第1回
■物語にする前に |
糸井 |
僕はスポーツを見たり、
スポーツに感心したりするのがすごく好きなんです。
でも、あっ、こう見てると面白いなあと
自分が楽しんでる部分が、
あんまり認められてないと
いう気がするんです。
「負けた、こいつには」というような
感動をスポーツは与えてくれるものだと
僕は思ってるんですけど、
そこが、どうもないがしろにされているような……。
たとえば、化け物扱いというか、
あんなに飛んですごい、あんなに力があるからすごい、
でも世の中では何の役にも立ちゃしないんだ、
というような差別が日本ではあるでしょう。
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大後 |
ありますね。
僕は日本体育大学に大学院も含め6年いて、
まわりにはマラソンの谷口(浩美)先輩、
2つ下には有森(裕子)君、
柔道の古賀(稔彦)君もいたし、
オリンピックのメダルをとる意識で
練習してる環境でした。
そういう体育畑からぽーんと
神奈川大学に来ていちばん感じたのは、
スポーツという分野のステイタスがものすごく
低いということ。
教授会なんかに出ても、空気で感じるんです。
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糸井 |
でしょう?
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大後 |
まず、自分の大学の先生方の
スポーツの見方・考え方を変えなきゃいけない。
科学的な体系の中で
トレーニングというものは行なわれるんだ、
ということをもっとアピールしないと、
何も変わらないと思いました。
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糸井 |
僕の知っているスポーツ選手たちは、
とても頭のいい人たちで、
言葉の使い方のジャンルが違うだけで、
ものすごいことを考えてるんだなあ
ってことを知るわけです。
それで今回は、スポーツマンって
こんなに恐ろしいやつらだというのを、
ちゃんと話してみたいと思って。
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増島 |
私の場合、取材し、伝える側の人間として
テーマにしているのは、
「スポーツはあくまでスポーツだ」
という考え方です。
ところがスポーツをドラマ化したり、
そこに人生を置き換えたりするんですね。
だから大後さんが感じたような
スポーツの地位の低さも当然なんです。
スポーツはスポーツとして、
その科学性に対し私たちは
感動しているはずなんだけど、長野オリンピックでも、
「感動をありがとう」と。
その感動が何かといえば、
母は祈った、奥さんが泣いたとか、
そっちへ行ってしまう。 |
糸井 |
で、お父さんがいる人より、いない人のほうが
感動が大きいというような物語になりやすい、と。
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増島 |
そういう話も無視はしません。
スピードスケートの清水(宏保)選手が、
全種目が終了した直後、
取材陣に「今、何したい?」と聞かれて、
「母ちゃんのみそ汁が飲みたい」。
彼らしくていいですよね。
ただそれはあくまでサイドストーリーで、
メインではない。それより彼は2日間
どういう駆け引きをして戦い抜いたか、
日本のジャンプ陣はあの悪天候の中、
なぜあれだけ飛べたのか。
私はそれに感動するんです。
だけど、それについては誰も言及しない。
同じ味付けのドラマに流れてる。
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糸井 |
選手がお母さんと抱き合うシーンとか、
僕も涙が出ちゃう。
それもOKなんですけど、
あの選手のすごさを吟味したいと思うとき、
感動ドラマをいくら眺めてもわかんないですね。
つまり二通りの面白がり方を伝えるメディアがない。
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増島 |
そういうことが、スポーツのもつ科学性を
ひじょうにぼかしてます。
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糸井 |
僕が自分でスポーツの味わい方がもったいないなぁ
と思ったのは、以前に世界陸上を見たときの経験が
あったからなんです。
僕は招待で行ってて、陸上のことはよく知らない。
そのときの400メートルで高野進選手が出てて、
決勝で7位という快挙でした。
高野さん、それでゴールするとそのまま、
「ありがとう」ってトラックを1周した。
そのとき僕の隣にいた競輪の中野浩一さんが
「うわーッ、高野さん、
ケツ割れしてるのに」と言うんですよ。
僕は、「ケツ割れ? それ何ですか」。
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増島 |
もう割れてるじゃないかと。
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糸井 |
筋肉が使いものにならなくなってる状態だと
中野さんから聞きましてね。
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大後 |
30秒以上、2分以内の時間に全力を注ぎ込むのが
もっともきつい競技で、
そういうレースの直後はお尻が
4つくらいに割れたような感じになるんです。
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増島 |
400、800、1500メートルの競技ですけどね。
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糸井 |
高野さん、たしかにヨロヨロしてました。
それを疲れてるとしか思えなかった僕には、
ちゃんと知ってて拍手してる中野さんが羨ましかった。
それで、こんな素晴らしいことが起こっていたのかと
面白くなったんです。
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増島 |
400メートルのレースだと、
だいたい45秒くらいで走ると考えて、その間、
選手は息を吸ってないんですよ。
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糸井 |
無酸素で走ってるんですか!
はあ、それ聞いてまたびっくりしますね。
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増島 |
400というのは黒人選手が
圧倒的に優位な種目と言っていいんです。
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大後 |
もって生まれた筋組成のタイプに関係しますが、
距離の長い競技はある程度の体質改善で
記録を向上させることはできるけど、
短距離は遺伝的要素、
素質に依存する部分が大きいんですね。 |
増島 |
バルセロナ五輪のとき、
ベスト20までずっと黒人で、
白人はいない。そういう不利な中で高野選手は
アジア人で一人、ベスト8に入ったんです。
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糸井 |
それ知ってたら、もっと味わえたのになぁ。
「順位はこうでした」でさらっと流すというのは、
出し汁を味わうことなく、お吸い物の実だけ
食べちゃうみたいなものですね。
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増島 |
そういう幸せを味わうためにも、
スポーツに余分な
フィルターをかけてほしくないんですね。
(つづく)
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