、
 30歳目前になってますね?」

「30の年ですね」

「それは意識しますか?」

「年齢はあまり関係ないかなって思います。
 いまの自分を見ていると」

「でも昔はこの歳まで
 一線でやっているとは思わなかった?」

「まあ、思っていなかったですね。北京の前は。
 本当にオリンピックに命かけていましたから。
 でも今はオリンピックがすべて、
 という感じでもないんで」

淡々とした口調で北島は言った。


インタビューの最後に礼を言って
立ち上がりながらつぶやくように言ってみた。

「でもオリンピック3大会連続金メダルなんて、
 もう史上初めてだし、
 しかもたぶんもう誰も抜けないですよ、
 もしそんなことが起きたら・・・」

「まあ、頑張ってトライします。
 でもあまり期待しないで」

北島のわずかに懇願するような口調に
周りにいたスタッフから大きな笑い声が起きた。
すると北島も照れたような笑顔を見せた。

本番に強い北島と
大舞台で力を発揮できないハンセン。
そんなイメージに彩られながら
北京後、ふたりはそれぞれ異なった道を歩み
再びロンドンに照準を合わせている。
ふたりにとって
おそらく最後のオリンピックとなる舞台で
どんな歴史が作られるのだろうか。

(終わり)

2012-01-19-THU
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