7月18日
ガステーブルを探す

今日は新宿オゾンにある
「にっぽんフォルム」へやって来ました。
2011年4月にある
個展の打ち合わせのためだったのですが、
もうひとつ目的があって、
オゾンは住宅に関するいろいろなものが
展示されている場所なので、
お店に関わる器具をいろいろ見たいと思っていたのです。

まず一番見たかったのはガステーブルでした。
写真ではやはり、よくわからないので
現物を見て決めたいと思ったからです。
そしてオゾンに行ってみてわかったのですが、
なんでも数年前(2008年10月)から、
日本では市販されるガステーブルには
Siセンサーというものを搭載する事が
義務付けられたそうなのです。
なべ底の温度を監視して、
調理油が発火する温度になる前に
自動的にガスを止める、という装置です。
そのためそれまで使えていた
外国メーカーの製品が使えなくなり、
機種の選択枝がかなり減ってしまっていました。
(日本の安全基準は
 どんどんハードルを高くしていくから、
 そこまでつきあえない、
 と考える外国メーカーもいるかも知れませんね)

僕は今フランスのロジェール社のコンロを使っていて、
白いホーローでできたトップやつまみの感じが好きで、
できれば同じメーカーで、
と思って受付の人に伺ったのですが、
すでにロジェールのガス器具は取り扱いを停止しました、
と言われました。再開の目処もないとのことです。
ロジェール社で今扱っているのはIHのもの。
同じようにきれいなガステーブルを作っていた
ドイツの「ガゲナウ社」も、
IHの方向に随分シフトしているのに驚きました。

僕はどうしてもコンロは直火であることに
こだわってしまいます。
煮炊きの火力などはすでにIHも
遜色ないのかも知れませんし、
安全面ではガスのほうが確かに劣るように思います。
でも、煮炊きするのに火が見えない、
というのはどうも気持ちの中で
許せないものが僕にはあるのです。

薪ストーブでも、キャンプの焚き火でも、
火が燃える様子はいつまで見ても
飽きることがありません。
火のゆらめきはそれだけ
人の心と深く繋がっているのだろうと思うのです。
触るとやけどをする熱い火と冷たい水が、
台所には原始から存在していました。
ただ安全だからとその火を消してしまうと、
では暮らしの中で直に火と接する機会は
何処にあるのでしょうか。
火を見ないで育つ子供がいたら、
火の怖さも、火の魅力も知ることがありません。
火は動物である人に深いところで
関わっているはずですから、
安全や便利さだけで
切り捨てるものではないように思うのです。

もちろん老人が台所の火が衣服に引火して
大やけどを負った、とか事故の記事を眼にすると、
IHを求めることも理解ができます。
でも日常生活がどんどん人工的になり、
自然から遠ざかることは、
どこか人がこれまで当たり前に思っていた
心のバランスを崩してしまう危惧も感じるのです。
だから、やはり直火に僕はこだわりたい。
そう思ってガステーブルを探したのでした。
(ちょっと待て。
 それほど大げさに語ることではないですね)

「10センチ」ではスペースに限度があるため
オーブンと一体型のタイプは諦め、
上からテーブルに組み込むタイプの中から探しました。
それで決めたのがスエーデンの
エレクトロラックス社が作る
グリルのない、四つ口のガステーブルでした。
素材はステンレス。
ステンレスという素材は20世紀の生み出した
美しい素材のひとつで、
台所という頑固な汚れの巣窟のようなところでも、
いつまでも美しさを保つ素材だと思います。
ところがキッチンでは不滅の素材と思われた
ステンレスの座が、
どうもここに来て脅かされているようなのです。
オゾンへ行ってみてわかったのですが、
現在のガステーブルトップは、
IHと同じガラス素材に変わっていたのです。
ガラストップを実際使ったことがないから
わからないのですが、
IHを使っている人に聞くと、
重い鋳物の鍋を引きずっても傷がつかず、
汚れもつきにくいからとてもいいということでした。
驚く程強いガラスなんですね。

でも(頑固ですね)、僕たちものを作るものの中では、
新しいものにはすぐに手を出さない、
という教えがあります(ヤレヤレ)。
例えば漆や膠など、長い時間をかけて実証したものが
一番信用ができるとか、そういうものです。
漆は何百年、何千年経て、結果がでているから安心。
時間を掛けて検証されていないものは、
後どうなるのかわからないので信用ができない。
(一方で科学の進歩はめざましいので、
 日進月歩の世界もありますが。)

応対してくれた東京ガスの販売員は言います。
センサーのついたコンロは天ぷらを揚げる時、
油の温度調節ができるとか、タイマー機能もあって、
ごはんが炊けたら勝手に火が消えるとか、
実際使うと大変便利なんですよ、と。
確かに「むむっ」と思わせる
便利で魅力的な機能ではありましたが、
それでも僕はステンレスの方を選びました。
それは素材の美しさと、
使い込んで磨き上げたその味が魅力的だから。
つまり美しい台所の道具として、
ステンレストップのガステーブルに
することにしたのです。


▲仕事場にある小さなキッチンで使っているコンロは
ロジェール社のもの。

2010-10-08-FRI

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