山岸 | ウソの話で思い出しついでに言うと、 人間の脳が大きく進化したのは、 人間が集団やグループで生活してきたからだ、 という説があるんですよ。 |
糸井 | そうなんですか。 |
山岸 | ある生物の集団やグループの大きさと その生物の脳の大きさには かなり強い相関が認められるんですね。 そういった観点で眺めてみると だいたい「150人くらいの集団」で暮らすように 人間の脳は、できているというんです。 |
糸井 | ほう‥‥150人。 |
山岸 | で、考えてみると、 われわれが個人的に知ってる人の数って だいたい、150人くらいまでなんですよ。 |
糸井 | はぁー‥‥。 |
山岸 | 集団の数が、それ以上になっちゃうと、 「150人用に作られた脳」は うまくはたらかなくなるんですって。 |
糸井 | キャパシティを超えちゃうんだ。 へぇー、おもしろいなぁ、それ。 |
山岸 | まぁ、人間の脳が大きくなるにつれて、 集団も大きくなり、 また、人間の脳も大きくなって‥‥と。 |
糸井 | うん、うん。 |
山岸 | その繰り返しだったんでしょうけどね。 ようするに、人間の脳というのは 集団内の他の人の行動を予測する、 あるいは、 他の人のこころの動きを予測するために 進化してきた面が、すごく大きいんです。 |
糸井 | そうでしょうね。 |
山岸 | つまり、このことを逆に言いますと、 人間が暮らしていくにあたって、 他の人のことを「まったく考えない」ということは、 すごく、難しいということです。 |
糸井 | ああ、そうですよね‥‥。 以前、ある商品を開発するために 「疲れ」の研究をしたんです。 |
山岸 | ええ。 |
糸井 | そのときに聞いたんですけど、 脳の疲れの原因って ほとんどが「人間関係」らしいんですよ。 |
山岸 | ほう。 |
糸井 | それはもう、100%と言えるくらいなんですって。 だから、仕事をサボってても、 会社に行くだけで、十分に疲れちゃうという(笑)。 |
山岸 | あはははは(笑)。 |
糸井 | それだけ、人間関係の複雑さっていうのは ぼくらにとって、 何よりややこしい問題なんだってことが、 わかりますよね。 |
山岸 | そうだと思います。 日々、わたしたちは、自分がこうしたら 相手はどう出るだろう‥‥って 予測しながら生きていかなきゃならない。 |
糸井 | 仕事の問題であろうが、 恋愛の問題であろうが、 家族の問題であろうが、ぜんぶ。 |
山岸 | それらを、いちいち予測していく‥‥。 |
糸井 | 思えばタイヘンですねぇ、脳は。 |
山岸 | だから、あるていど 「自分なら、こう思うだろうな」という 基準のようなものを設定して、 それで判断してるのかもしれませんね。 |
糸井 | ああ、それは、おもしろい考えですね。 自分はこういう人間だ‥‥という サインを出して、 そのアイコン化した「オレ」で 他人にわかってもらい、 自分自身をも、納得させてるんだ‥‥。 てやんでぃ、こちとら江戸っ子でぃ! ‥‥とかって言って。 |
山岸 | うん、うん(笑)。 |
糸井 | あるいは 「オレは、職人気質だからサ」とか 「オレ、命知らずだからね」 「オレって、血も涙もないから」 ‥‥というようなサインを出すことで 互いの関係を単純化して、 情報処理のスピードをアップしていく。 |
山岸 | うん、うん。 |
糸井 | それに対して、ぼくも、たぶん先生も、 「そんなこと、ないだろう」 「そんな決まりきってるはずないよ」って 言いたいタイプなんですよ、きっと。 |
山岸 | そうでしょうね。 |
糸井 | オレたちって、 もっといろんな要素が複雑に絡み合っていて、 たがいに矛盾もしていて‥‥ なんというか、 もっとグズグズしたものだろう! ‥‥って。 |
山岸 | つまり、倫理とモラルの話と、同じですよね。 |
糸井 | ああ、そうか、そうか。 武士道や品格を押し付けられることに対する 「居心地のわるさ」に つながってますよね、そのへんの気分は。 |
山岸 | ええ。 |
糸井 | このあいだ、 『レッドクリフ』って映画を観たんです。 |
山岸 | あの‥‥三国志の。 |
糸井 | そう、為政者の物語なんですけど。 |
山岸 | はい。 |
糸井 | 自分も含めて、あの映画を観ている人たちは 「王さまの側」に自己を投影して 「そうそう、わかる!」って言ってるんです。 |
山岸 | うん、うん。 |
糸井 | どちらかというと、 自分たち自身は「オオー!」って言ってる 名もなき一兵卒のほうなのに。 |
山岸 | 少なくとも「王さま」じゃないですよね。 |
糸井 | 自分も含めて、すごく不思議だったんです。 |
山岸 | なるほどね。 |
糸井 | 無意識のうちに 為政者の側に自己を投影させてしまう こころの構造と、 倫理やモラルで押さえつけようとする やりかたって、 相当、近いところにあると思うなぁ。 |
山岸 | それは、あんまり考えたことないけど、 すごく‥‥おもしろい問題ですね。 |
糸井 | こんどのWBCに行く日本代表チームは 「サムライジャパン」というんですね。 |
山岸 |
あの‥‥野球の話ですね。 |
糸井 | そんなには、サムライの出じゃないだろう! |
会場 |
(笑)。 |
糸井 |
だいたいは農民だったはずだろう! ‥‥と。 |
山岸 |
もとをただせばね(笑)。 |
糸井 |
一般的な大衆の側じゃなくて、 どうしても チャンバラするお侍の側に立ってると 思い込んじゃうことって、 けっこう、大きな問題じゃないかと思います。 |
山岸 | そうですね。 |
糸井 | 倫理とモラルの問題を考えるにあたっては。 <つづきます> |
2009-01-20-TUE |