友人ニコラスのお父さんは、Bathというイングランドの古都で 骨董品のバイヤーをしている。
Bathは英語のbath(風呂)という言葉の起源になった町だ。 ローマ帝国時代の大きな公衆浴場跡で知られ 統一感のあるしっとりとした石づくりの町並みは、 アンティークショップがよく似合う。
先ごろ招かれてお邪魔した、 ニコラスのBathの実家はとても印象的だった。 お父さんの骨董品のプライベートコレクションが まるで小さな博物館のようでいて まったく気どっていない、素敵なものだったのだ。
小さいジュエリーを扱う私とちがって、 ニコラスのお父さんの専門は 陶器の置物やタペストリーなど、比較的大きなもの。 国は中国からヨーロッパまでと範囲が広い。 何十年もかけて蒐集したお気に入りの品々が、 バスルームや階段の隅のちょっとしたスペースにまで センスよく置かれていた。
写真は、居間の様子。 暖炉の上の燭台は、陶器の繊細な花や動物が愛らしいが むらのあるメタルの錆びがシックで、派手すぎず地味すぎず。 うす暗い室内では闇のような黒色をしているのに 太陽の光に透かすと瑞々しいグリーンに見える中世のグラスや 台所に置かれていた緻密で艶やかな絵付けの明朝の壷も楽しかった。 ひとつひとつ、品物の魅力が伝わってくるセレクト。 さすがだなあ、と思わずつぶやく。
そんな私に、ニコラスは優しくこう言った。 「父のコレクションは、実は、 皿の裏にひびが入っていたりして 何かしら修復不可能な傷みのあるものがほとんどなんだ。 つまり、あまり売り物にはならないけれど どうしても手元に残しておきたい、という珍しい品を こうやって家に置いているんだよ」
ニコラスのお父さんは、骨董の仕事ひとつで 3人の息子を大学に通わせ、家族5人を養ってきたひとだった。 普段イギリスの骨董ディーラーたちの厳しい世界を 垣間みている私には、それがどれほど大変なことだったか想像できる。 コンディションの良い品は売り物にまわす一方で 傷んでいると知りながら、気に入った品を ささやかな自分の楽しみに持ち帰るニコラスのお父さんの姿が 目に浮かんでくるような気がした。 心から骨董を愛しているひとなんだな、と感じた。
アンティークジュエリーでも同じことだが、買い付けに出かけると、 たとえ良い値段で売れないとしても見過ごせない 魅力のある品を偶然見つけることだってある。 そういった、取引先や顧客には知られることのない 時間の積み重なりが、この家全体の唯一無二な雰囲気を 作り出していると気づいたのだった。
2014-06-27-FRI