糸井 | 「大坊珈琲店」には、 ペーパーバックスが並んでいますよね。 |
山下 | はい、並んでました。 |
福田 | ハヤカワミステリのシリーズが。 |
糸井 | 最初ぼくは、 あれがすごく目立って見えたんですよ。 なんかその、 ハヤカワミステリがたくさん並んでいることで、 「相手をする気はないけど、いてもいいですよ」 っていうこと表現してる気がして。 |
山下 | あぁ。 |
福田 | ほぉ。 |
糸井 | 大坊さん、あれって、 「お客さんとおしゃべりをするつもりはないけど、 時間があるなら本でも読んでってください」 そういうこと、なんですよね? |
大坊 | あの‥‥私はべつに、 話そのものが嫌いなわけじゃないですけど、 なんと言いますか‥‥座持ちは下手なんです。 |
糸井 | 座持ちは(笑)、そうですか。 |
大坊 | どちらかというと、 話が途切れて、シーンとしてるような、 そういうときの感じがいいなと、 ぼくは思ってます。 次から次へと話題が入れ替えられる人は すごいと思いますけども、 私は、ちょっと気まずくても、 喋らないで、 シーンとしているほうを好むんです。 |
糸井 | ああーー‥‥。 だからまったく、大坊さんには、 「へい、らっしゃい」っていう感じはないですよね。 |
一同 | (笑) |
大坊 | もちろん、心から、 「よく来てくださいました」と思っているんですよ。 |
糸井 | わかります。 でも、「へい、いらっしゃい」 と言われてる感は、ほんとになかった。 それに慣れるとね、 「何もない、このゼロな感じの関係がいいな」 っていう付き合いになれるんです。 ‥‥ねぇ、福田さん! |
福田 | わぁ、いきなり(笑)。 |
糸井 | 大坊さんって、そうでしょう? べたべたしないじゃないですか、まったく。 |
福田 | そうですね、たしかに。 いい具合で放っておいてくれます。 |
大坊 | おっしゃっていただいたように‥‥ お客様との関係性をゼロにしたということが、 最終的に‥‥結果としてですけれども、 いらっしゃるおひとりおひとりにとって、 自分のことを考えられる時間になったのではと。 |
糸井 | あぁ‥‥。 |
大坊 | こういう都会の中で、 人間の関係性というものを無しにした、 らくな状態になれたんじゃなかろうかと。 今になってみれば、そう思います。 |
糸井 | 今、そう思うんですか(笑)。 |
大坊 | そうだったのかもしれないなぁと。 |
糸井 | それは、当たっていると思います。 ぼくもね、ほっと一息したいときに、 元気よく「こんにちは!」と言われると‥‥ ありがたいんですよ、ありがたいんですけど、 「ああ、また作り笑いしなきゃならない」 という気持ちに、正直なります。 |
山下 | はい、はい。 |
福田 | そっとしといてほしい。 |
糸井 | その意味では、大坊さんのやり方は、 すごくいいことだったかもしれないですね。 人の関係ではなくて、 コーヒーにぜんぶ乗せちゃって、 コーヒーだけのやりとりにするっていう。 ものすごくクールな感じですけど、 らくになれてた人はたくさんいたと思いますよ。 |
大坊 | そうですか。 そうだったらうれしいのですが。 |
糸井 | ぼく、大坊さんから、 「原稿書いてくれませんか?」って言われて、 ちょっとうれしかったんですよ。 いや、ちょっとどころじゃない。 かなり悪い気がしなかったんです。 |
大坊 | お礼を申し上げるのが遅れました。 その節はご寄稿文を、ありがとうございました。 (※書籍『大坊珈琲店』に、糸井は原稿を寄せています) |
糸井 | こちらこそ、あのようなものでよければ(笑)。 大坊さんとはそれこそ、 ずーっとゼロで付き合ってきたじゃないですか。 それが、 「頼みごとがあるんです」と言ってくださった。 それだけでうれしかったんです。 |
大坊 | そうですか。 |
糸井 | 「原稿料はないですがコーヒー豆をさしあげます」 って、また正直に言ってくださって。 ぼくはよろこんで書かせていただきました。 たいした原稿ではないんですがお渡ししたら、 そしたら、コーヒー豆が返ってくるんですよ(笑)。 これでまた、きれいに、 関係がゼロになるんです。 だからなんて言うか‥‥‥‥ そう、すばらしくみずくさいんです。 |
山下 | ‥‥すばらしくみずくさい。 |
福田 | ‥‥ああーーー(笑)。 |
糸井 | 大坊さんは、すばらしくみずくさい。 あの場所はそういうお店だったと思う。 そしてぼく自身もそうでした、 大坊さんに対して。 いい感じで、みずくさくしていられた。 「オヤジ元気か」なんて、ぜんぜん思わない(笑)。 |
一同 | (笑) |
糸井 | ほんとにクールに語れるんですよね。 でも、約束は守るんです。 |
大坊 | ああ、約束は‥‥はい。 |
糸井 | 約束については、 うちの会社でもよく話してるんです。 「約束3原則」っていうのがあって、 ひとつめが、「できるだけちゃんと約束をする」。 ふたつめが、「それを守る」。 みっつめが、「守れなかったら、心から謝る」。 大坊さんもまさしくそれですよね。 |
大坊 | そうですか(笑)。 |
糸井 | あの本(書籍『大坊珈琲店』)には、 たくさんの方々が寄稿されてますが、 全員に、原稿料のコーヒー豆を? |
大坊 | そうです。 みなさんにお約束しましたので。 |
糸井 | 原稿の依頼は大坊さんがされたんだと思いますけど、 あれはなかなか、 勇気の要る仕事だったですよね。 |
大坊 | はい。 |
糸井 | それぞれのみなさんと、 関係性がゼロに近いはずですから。 |
大坊 | あの‥‥断られる、引き受けてもらえる、 それはともかくとしまして、 なんでしょう‥‥ 「頼めると思えた人」にお願いしました。 |
糸井 | あぁー、判断したんですね。 |
大坊 | はい。 それは、その、 ほんのすこしですけれども、 カウンターを通して、ひと言、ふた言、 言葉をかわしたときの‥‥ |
糸井 | 感じ? |
大坊 | 感じ、です。 「手応え」です。 これも根拠はないです。根拠はない。 自分で、「あ、頼める」と思えた方、 そういう方に原稿をお願いしました。 |
糸井 | それは大坊さん、 お願いするときの判断としては最高だと思います。 (つづきます) |