第3回
■コンプレックスが強くする |
糸井 |
大後さんが神奈川大に行かれたときは
箱根駅伝で予選落ちばかりしてたような
チームだったわけで、
最初からいきなり強くはできなかったんでしょう?
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大後 |
選手は、やりたくない、できない、というレベルです。
3年間は理屈もまったく通用しない。
「やりたくない」「できない」
「できたらいいなあ」「できるかもしれない」
「できる」「やろう」の6段階の意識の中で、
選手たちがどこのレベルかを押さえて、
それに応じたやり方をしないと、
走ることそのものが嫌いになります。
ここまではやらせたいと思うから、はじめは嘘も方便。
本当はそういうデータなんか出てないのに、
「こういうデータがある」と言って木に登らせる。
そこのところに時間はかかりましたが、クリアすると、
あとはわりとポン、ポンと。
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糸井 |
で、優勝まできちゃった。
選手のモチベーションという部分ではどうですか?
つまり、「やる意味」っていうのを
どうやってキープさせるか。
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大後 |
僕は選手になぜこの大学を選んだかを問うんです。
24時間のうち3分の2は競技のことが中心。
膨大な時間と、仕送りも含めて、費やすお金を
無駄にするならもうやめろと。
やりたくないことに4年間を
費やす必要はないですから。 |
糸井 |
それはある程度、素質のある選手に対して、
通用するんでしょう。
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大後 |
いや、ぜったいにレギュラーに
なれないとわかってる選手も
一所懸命にやるんです。
ここにいるだけで価値があると。
僕はそういう選手に神経を遣います。
レギュラー連中は大まかなことだけでいい、
手をかけなくても自分で面白くなるから。
結局、チームの中でいちばん惨めで
つまらん思いをしている連中が、
どのくらいの意識の
レベルで競技に打ち込んでいるかが、
その組織の価値だと僕は思うんです。
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糸井 |
私、ついて行きます。(笑)
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増島 |
大後さんが言ったようなことが
外的モチベーションとすれば、
もう一つ、内的モチベーションがあって、
それはコンプレックスなんですね。
今回のオリンピックのメダリストはそういう人ばかり。
スケートの清水選手の場合、
体は弱くて小さい、喘息もある。
お母さんに聞いたんですが、
子供の頃、近所のおばさんに
「体が小さいのによく頑張るね」って言われて、
ずいぶん怒ったんですって。
相手はほめてるわけだけど、
そういう思いって、彼しかわからない。
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大後 |
スポーツ選手って、だいたいそうですね。
また、コンプレックスを
感じていない選手は伸びない。 |
糸井 |
強く「学ぶ理由」があるわけだ。
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増島 |
サッカー選手にもいっぱいいます。
いじめられっ子だったとか。
マラソンの有森選手も、自分は何の取り柄もない、
走らなかったら死んだも同然だって、
当時リクルートの監督だった
小出さんに言ったんですね。
だから彼女にこれだけいろいろなことがあっても、
いい走りをすると私は確信しています。
長野五輪スピードスケート銅メダルの
岡崎朋美(富士急)選手にしても、
ニコニコしてますが、初めて会ったときは
練習で富士急の先輩だった橋本聖子についていけず、
泣いてばかり。彼女が言うんです、
「スケート馬鹿になりたい」って。
今、時代は、みんな馬鹿になりたくないのに。
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糸井 |
そうかぁ。僕は神々の世界だと思ってたんです。
フィジカルな大エリートたちが、紙一重の差を
磨きあっているところだと……。
発端はコンプレックスにしても、
ものすごくポジティブですね。 |
増島 |
ポジティブですよ。清水選手は優勝した翌日に、
「金メダルって、こんなもんだったんですね」と
言ってる。どういうことかというと、
こんどはノーマル・スケートでつくった
自分の世界記録をスラップ・スケートで
破らなきゃいけないという世界性を
彼がもっているからなんです。
過ぎたことはすっぱり捨てて糧とし、
次のことを考えるという発想になってくる。 |
糸井 |
そういう人は、
奇麗な白い灰になって引退できますね。 |
増島 |
でもそれは本当に難しいことで、さっき言った
外的モチベーションや内なるコンプレックスを、
ずっと持ち続けるというのも大変な才能ですね。
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大後 |
僕はあえて便利な環境を
追い求めないようにしてましてね。
大学から練習場までは10キロ離れてるし、寮は自炊。
夏合宿は、公民館の畳の部屋に貸布団です。
駅伝の優勝校でそういう
環境でやってるところってないです。
でも常に練習環境にコンプレックスを与えておきたい。
競技に対する考えが甘くなるからです。
そういう視点を確保しつつ、
なおかつ合理的、科学的に。
そのバランスです。
(つづく)
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