第3回
「あきれさせたい」人々
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篠原 |
あんたは何で結婚したのよ。 |
橋本 |
多分、シングルでいると淋しいからだよ。
違う? |
糸井 |
正直に言うけど、ものすごく淋しいの。
僕はものすごくマイホーム主義で、
家で一日中、ベタベタしていたいの。
愛だけに生きていたいの。 |
橋本 |
何をいまさら。 |
糸井 |
許してくれよ。(笑) |
橋本 |
あのね、人生の中で三日間それやると、
あとは大丈夫だよ。 |
糸井 |
いや、俺、
三日も四日もやってると思うんだけど……。 |
橋本 |
相手がやってくれないんだよ。
自分はその気になってるのに、
向こうはどこか醒めてて、
「あと三十分したら、
息吸いに外に出ていい?」みたいな。 |
糸井 |
そうなのか。 |
橋本 |
ホームに対する幻想があるんじゃない? |
糸井 |
それはあるかもしれない。
子どもの頃から、
人んちは楽しいんだろうなって思ってたし。
だから一人でいるのとホームがあるのと、
どちらかしか選べないのなら、
ともかくホームを……。 |
橋本 |
それは内臓の弱い人の発想だよ。 |
糸井 |
ナニ、それ? |
橋本 |
どこか心細い。
早い話が図太くないの。
クマさん、内臓強いでしょ。 |
篠原 |
俺、強い。 |
橋本 |
俺もすごく強いの。 |
糸井 |
俺だって、相当強いよ。 |
橋本 |
(二人で糸井氏をじっと見る)
でも胃弱でしょ。 |
篠原 |
胃下垂とかな。 |
橋本 |
胃下垂の顔ってあるんだよ。 |
糸井 |
バカヤロー!(笑) |
篠原 |
養命酒の宣伝にある、飲み始める前の人の絵ね。 |
橋本 |
いくら食べても太れない。 |
篠原 |
腹に回虫のいる人。 |
糸井 |
(苦笑しつつ)あの絵でいうと、
養命酒飲むと小太りになるんだもん。 |
橋本 |
小太りを拒むこと自体、内臓が弱いのよ。
内臓が発達するときって、
筋肉に締めつけられるのがイヤなのね。
小太り状態で内臓野放しのほうがいいのよ。 |
糸井 |
布袋さまのようになるわけだ。 |
橋本 |
だから俺なんか、腰痛があるから
腹筋を強くしなくちゃいけないんだけど、
それ、なんか生理的にイヤなんだよ。 |
糸井 |
自分勝手で強引な説明だね。(笑) |
橋本 |
『窯変源氏物語』を三年かかって書くとき、
何考えたかというと、まず太ろうと。
太って下っ腹が出てくれば、
三角形で安定した状態になって、
ずーっと机の前に座り続けていられるかと思ったんだよ。
そしたら、体こわした。 |
糸井 |
間違ってたわけね、要するに。 |
橋本 |
過剰はいけない。
でも俺は、外見ボロボロでも心は光源氏であるという、
矛盾した状態をキープしようと、
ある種、無謀な冒険に挑戦してたのよ。 |
糸井 |
光源氏は布袋さまみたいじゃなかったんでしょう。 |
橋本 |
ぜんぜん。
だから俺は原稿書いてる手首の先だけ
光源氏なの。(笑) |
糸井 |
それで精子を撒き散らしてる。
右手が性器ね。 |
篠原 |
書いてるとき、頭でもの考えてないもん。
脳が手首まで移ってくる。 |
糸井 |
はあァ……。
あきれた人だなあ。 |
橋本 |
人をあきれさせるのって、すごく楽しいよね。
スターというと“輝きわたる"ってことだけど、
俺にとって、そういうスター性は意味ないのよ。 |
糸井 |
それより、あきれさせたい? |
橋本 |
そう。
あきれ光線みたいなものを
バーッと放つ瞬間が充実してるわけ。
そういう人間は、
他人との固定的な関係って、
やってられないじゃない。 |
糸井 |
女房相手にあきれさせてもしょうがないしね。 |
橋本 |
そういうの、好きだけど。 |
糸井 |
でも、普通はバカにされるよ。
「何考えてんだか、この人は!」って。 |
橋本 |
大学生のとき、妹の友だちがうちに来たのよ。
あとでその友だちが言うには、
「橋本さんのお兄さんて、いきなり
『できたッ、これが回転レシーブだ!』って、
ゴロゴロ転げながら出てきたよね』って(笑)。
その頃から家でもあきれさせてたんだ。
ただ、そういう人間がいると、
家庭を守っている人には迷惑だよね。 |
糸井 |
家庭を守ろうとしたら、
見てない、聞いてないという方法しかない。
ただ景色のようにあると。 |
橋本 |
でも軽井沢の寮のように、
ハウスキーパーのおばさんが
ちゃんとそこを守っているような場所では、
俺、その片鱗も見せないよ。
「ちゃんと仕事をなさる偉い先生」で、
家の主の鑑のようになる。 |
糸井 |
書いてるときは、作品であきれさせるんだ。 |
篠原 |
俺もあきれさせるの好きだよ。
一トンのガラスを焼いたりしてさ。
そんなガラスの塊、見たことないだろ。
今やってる石のゲージツは、
四国の石切り場で、ドーンと発破をかけて石を採って、
それをコツコツと刻んでいくんだよ。 |
糸井 |
小さいことも好きなんだ。 |
橋本 |
クマさんの作品は、すごくキメが奇麗じゃない。
そういう緻密なことをする人って、
一方で何かバカバカしいことをやってないと
辻褄が合わないと思う。 |
篠原 |
バカバカしいことはけっこうやったね。
女と暮らしてて、
そろそろ別れようかというとき、
相手がどうしても別れてくれないもんだから、
布団の上でウンコしたことがあるんだ。
あきれて俺を捨ててくれるかと思ったら、
「可哀想な人ね」って、
かえって別れようとしないんだよ。
これは失敗だったね。 |
糸井 |
女はだいたい真面目よ。
ふざけたり、
人をあきれさせようと思って生きてる人は、
そんなにいないんじゃないの。 |
橋本 |
亭主がバカなことしてると、
この人の痛ましさを守るためにって、
女房が補完構造をつくるじゃない。
でも、あきれさせることに命かけてる人にとっては、
補完されるのがいちばんイヤだよね。 |
篠原 |
「あきれてろ」って言いたいよな。 |
橋本 |
最近、自分の書くものが、
仕掛けはすごくデカいんだけど、
作品全体は妙に緻密で繊細な気がしてるんだよ。 |
糸井 |
クマさんもそうだけど、
大胆と緻密、両方だよね。 |
篠原 |
俺なんかハンマーで、
コツコツ、コツコツ、
何億万回も石打つんだから。 |
糸井 |
何億万回って……表現は雑なんだよ。(笑) |
橋本 |
石を打つのも精子放出だよ。
何億万回もやって、
でき上がるのは一つ。 |
篠原 |
それ完成させるのに半年もかかるの。
しかも、もう一つ並行してつくってるからね。
二人の女を相手にしてんだ。
大変だよ、ゲージツの道を選んじゃったから。
でも、シングルにはぴったりだ。 |
橋本 |
煎じ詰めれば、
他人の人生より自分の人生のほうが楽しいもの。
(続く) |