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池谷 |
飛鳥時代の建築そのものが
ある種の素人たちの仕事で、
時間がかからなかったということは、
「こうするにはどうしたらいい?」
と、前例のないことをしようとする時の
なにかの「馬鹿力」が
働いていたんだと思うんです。
そういうのって、ありますよね。
「クフ王の三大ピラミッドは
ピラミッドを作りはじめて
三つ目か四つ目ぐらいだった」
という有名な話がありますけど、
やりはじめた初期に、もうあれだけの
完成されたものができているわけです。
その前のピラミッドが
どのようなものだったかというと、
階段状だったり、
原形みたいなものでしかないんですね。
つまり、いきなりダンとできたなら、
そこにも、ルーティンでない何かがあり、
すごい「馬鹿力」が働いたのかもしれません。
「前に作ったことのある」
という人がいない、はじめての状況で
あのピラミッドを作っているというところに、
ぼくは、感動した記憶があるのですけれども。
そこで、自分の生活をふりかえります。
ぼくの場合も、糸井さんの場合も、やはり、
人と同じことをしてはダメな世界ですよね。
もうわかっていることをしても、仕方がない……
だからやはり、
法隆寺やクフ王のピラミッドと同じで、
暗中模索で一歩ずつ進むという快感が、
自分をわくわくさせるのではないかと思うんです。 |
糸井 |
そうですよね。
困ることがないと、
爆発的な力って出ないもんね。 |
(つづく) |
2005-07-10-SUN |
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