BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

「スポーツ観戦のメダリストになる」
(シリーズ4回)

第1回 物語にする前に

第2回 スポーツと科学

第3回 コンプレックスが強くする

第4回
■オタクの世界
糸井 スポーツについて知れば知るほど、
また「何だろう」の数が
増えていきますね。表ゲーム終わって、
裏ゲームにこんど走らなきゃならんって感じで。
増島 選手はいろいろなたくらみをもっていて、
それを想像するのも
面白い。取材で「話したくない」と言われると、
嬉しいんです。よけい知りたくなるから。
糸井 わくわくするでしょうね。
増島 スピードスケートの白幡(圭史)選手は、
長距離では小柄です。
彼も黒岩彰コーチたちと科学的なアプローチで
練習しています。
その白幡選手ですが、スケートは
ゴールしてそのまま1周くらい
滑るじゃないですか。
でも彼はどんなときでも必ず
4分の3周のところでぱっと上がって靴を脱ぐ。
なぜ毎回同じことやるのかと聞いてみたら、
滑り終わったあと4分の3周以上すると、
乳酸が体から抜けるのが
非常に遅くなるって言うんです。
大後 疲労すると乳酸が体内に蓄積されて、
その値がある一定の時間にピークになるんですよ。
糸井 わずか残り4分の1周が、大損につながるわけだ。
増島 それ以上引っぱったら翌日の練習に差し支える。
そういうたくらみなんかも、
小さなことかもしれないけど、
非常に大切なことです。
大後 僕らが練習を考えるときベクトルが三つあるんです。
量と質、それに疲労感が入る。
この三つのベクトルを、
今はどちらの面積を多くするべきかを
分析しながら練習のペースを考えるわけです。
増島 だから、やみくもに練習すればいい
というものじゃないんですね。
大後 有森を育てた小出先生は髭面で豪快な感じの人ですけど、
手帳を見ると、この人がこんな
小せえ字を書くのかと思うくらい、
細かい字でぎっしりデータをメモしてましたよ。
増島 有森さんが何を食べたかという
メニューまで書いてあって、
「小出メモ」っていったらすごいですね。
白幡選手を教えてる黒岩コーチも同じようなメモで、
字まで似ていて笑っちゃいました。
大後 それが蓄積されて、結果が出て、
確固たる自分の方法論ができてくる。
増島 マラソンの瀬古利彦さんを教えていた中村清監督も、
草を食べたりという少し変わったところばかり
マスコミに出ましたけど、海外の専門雑誌はほとんど
読んでいたし、ノートにはありとあらゆる数字が
書き込んでありました。
糸井 いやぁ、ほとんど「オタク」といわれる世界ですね。
大後 まさしくそうです。
糸井 そういうオタクの方法論こそが、今まで日本人に
欠けてた部分なのかもしれない。
増島 ただ、データと選手との付き合い方というのが
次の問題として出てきて、
重視しすぎるとそれに左右される。
メンタルトレーニングで
頭をリラックスさせるα波を出す
訓練があります。
あるとき機械の電池切れでα波を
測れなくなったら、
自分の状態の判断がつかなくなって
パニックになったなんてこともあります。
糸井 情報の中にストック部分と
フロー部分があって、フロー部分
というのは、何が起こるか
わからないことに対応できること。
ここが重要ですね。
大後 僕は自分のとったデータを
公表しているんですが、
なぜ隠しておきたいデータを
出して平気かというと、
今おっしゃったフロー部分を
何となくつかめているから
だと思います。
「いいよ出しても。だけど、
これだけじゃないんだから」と。
僕はデータを現場でまた
違うフィルターを通して選手に
アドバイスしていて、それは多分、今の段階では
誰にでも真似できることではないと
思ってますから。
糸井 カッコいい!
増島 そういう部分が、
科学的なアプローチをする指導者の中で、
優秀か優秀でないかの分かれ目でしょうね。
大後 科学技術が進歩しても、
それだけじゃ見えない部分もあります。
船木(和喜)選手のジャンプについて
八木(弘和)コーチが、
1センチ目線が違うとか言ってましたね。
あれ、ビデオじゃ見えないですよ。
一つひとつの動きじゃなく、
動体視力のものすごく高い人が全体の流れを見て、
どこかおかしいというのがわかる。
最後の最後のところは、
やはり感覚とか感性になります。
だけどそれ以前の段階では、
もっと客観的にできる部分があるし、
やっぱり体系化をもっと進めていかなくちゃ
いけませんね。だから僕の理想は、
よりクレバーな野人を育てることなんです。
頭を使い、なおかつ動物のようにどういう状況にも
敏感に対応できる感覚をもつ選手……。
増島 フロー部分の重要性ということでは、
「職人気質」という言葉がありますが、
スポーツもそういう世界に近い。
スピードスケートの場合、
スケート靴の刃は横から見ると
揺り籠みたいになっていて、
その部分を選手は自分で削るんです。
その日のコンディション、たとえば熱があるなら、
どのくらいの発熱なのか、
そのときの体重はどうなのか、
突き詰める人はそういうところまで考えて微調整する。
それを口で説明するのは難しいですよ。
清水選手のメモを見ると、どのくらい削ったか、
すべて「感覚」と書いてある。
感覚----それは彼の中では徹底した科学性なんですね。
糸井 しびれるなぁ。
増島 これも感覚の素晴らしさということにつながりますが、
ジャンプの選手のテクニックで
すごいのは手なんです。
彼らは、強い風が吹く中でも、
手首と小指で重心をとってきますから。
手首で高さを調節するのは、
外国の選手でもできるそうです。
しかし、原田(雅彦)選手のように、
空中で落ちそうになっている体を
小指の動きで引っぱって、
というのはなかなかできない。
糸井 そのジャンプですが、
山藤章二さんは、「飛型点に反対だ」
という立場なんですって。
変なカッコでドタバタしても、
いっぱい飛んだほうを勝ちにしてほしいと。
増島 ボークレブというスウェーデンの選手がはじめて
V字ジャンプを試したとき、
飛型点はゼロだったんです。
そのV字をいちはやく
取り入れたのがオーストリアと日本。
原田選手はあと20年か30年たてば、
「近代ジャンプの父」と
言われる人だと思うんですが、
その原田選手でさえ、当初、
ヨーロッパの新聞には「みにくいアヒルの子」と
書かれた。それが今、船木選手は、
「世界でもっとも奇麗な鳥」
と言われてますものね。
スポーツの場合、美しさが機能と結び付いたとき、
はじめて評価されます。
船木選手のV字は、
世界でも彼くらいしかできないという、
顔を板の前にまでもってくるジャンプ。
より遠くに飛ぶため、人間の動きの限界に挑戦し、
それが美しい。
その機能美に対する評価が飛型点なんですね。
糸井 やっぱり山藤さんは阪神ファンなんだ。
つまり、不完全さを愛す。(笑)
増島 感覚という話にもどると、
ラップタイムってありますね。
スピードスケートの選手は
0・何秒でラップをいじるんです。
400メートルを37.2秒で回ってこいと言うと、
ちゃんと37.2秒で回ってくる。すごいことですよね。
これができるのは一握りの選手だけで、
さっきの白幡選手などがそうです。
そういう感覚をいかにして
体内時計に取りこむのか、
大後さんに聞いてみたかったんです。
大後 どういうピッチとストライドで、
どのリズムでいったら1周を何秒でいけるか、
そういう感覚が育ってるんです。
それを、その場その場で把握して
レースを組み立てる。
だから「オーバーペースですね」
と言う解説者がいますが、
何をもってオーバーペースと言うのか。
オーバーペースかいちばんいいペースか、
選手は自分の体で覚えているんですから。
糸井 脳とボディのイメージが一致してるということですね。
大後 僕は大学院時代、
10日間まったく同じ生活をするという実験を
したことがあります。食べる時間、寝る時間、
全部同じにする。
頭がおかしくなりそうになりましたけど、
そうすると同じ時間にトイレに行きたくなり、
同じ時間にググーと胃袋がなる。
昔の人が腹時計と言ってたけど、
われわれも10日間でそういう感覚がもどってくるんです。
糸井 でも「時間」というのは、自分でいちばんつかみにくい
物差しで、しかもスポーツの場合、秒単位でしょう。
増島 長野五輪で女子フィギュア
金メダルのタラ・リピンスキー選手の
練習を見ていたら、
彼女が突然、音楽を止めに行くんです。
「テープの回転スピードがおかしい」って。
ほんの少しだけ速かったらしいんだけど、
私たちには何が起こっているかわからない。
彼女たちはフリーの演技時間の4分間なら4分間を、
きっちり体で覚えているんですね。
あれは素直な感動でした。
糸井

脳生理学の分野ですね。
ちょっと哲学っぽいけど、
「スポーティ」っていうことを
僕は、「動きながら考えるということ」だと
思っているんです。
だけどこれまでの日本人のパターンは、
止めては考え止めては考えで、だからスポーツも
挿絵と剣豪小説の流儀で表現しちゃう。
「そのとき武蔵は」で、ハラハラ枯れ葉が
散って、「ここでやらねば」で刀を抜くというような。
それをやってると、現代スポーツは味わえませんね。

増島 私はスポーツの原稿を書いてますから、
読み終わったあとに筋肉痛になるとか、
汗をかいてしまうとか、
五感に訴えるような部分を切り取りながら、
そこに糸井さんが「ケツ割れ」を知って
400メートルが面白くなったような知識を、
ちょっとだけでもお伝えしたいと思うんです。
大後 一般の人にスポーツ・マインドが育ってほしいですね。
日本の陸上競技の試合なんか、でかい競技場に
3000人しか入ってないってこと多いですから。
糸井 オタクをもっと増やす……。
増島 冬のスポーツは地域限定ですから
日本でもけっこうオタク揃いです。
あるジャンプ選手のお父さんと
スケート選手のお父さんですが、
関心するのは、60人選手が出ても
1番目から最後の選手まで記録を全部をつけてる。
お父さん、何もそこまでしなくても......。
大後 箱根駅伝でも、「先生、あの選手は何年前に
区間何番で走ってました」と教えてくれる人がいる。
増島 オタクといっても、本当は特別なことじゃない。
実は、すごくシンプルだけど肝心な部分を
メディアがしっかり伝えてないということなんですよ。
大後 今年、箱根駅伝で優勝したときの記者会見で、
選手をどう決めたかという質問を受けたんです。
「1年生も4年生も関係ない。
実績より、精神的、肉体的に自分の力を
発揮しうる準備をいちばん高めている者を
起用した」って答えたら、
共感するという手紙が20〜30通来ました。
学歴社会に対するアンチテーゼだとか、
年功序列じゃないのがいいとか。一般の人のほうが、
そういうところまで考えてたりする。
僕はそんな深くまで考えたことがなかったものだから、
逆にびっくりで。
増島 スポーツを伝える側のほうが、そうとう後ろにいる
という危機感はもっていたほうがいいですね。
選手へのインタビューでも、
聞いてほしいことを聞き出していない。
ジャンプの原田選手だって、よくしゃべるけれど、
一方で、本当に知りたいことは話していないんですよ。
彼は「スマイリー原田」と言われて、
うまい隠れ蓑をつくっています。
そこはサッカー日本代表の岡田武史監督も
同じかもしれない。
「岡ちゃん」と呼ばれることで、
親しみやすそうだとかね。実はあれでなかなか……。
糸井 一筋縄ではいかない。
大後 でも、いいですね、岡ちゃん。
増島 岡田さんはドイツでコーチ学を勉強した人で、
スポーツのステイタスを上げよう、
ということもよく言っています。
大後 岡ちゃん、共感するな。
「大ちゃんと呼んでくれ」と言いたいですね(笑)。
(おわり)

1998-11-02-MON

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