第1回
ひとりの似合う男です
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糸井 |
お二人はシングルのベテランですが……。 |
篠原 |
俺は昔、カカアがいたよ。 |
糸井 |
そのあと、シングル歴は何年? |
篠原 |
シングル、長いぞ。
三十六歳からだから……もう二十年越えたね。
橋本の旦那はずーっとシングルでしょ。 |
橋本 |
俺、四ヵ月、同棲してたことがある。
そういう意味じゃ、
ずーっとシングルだったわけじゃないよ。
そのとき感じたんだけど、人といるとラクだよね。 |
糸井 |
いきなり「太字」になること言うねえ。
ラクだったの? |
橋本 |
帰ると「お帰んなさい」って言われて、
ご飯もつくってあってさ。
それに、俺、それまでは他人といると
ダメかと思ってたんだけど、
ぜんぜん違う。
こっちが原稿書いてる横で、
相手が寝転がってテレビ見てても平気なんだよ。
いても平気な人間がいるんだってことがよくわかった。
それから、“万人に対する愛”みたいに、
誰かを選んではいけないんじゃないか、
なんてヘンな思いも以前はあってさ。
でもそうじゃなくて、
好き嫌いをハッキリさせていいんだというのもわかって、
気がラクになったよ。
だから誰かいればいたでいいし、
どっちでもいいんだ。 |
篠原 |
何で四ヵ月でやめたの? |
橋本 |
相手が仕事の都合で遠くに行っちゃったから。 |
篠原 |
原因はそれだけ? |
橋本 |
うん、それだけ。 |
糸井 |
クマさん(篠原氏の愛称)の結婚生活は
どのくらい続いたの? |
篠原 |
正式には十八年くらいかな。
だけど、だんだん家に帰らなくなって
外での生活が長くなってきたんだよ。 |
橋本 |
通い婚なのね。 |
篠原 |
それに近い。
知り合いのヤクザから、
「大晦日と元旦くらいは家に帰れよ」
って言われて、帰ったこともある。 |
糸井 |
ヤクザって礼儀があるね。(笑) |
橋本 |
帰らなきゃいけないっていう考えは、
どこかにあったの? |
篠原 |
最初の頃は
「帰んなくちゃな。
でも、もうちょっと街をウロウロしてたいな」
と思いながら、
そのうち「あっ、三日たったな」とかね。
三日もたつと、もう帰りづらくて、
「こんな夜中に帰っちゃいけねえな。
明るくなってからにしよう」なんて考えてるうちに
足が遠のくんだよ。 |
糸井 |
じゃあ、きょうは帰らなかったって、
ドキドキした日もあったんだ。 |
篠原 |
あったさ。
俺は昔、けっこう生真面目な青年だったんだよ。 |
橋本 |
その生真面目さが結婚をさせた。 |
篠原 |
そうなのよ。
孕んじゃったから。
それで子どもが生まれるときに籍入れて。
でないと子どもが存在不明になっちゃうだろ。
だから俺の場合、
入籍するっていう紙っぺらを役所に出して、
離婚するときはそれを×点にしただけのことでね。 |
糸井 |
また結婚しようとは思わなかったんでしょう。 |
篠原 |
一度してみて、結婚という形が
俺には向いてないのがわかった。
また前と同じになるような気もするしな。 |
糸井 |
女性のシングルって、
「シングルライフは住まいの確保から」って、
よくマンション買ったりするけど、
二人の場合、家については……。 |
橋本 |
俺は家に対する執着はまったくない。
ないから逆に、人に言われるまんま
家建てさせられたというのがあって。
要するに、どうせカネいらないから、
今のうちに借金で縛っときゃいいかなって、
すごく大ざっぱなこと考えたの。
それで、結局、もうこれ以上、
不動産にカネ出せないから、
誰かと暮らそうにも、できないのよ。
だから不動産関係のカネによって、
シングルは決まりという面はあるね。 |
糸井 |
経済的にシングルになった? |
橋本 |
今、荷物が三十坪全部を占領してて、
屋根裏部屋にベッドと机を置いて、
そこで原稿書いてる生活だよ。
これ以上のことをしようと思ったら、
あと二十年以上、借金返し続けて、
それが終わったあとじゃないとできないもん。
すごくわかりやすいでしょ。 |
篠原 |
俺も山梨の村に工場なんか建てちゃったもんだから、
生きてるうちに返済できません、
て事務所の経理に言われた。 |
橋本 |
クマさんはそのファクトリーに一人で住んでるんでしょ。
助手とかは? |
篠原 |
いないよ。
窯に火を入れるときだとか、
必要なときは職人を呼ぶけど。 |
橋本 |
クマさんのファクトリーって広いじゃん。
あのくらい広かったら、
俺だと、誰かいないとダメかなっていう気がする。 |
糸井 |
ああ、空間の問題なんだ。 |
篠原 |
俺は普段は人がいると鬱陶しいの。 |
橋本 |
でも、田舎って一人暮らしができないでしょう。 |
篠原 |
暮らしはできるさ。 |
糸井 |
近所づきあいはしてる? |
篠原 |
近所たって、まわりに家がないんだから。
お神楽があるよ、なんていうときには
ちょっと行って、役の練習したり、
ということはあるけどね。 |
糸井 |
そういうこともしてるんだ。 |
橋本 |
それは本当に一人暮らしに慣れているんだね。
俺は都会は平気だけど、
田舎は自分一人じゃ絶対に無理だなあ。
それで、メシ炊きなんかは? |
篠原 |
自分でするさ。
仕事終わったら、自分で掃除して、
ご飯炊いて……。 |
糸井 |
クマさんは、自分で自分の面倒を見てきた歴史が
長いもんね。
飲み屋で味噌盗んで、
着物の袂に入れて
持って帰ったりしたこともあったし。(笑) |
篠原 |
コメだよ。(笑)
味噌はさすがにな。
だけど五十過ぎると煮炊きは面倒になるな。
最近はお湯沸かしてレトルトの袋、
ぽんと放り込んでね。
今、ヒジキまでもレトルトになってやがんだ。
何でもある。
それ温めて……。
宇宙食みてえなもんだ。 |
橋本 |
俺も昔は料理してたけど、最近はしない。
原稿書いて、料理つくってと、
一日中クリエートしてるのイヤだもん。 |
糸井 |
じゃあ、食事はどうしてるの。 |
橋本 |
今は夜だけ母親に弁当つくってもらってる。
俺、人にものを頼むの、
わりと拒んでた部分があったのね。
でも今になって考えれば、
頼むことから人との関係は始まるし、
甘えちゃうのも重要だなと思って。
シングルで母親に
弁当つくってもらってるといえばマザコンで、
二十、三十代の頃に
そう言われるのは死ぬほどイヤじゃん。
だけどこのトシになると、
五十でマザコンも悪くないかと……。 |
糸井 |
誰も何も言えないよ。 |
橋本 |
マザコンに関して、みんな誤解してるから、
正しくマザコンを実践してみようという気も
ないわけじゃないし。
(続く) |