やっぱり正直者で行こう! 山岸俊男先生のおもしろ社会心理学講義。

第5回 独裁者ゲーム
山岸 ああ、そうそう、最近やった実験で、
おもしろいことがわかったんですよ。
糸井 ほう。
山岸 ある心理学的なテストをして、
被験者が「どれくらい日本的であるか」を
測定してみたんですね。

で、なかでも「日本人度」が高いとされた人たちは、
「何か、ものごとを決めるときに、
 自分で決めたいか、
 誰かに決めてもらいたいか」という質問に対して、
どう答えたかというと‥‥。
糸井 ええ。
山岸 圧倒的に「誰かに決めてもらいたい」んだって。
糸井
へぇー‥‥。
山岸 つまり、日本という国は
「倫理」や「モラル」でしばる考えかたが
受けやすい土壌かもしれない‥‥と、
そういうことは、言えるのかもしれません。
糸井 なるほど。
山岸 それとね、また別の話なんですけど、
「独裁者ゲーム」という
心理学的な実験をやったんです、先日。
糸井 はい、はい。
山岸 これは、ふたりでやるゲームなんですけど、
実験の主催者から
1000円を、もらえることになっている。
糸井 1000円。
山岸 で、その1000円を
相手とどのように分けるか‥‥の実験なんです。
糸井 ほおー‥‥。
山岸 相手と自分、ふたりのうち、
どちらかが「分けるほう」、
どちらかが「分けられるほう」になります。
糸井 ええ、ええ。
山岸 その際、分ける役割の人は、
勝手に分けていいことになっている。

そうすると、半分半分で平等にしたり、
ぜんぶ取っちゃったり、
その分けかたは、バラバラなんですが‥‥。
糸井 うん。
山岸 そもそも、あなたは
「分けるほう」になりたいですか、
それとも
「分けられるほう」になりたいですか、と
質問してみるんです。
糸井 ああー、なるほど、なるほど。
簡単だけど、おもしろいなぁ。
山岸 わたし自身、このゲームをやるまえには、
「分けられるほうになりたい」って人がいるなんて、
思ってもみなかったんですね。
糸井 え、そうなんですか?
山岸 ところが、かなりの人が、
「分けるほう」より、
「分けられるほう」になりたいって言ったんです。
糸井 じゃ、オレは「かなりの人」だわ。
山岸 あ、そうですか。
糸井 山岸先生自身は「分けるほう」?
山岸 ええ、自分がこうしたいと思ったら
そうできたほうがいいし、
「分けられるほう」の立場を望む、ってことが、
ちょっと、よくわかんなくて‥‥。

いや、もう少し理由をうかがっても?
糸井 うーん‥‥そうですね、
「あなたに500円、わたしに500円」にしても、
「300円」と「700円」にしても、
強くそうしたい動機が、まず、ないんですよ。
山岸 ああ‥‥。
糸井 どういう分けかたをするにしろ、
やってみないと、
どういう感情を持つかわからないし、
逆に言えば、
「だったら‥‥どうでもいいか」って気持ちが
まず前提として、あるんですよね。
山岸 なるほど、ええ。
糸井 強く「こうしたい!」って思うほど、
「1000円」というものが
それほど力を持っていないというかな。
山岸 うーん。
糸井 でも、たとえば、山岸先生に分けてもらって
「ぼくが0円、先生が1000円」と決められたときに、
「はぁ‥‥なんでだろ」と
はじめて、ぼくに問題意識が芽生えてくるんです。
山岸 うん、うん。
糸井 山岸先生は、オレに1円も渡せないってほど、
なぜそんなに1000円がほしかったんだろう‥‥とか。
山岸 あはは(笑)。
糸井 あとから、そういうふうに決めたことを、
後悔するんだろうか‥‥とか、
逆にしめしめと思ってるんだろうか‥‥とか。
山岸 うん、うん。
糸井 なんというか、ぼくの文学が始まるわけです。
そこから。
山岸 なるほどね。
糸井 その山岸先生の決定をじいーっとながめたり、
ひっくり返したりしながら、
「じゃ、2問目はオレに考えさせてくれる?」って
コミュニケーションのリレーを始められる。
山岸 ふん、ふん。
糸井 レシーブが問題意識をつくっている、というか。
山岸 うーん。おもしろい。
糸井 そうですか?
山岸 おもしろいですねぇ。
糸井 さっきの「倫理」や「モラル」の話でも
「そうやって押しつけられるのは、
 誰だってイヤだろうし、
 少なくとも、オレはイヤだね」って
ストレスを感じたあとに、頭が動き出す。

それが、ぼくの思考方法なのかもしれません。
山岸 なるほど。
糸井 じゃ、はんたいに、
先生はどうして、分けるほうなんです?
山岸 まぁ、もちろん「1000円」ですからね、
たいした額じゃないけど、
それでも、相手にぜんぶ取られちゃったら、
なんかイヤだろうと思うんです。

自分は平等にしたいと思ってるわけだし、
だったら、
自分で分けたほうがいいだろう‥‥と。
糸井 はぁ、なるほど‥‥。
理由を聞いてみると、おもしろいですね。

きっと「イヤだろうな」の部分が
ぼくには薄いんでしょうね、そうかそうか。
山岸 だから、すごく「イヤな金額」にしたら?
‥‥って言う学者もいるんです。

ぼくはね、それ自体がイヤなんですけど。
糸井 つまり、もっと「賭博」にしていく?
山岸 同じルールの独裁者ゲームを、
たとえば、途上国で実験してみるんです。

日本で、ちょっと多めの金額を出せば
あちらでは給料の何ヶ月分かですから。
糸井 すごいな。
山岸 でも、こうした実験をした経済学者の結論は、
給料の数カ月分をかけた実験でも、
数百円をかけた実験でも
たいして行動は変わらないということです。


<つづきます>
2009-01-16-FRI




(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN