やっぱり正直者で行こう! 山岸俊男先生のおもしろ社会心理学講義。

第7回 サムライJAPAN
山岸 ウソの話で思い出しついでに言うと、
人間の脳が大きく進化したのは、
人間が集団やグループで生活してきたからだ、
という説があるんですよ。
糸井 そうなんですか。
山岸 ある生物の集団やグループの大きさと
その生物の脳の大きさには
かなり強い相関が認められるんですね。

そういった観点で眺めてみると
だいたい「150人くらいの集団」で暮らすように
人間の脳は、できているというんです。
糸井 ほう‥‥150人。
山岸 で、考えてみると、
われわれが個人的に知ってる人の数って
だいたい、150人くらいまでなんですよ。
糸井 はぁー‥‥。
山岸 集団の数が、それ以上になっちゃうと、
「150人用に作られた脳」は
うまくはたらかなくなるんですって。
糸井 キャパシティを超えちゃうんだ。
へぇー、おもしろいなぁ、それ。
山岸 まぁ、人間の脳が大きくなるにつれて、
集団も大きくなり、
また、人間の脳も大きくなって‥‥と。
糸井 うん、うん。
山岸 その繰り返しだったんでしょうけどね。

ようするに、人間の脳というのは
集団内の他の人の行動を予測する、
あるいは、
他の人のこころの動きを予測するために
進化してきた面が、すごく大きいんです。
糸井 そうでしょうね。
山岸 つまり、このことを逆に言いますと、
人間が暮らしていくにあたって、
他の人のことを「まったく考えない」ということは、
すごく、難しいということです。
糸井 ああ、そうですよね‥‥。

以前、ある商品を開発するために
「疲れ」の研究をしたんです。
山岸 ええ。
糸井 そのときに聞いたんですけど、
脳の疲れの原因って
ほとんどが「人間関係」らしいんですよ。
山岸 ほう。
糸井 それはもう、100%と言えるくらいなんですって。

だから、仕事をサボってても、
会社に行くだけで、十分に疲れちゃうという(笑)。
山岸 あはははは(笑)。
糸井 それだけ、人間関係の複雑さっていうのは
ぼくらにとって、
何よりややこしい問題なんだってことが、
わかりますよね。
山岸 そうだと思います。

日々、わたしたちは、自分がこうしたら
相手はどう出るだろう‥‥って
予測しながら生きていかなきゃならない。
糸井 仕事の問題であろうが、
恋愛の問題であろうが、
家族の問題であろうが、ぜんぶ。
山岸 それらを、いちいち予測していく‥‥。
糸井 思えばタイヘンですねぇ、脳は。
山岸 だから、あるていど
「自分なら、こう思うだろうな」という
基準のようなものを設定して、
それで判断してるのかもしれませんね。
糸井 ああ、それは、おもしろい考えですね。

自分はこういう人間だ‥‥という
サインを出して、
そのアイコン化した「オレ」で
他人にわかってもらい、
自分自身をも、納得させてるんだ‥‥。

てやんでぃ、こちとら江戸っ子でぃ!

‥‥とかって言って。
山岸 うん、うん(笑)。
糸井 あるいは
「オレは、職人気質だからサ」とか
「オレ、命知らずだからね」
「オレって、血も涙もないから」
‥‥というようなサインを出すことで
互いの関係を単純化して、
情報処理のスピードをアップしていく。
山岸 うん、うん。
糸井 それに対して、ぼくも、たぶん先生も、
「そんなこと、ないだろう」
「そんな決まりきってるはずないよ」って
言いたいタイプなんですよ、きっと。
山岸 そうでしょうね。
糸井 オレたちって、
もっといろんな要素が複雑に絡み合っていて、
たがいに矛盾もしていて‥‥
なんというか、
もっとグズグズしたものだろう! ‥‥って。
山岸 つまり、倫理とモラルの話と、同じですよね。
糸井 ああ、そうか、そうか。

武士道や品格を押し付けられることに対する
「居心地のわるさ」に
つながってますよね、そのへんの気分は。
山岸 ええ。
糸井 このあいだ、
『レッドクリフ』って映画を観たんです。
山岸 あの‥‥三国志の。
糸井 そう、為政者の物語なんですけど。
山岸 はい。
糸井 自分も含めて、あの映画を観ている人たちは
「王さまの側」に自己を投影して
「そうそう、わかる!」って言ってるんです。
山岸 うん、うん。
糸井 どちらかというと、
自分たち自身は「オオー!」って言ってる
名もなき一兵卒のほうなのに。
山岸 少なくとも「王さま」じゃないですよね。
糸井 自分も含めて、すごく不思議だったんです。
山岸 なるほどね。
糸井 無意識のうちに
為政者の側に自己を投影させてしまう
こころの構造と、
倫理やモラルで押さえつけようとする
やりかたって、
相当、近いところにあると思うなぁ。
山岸 それは、あんまり考えたことないけど、
すごく‥‥おもしろい問題ですね。
糸井 こんどのWBCに行く日本代表チームは
「サムライジャパン」というんですね。
山岸
あの‥‥野球の話ですね。
糸井 そんなには、サムライの出じゃないだろう!
会場
(笑)。
糸井
だいたいは農民だったはずだろう! ‥‥と。
山岸
もとをただせばね(笑)。
糸井
一般的な大衆の側じゃなくて、
どうしても
チャンバラするお侍の側に立ってると
思い込んじゃうことって、
けっこう、大きな問題じゃないかと思います。
山岸 そうですね。
糸井 倫理とモラルの問題を考えるにあたっては。


<つづきます>
2009-01-20-TUE




(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN