第2回
■スポーツと科学 |
糸井 |
大後さんは科学的トレーニングを取り入れた
指導をなさっている方だし、
増島さんも「科学性」という言葉を
よく口にされますね。
|
増島 |
私が言う「科学性」は、偶然ではないということ。
ジャンプで「風まかせ」って言いますね。
たしかに風まかせの部分もあるけれど、
日本のジャンプ陣だと1年に600本くらい飛ぶんです。
4年だと2500本くらい。
その中で学ぶことというのは、偶然じゃないわけです。
こういうときにこうすれば、
こうなるという想定に基づいて徹底的に訓練して、
集中する。
それがなければ今回も、
あの悪天候の中では勝てないです。
|
糸井 |
優れた選手は、
あらゆる状況に対応する準備があると……。 |
大後 |
スポーツの場合、やることすべてに裏付けや根拠、
理由があって、
その上でトレーニングが成り立つんです。
データをとるのは、
それを示すのに必要だからですね。
いくら素質があっても、妥当性のある
トレーニングの仕方をしなければ伸びない。
科学といっても決して難解なものじゃなく、
トレーニングの目的と評価を明確にし、
なおかつ選手のモチベーションを高める一つの手段。
だから僕は選手に対し、納得できなければ
練習しなくていいという考えでやっています。 |
糸井 |
そういう方法論をとろうと思ったのは、
いつ頃からですか。 |
大後 |
子供の頃から、
上から押し付けられてやるのがいやだったんですね。
陸上は高校からやり始めて、
大学1年のとき腰を痛めて途中で競技を断念。
それからスタッフにまわったんですけど、
僕の場合、高校、大学の陸上部と
ずっと指導者がいなくて、学生のときから
監督のような考え方をせざるを得なかった。
おかげで貴重な体験ができたわけですが。
|
増島 |
はじめて大後さんのところに
取材に行ったのがその頃。
日体大って、“日本最大の体育会”でしょう。
そんな組織に指導者がいないなんて
考えられませんでした。
それで練習メニューだとかを全部、
自分たちがつくってる。
私は原稿に「自主管理」と書きましたが、
元締めをしていたのがキャプテンと大後さん。
その日体大が、年が明けて2日後の
箱根駅伝の往路で優勝したんです。
|
大後 |
そういう経験から、
自分たちの手でつくりあげていくのが
土壇場で力を発揮できるチームづくりで、
上からやらされたものは
ポーズだけでしかないんだ
ということを学びましたね。
それで自分が指導者になっても、
できるだけ自発的に行動する、
自立した選手を育てていきたい
という考えにつながっています。
それと僕は大学途中で競技をやめましたし、
選手としての実績がないんです。
だから僕が話すのとオリンピック選手だった人が
話すのとでは、
同じことを言っても説得力が違う。
あいつ、自分で経験してないくせにと。
どうしたら指導者として勝負できるかを考えると、
実践からは踏み込めない。
それで理解、共感、実践、
実感というのが僕の指導のコンセプトなんです。 |
糸井 |
監督がいなかったり、
腰の故障、実績がなかったこととか、
逆境が指導者としてプラスに働いてますね。
|
大後 |
体格的な面でもね。
僕は中学までは野球をやってたのが、
体があまりごつくないので陸上に変わったんです。
|
糸井 |
野球少年だった……。
|
大後 |
野球は今も非常に好きです。
父は大の巨人ファンで、僕の栄治という名前も
沢村栄治からとったと聞いてます。
ちなみに弟は茂雄です。(笑)
|
増島 |
さっきの箱根駅伝の往路で優勝したときのことですけど、
キャプテンが疲労骨折をしてしまって、
それがわかったのが12月31日。本番直前です。
それでも走るというのが、
その頃の日本のスポーツ界です。
でも彼はキャプテンに対し、
出ないほうがいいと説得して、
かわりに2年生を出したんです。
その2年生が区間2位のいい記録で走って、
結果、往路優勝したんですね。
|
糸井 |
そういうところで、僕、涙出そうになるねぇ。
|
増島 |
それで2年前、
久しぶりに箱根駅伝をテレビで見てたら、
神奈川大の選手が疲労骨折して、
コーチがジープから飛び降りて、
走るのをやめさせてる。
あれっと見ると「……大後君じゃないか!」。
|
糸井 |
「あいつだ!」。(笑)
|
増島 |
「大後君、一生、
疲労骨折の選手を止めてるのか」って。 |
糸井 |
それで途中棄権になった。
|
増島 |
山梨学院大学の選手も状態がおかしくなって、
事情は色々あるにせよ、
こちらは監督が選手にずっとついて
一緒に走ったんです。
マスコミはそっちをクローズアップしたがるんですね。
「監督と涙の並走」といって。
でも大後さんはすぱっと選手を止めた。
そこが大後さんの素晴らしいところなんです。
ここで無理して走らせてはいけないという、
科学的な裏付けをもっている。
|
糸井 |
そういう話は、
新聞を見ててもあまり出てこないですね。 |
増島 |
取材の蓄積というのがないんですよ。
|
糸井 |
一見、情報が氾濫しているようなこの時代に、
語られてることは同じものが山積みになるばかりで、
広さ、深さについては
ないに等しいってことですね。
|
増島 |
加えて、
大後さんのようにきちんと説明できる指導者は
今まであまりいませんでしたね。
取材でよくありますが、野球でもサッカーでも、
「バーンとやる」とか言うじゃないですか。
「バーン」と言われてもね……。
どうすりゃいいの?って。
「ピュッといけ!」とか。
長嶋さんはそのタイプですか。
|
糸井 |
はい(笑)。模写というか、
お手本を繰り返すうちに
うまくなる----それはそれで効果的だったり、
大事な部分もあるんでしょうけど、
それがわかるための道筋というのも
絶対に必要なわけでね。 |
大後 |
頭を使ってなくて、見よう見まねで
筋肉が勝手にできちゃったとなると、
壁にぶちあたったとき、
自分でその壁を乗り越えられないですよ。
なぜうまくなったのか、というのがわからないから。
|
増島 |
「バーン」は「ジャー」じゃない、
「ドーン」でもない。
言葉としては正しい。
でもそれって偶然なんですね。
偶然が積み重なっていくと
経験という言葉になって、
経験を積み重ねていくとベテランになる、
というのが日本のスポーツ界の
長い伝統だったような気がします。 |
大後 |
稀に天才がいますからね。
理論がまったくなくても、
「バーン」だけでわかっちゃう人が。
そういう天才がまた指導者になると、
理解できる人は稀で、
できない人はパニックに陥ります。
大多数は、やっぱり
努力しなけりゃいけない人間ですから。
(つづく)
|