#07 青空市場と大手スーパーに共通するもの

イタリア食材は海外市場で認知されていない?

エンリコ・パリアリーニさんは
日刊経済紙「イル・ソーレ・24オーレ」のラジオ番組、
「ラジオ24」のテクノロジー担当です。
食の安全をテーマに扱うこともあります。
今回のカンフェランスではパリアリーニさんに
ラウンドテーブルの進行役をお願いしました。
カンフェランスから1か月半がたち、
新聞社のロビーで彼と会いました。

イタリア食材輸出の問題点は何か?
とぼくは聞いてみました。

「1つ目は生ハムやパルミジャーノチーズなどが
海外で高価すぎること。
2つ目は名の知られた食材以外は
情報が行きわたっていないこと。
産地偽装など、にせものが出回っているのが3つ目」

というのが、パリアリーニさんの見立てです。

イタリアは日本とは桁違いの規模で食品を輸出しています。
農水産品と食品で年間約3兆5千億円はあります。
日本の輸出額の6倍強もあります。
日本の政府や企業は、日本食材を世界に広めるに
イタリアを手本としたいと考えています。
しかし当のイタリアの人は、
「まだまだ認知されていない」と思っているわけです。

パリアリーニさんが列挙した問題点は、
日本の食材輸出でもよく指摘されます。

「日本酒は高価で、料理といえば寿司以外、
外国人には知られていない。
しかも中国産の日本食材に市場を奪われている」

と苦境を説明しますが、イタリアの例を聞くと、
6倍に市場規模が伸びても同じ悩みはあるだろう、
と推測できるのです。

流通システムに信頼を寄せるかどうか

そういった世界市場のなかで、風評被害がある福島の食品。
どう考えればよいでしょうか?

「日本の食材を買って家庭で使う人は殆どいない、
と言ってもよい。
イタリアの9割以上の人にとって和食は外食だ。
だから福島の問題も、一般の消費者ではなく
食品のプロへの説明が大事でしょう。
ここでは科学データが必要」

確かに日本の食材で一般家庭に
かなり入り込んでいるのは醤油くらいのものでしょう。
彼は情報のレベルと受け手の層を
はっきりさせる大切さを強調しています。

イタリアの一般家庭の食品に対する意識を聞いてみました。

「多くの普通の人は食品の表示なんか読まないよね。
食の流通システムを信じるかどうかなんだ。
エッセルンガ(大手スーパー)で食品を買うのは、
エッセルンガという組織に信頼を寄せているからだ。
ただ、エッセルンガの棚にあっても
あまりにも安い商品には注意する、
という傾向はあると思う」と、

パリアリーニさんは語ります。

それでは、路上で何十もの八百屋の露店が出る
青空市場で売られている生鮮食品に、
どうして人は集まるのか? 
釣銭をごまかしたり、目を離している隙に
腐った野菜を袋に入れられたり、
重さをきちんと測らなかったり、
と油断ならないところなのに、
と聞くと次のような答えが返ってきます。

「青空市場は伝統的なシステムだから信用するんだよ」

「エッセルンガで売られる野菜は生産者がきまっている。
しかし市場ではそれぞれの露店が
各々のルートで仕入れてくる。
結果、バリエーションが豊富だ。
自分が良いと判断した露店なら全幅の信頼をおく、
そういうシステムはあるよね」

大手スーパーと青空市場の共通点は、
一般消費者が頼りにするのは科学データではなく、
システムを信じるかどうかです。
 
「最近、ミラノで伸びてきている
食品オンラインサービスも、
この流通システムのブランド確立に一番投資している」

とのエピソードを挙げ、信頼関係を築いて
どう消費者に伝えていくかがポイントであると指摘します。

「油田事故でメキシコ湾が
すべて真っ黒になったなんて嘘だ!」

外国に一度伝わった悪いイメージは
なかなか覆すことができません。
パリアリーニさんには、
2010年にメキシコ滞在中に交わした
ホテルマンとの会話が印象に残っています。
同年4月にメキシコ湾で英国BP社が
海底油田掘削作業中のミスで
原油が流出して間もない時期です。

「メキシコ湾沿いのホテルに泊まったんだよ。
海外から観光客がばったりと来なくなったと
ホテルマンは嘆いていた。
『世界中にメキシコ湾が真っ黒になったと
報道されたのですが、
私はここから真っ黒な海なんて
一度も見たことがありません!』と言うんだ。

報道って、こういうことがよくある」

ジャーナリストとしてパリアリーニさんは
自省の念も込めているのかもしれません。

福島の原発事故問題が厄介なのは、
処理には何十年という時間がかかり、
放射線という目に見えないものを相手にするからです。
狂牛病によって生じた食肉への問題とは異なる、
との見方をします。しかも前述したように、
日本の食材そのものがイタリア家庭の日常食ではない。

彼の発言には、福島の食の経験を
イタリアは直接活かし難いだろう、
という含みがあります。

ジャーナリストは勉強しなければいけない

ソーシャルメディア時代といっても、
ソーシャルメディアで主流を占める意見と
マスメディアの意見はダブっていますよね、
とぼくは投げかけた。

「そうだね。どの都市にもプロのジャーナリストが
登録しているジャーナリスト協会があるけど、
今、力を入れているのはジャーナリストの教育だ。
もっと勉強しなければ、ね。
あらゆるジャンルのテーマで
連日セミナーが行われている
これはミラノの例です)。
福島の問題も、各都市のこういうところで
セミナーを巡回するのが効果的だと思う」

ジャーナリストは性格上、
新しいネタがないと飛びつきません。
「汚染水が異常に排出された」は記事になります。
しかし福島の放射線量問題が
「日常生活に支障をきたさない」と
良いニュースがあってもそれは出てこないのです。

とするならば、正確な情報を着実に浸透させ、
目を引くニュースだけにジャーナリスト自身が
振り回されない素地をつくる、
ジャーナリストへの教育というアプローチが良いと
彼は考えるわけです。

一つの事故でシステムへの信頼が失墜するのは、
メディアの扱いに拠るところが大きい。

しかし言うまでもなく、
メディアには復活へと牽引する力もあるのです。

(つづきます)

2015-12-04-FRI