やっぱり正直者で行こう! 山岸俊男先生のおもしろ社会心理学講義。

第8回 実験とはなにか
糸井 冒頭の「情けは人のためならず」説をはじめ、
先生がお話なさることって、
むかしから、
庶民のあいだに根付いてきた考えだったり、
物語や宗教のなかで、
語られてきたことだったりしますでしょう。
山岸 そうかもしれませんね。
糸井 だから、すごく納得がいくんですよね。

きっと「そう、そうなのよ!」なんて
近所のおばさんも、うなずいてくれそうな。
山岸 あはははは(笑)。
糸井 同じような意味で、ぼくの教科書のひとつに
「落語」というものがあるんです。
山岸 ええ。
糸井 落語のなかに出てくる道徳とかの話なんかは、
かんちがいも含めて、
見事なくらいによくできてると思うんですよ。

それに何より、為政者の物語じゃないし。
山岸 そうですね。
糸井 自分がずーっとやってきた仕事も、
為政者の物語じゃなく、
大衆の物語を
どれほど大切にするかということだったよなって
最近、つくづく思うんですよね。
山岸 落語もそうですし、ことわざなんかにも
「生きかたのコツ」みたいなものが
いろいろと入り込んでるじゃないですか。
糸井 ええ。
山岸 西洋と東洋の文化の差異は
価値観の問題じゃなく、
そういう「生きかたのコツ」の違いじゃないかと
わたし自身は、思ってるんです。
糸井 ほう。
山岸 たとえば「出る杭は打たれる」ということわざ。
これなんか、まさに「生きかたのコツ」ですよ。

日本じゃ「あんまり出ると、生きづらいよ」と
言ってるわけですから。
糸井 なるほど。
山岸 つまり「出るのが悪い」と言ってるわけじゃない。
糸井 そうか、出ると「打たれるぞ」と(笑)。
山岸 こういうことしちゃうとマズいから
止めときなさいと。

そういう視点から
文化の差異を調べる研究を、始めたんです。
糸井 へぇー、おもしろいなぁ‥‥。

こういうふうに、
山岸先生のお話が身近に感じられる
もうひとつの要因として
「実験」というものが、あると思うんです。
山岸 ええ。
糸井 ものすごく、楽しそうにやってらっしゃる。
お話を聞いていると。
山岸 はい、楽しいです(笑)。
糸井 そこでお聞きしたいんですけど、
実験って、なんなんですか?

あるいは、なぜそれが有効なのか‥‥でも
いいんですけれど。
山岸 まず、実験というのは、
わたしの言葉で「こころの解剖台」なんです。
糸井 ほう。解剖台。
山岸 われわれがやろうとしていることは、
解剖台のうえの「こころ」を
切り分けて、つぶさに調べあげること。
糸井 ここはどうなってるんだろう、
そこはどうなってるんだろう‥‥と。
山岸 で、何かが、わかったとしますね。
糸井 ええ。
山岸 たとえば、ネコのからだのある部分に
こういうものが、あることがわかった。

でも、わたしたちが「わかったこと」は、
わかったからと言って
それが、ネコ本人にとって、
あるいはネコの飼い主にとって、
どんな意味を持っているかはわからない。
糸井 それはつまり‥‥自然科学でわかることと、
わたしたちが
直感的に「わかった」と思うことはちがう、
という意味ですね。
山岸 自然科学の場合には、積み重ねとなるんです。

ネコにとっての痛みを
理解できない人でも、
ネコの身体がどうなっているかは
他の人の研究でわかる。

だけど、人文学の領域では、
ある人がネコの「本質」を理解したからといって
他の人が、ネコを理解できるようには、ならない。
糸井 ええ。
山岸 だけど、自然科学の場合には
ある人が理解したことは、
次の段階に進むための、
応用の効く、「使える知識」になるんです。
糸井 なるほどなぁ‥‥。
山岸 私自身の研究は科学だと思っていますけど、
だからといって
人文学的な世界の理解が不要だとは思っていない。
糸井 ははぁー‥‥。
山岸 そして、人文学という学問は、
対象を「そのまま理解したい」と思い‥‥。
糸井 ええ。
山岸 ネコの身体に示されている真理を
「理解した」と思ったら「理解した」んです。
糸井 うん、なるほど、そうですね(笑)。
山岸 少なくとも、人文学の領域においては、
それ以外に「理解した」の定義はない。
糸井 おもしろい‥‥。
山岸 もちろん、実験によっては
世のなかのミニチュア模型をつくって
そこで人々がどのように動くのかを調べて、
法則を抽出し、それを一般化したいと
思っておられる研究者もいます。

でもそれは、われわれの実験とは、また別。

少なくとも、ミニチュアの世界で
人間がどう行動するかを調べることだけが
「実験」の目的であるとは思わない。
糸井 いまの話は‥‥聞いてよかったです。
山岸 ときどき、言いたくなるんですよ、わたしも。
会場 (笑)
山岸 だって、こればっかりは、
説明しないと、わかってもらえないんで。
糸井 ‥‥ついでに言うと、
「人文学では、
 理解したと思ったら、
 理解したんです
」って
なんというか、すごく‥‥いい(笑)。
山岸 そうですか(笑)。
糸井 いや、だって、そのとおりじゃないですか。
ぼくが言ってることも、たいがいそうだし。
山岸 あはは、そうですかね?(笑)
糸井 で、相手がわかったような顔したのを見て、
「だろ?」で
おしまいにしちゃえば、いいわけでしょう?
山岸 ええ(笑)、でもこれ、
じつは、けっこう重要だと思うんですよ。

だって、
人間をすべて科学的に扱ってみたところで、
たぶん、何も出てこないですから。
糸井 なるほど‥‥そうですね。
山岸 その物語のようなものが背景にあってこそ、
科学的、分析的な視点も
いっそう活きてくるんだと思っています。


<つづきます>
2009-01-21-WED




(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN