第2回
女帝は君臨する
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糸井 |
さっきの話だけど、
クマさんは結婚してたとき家に帰らなかったんだよね。
僕は待つ人がいようがいまいが、
家に帰るのがすごく好きなのよ。
とにかく帰る。 |
橋本 |
家で仕事しないからだよ。
俺もクマさんも家には帰るよ。
だけどそれは、家に帰らないと仕事にならないんだもの。 |
篠原 |
ならねえの。
だから海外なんか行ったりすると、
イライラしてくるよ。 |
橋本 |
俺も一週間、家を離れて原稿を書かないだけで
イライラする。 |
糸井 |
じゃあ、ホームは守ってんだね。 |
橋本 |
俺にとってホームというのは、
家でも何でもなく、原稿用紙の前なのよ。
クマさんにとってのファクトリーも同じだよね。
そこから切り離されるのがすごくイヤで、
夾雑物が入って机の前に座ることを邪魔されるのも
またイヤ。
人がいても別にいいんだよ。
だけど、家に帰ると別のシステムが待っていて、
何かしなくちゃいけないっていうのはダメだな。 |
糸井 |
それ、いわゆるサラリーマンの言葉で
「家庭サービス」と言われるようなことだよね。 |
橋本 |
俺、死んでもしない。 |
篠原 |
家族で遊園地に行くやつだろ。 |
糸井 |
好きで行くんだったら行けばいいけど、
「サービス」という言葉で
表現されるようなものじゃないね。 |
篠原 |
親父がキャッチボールしてくれないって、
グレるガキがいるじゃない。 |
橋本 |
いないよ、そんなの。
それに、キャッチボールばかりさせられてグレたのが
星飛雄馬でしょ。 |
糸井 |
グレたわけじゃないけど(笑)。
家庭サービスって言葉は僕も嫌いなのよ。
でも、子どもとキャッチボールはしてた。
自分が遊んでほしかったからだけど……。
シングルを語るとき、
「淋しい」がキーでしょう。
一人で淋しいか淋しくないか。 |
橋本 |
それ言うのは、家に帰ってすることないからだよ。
シングルって、疲れたときどうするか、
それだけじゃないの? |
糸井 |
どうするの? |
橋本 |
疲れたら誰かに肩揉んでほしいっていうのはあるけど、
誰もいなけりゃしょうがないし。 |
糸井 |
いたって、揉んでくれないよ。 |
橋本 |
いたら揉むよ。
俺、そういう人間としか一緒にいたくないもん。 |
糸井 |
女王蜂状態でいたいわけね。
卵を産む仕事は俺、というような。
原稿用紙にバンバン字を書いて埋めていくのが
卵を産む行為で。 |
橋本 |
卵を産むというより、精子を放出してるに近いね。 |
糸井 |
たくさん書いてるしなあ。 |
橋本 |
いつも精子放出状態だから、
自分は性欲旺盛ですごく助平なんだと思うよ。
ずーっと書いていたいし。 |
篠原 |
俺も旺盛かもしれない。
夜もぶっ続けで作品つくってたりするから。
そういや、このあいだ腎臓結石になってな。
その石がなかなか落ちなくて痛えんだ。
今、石の作品つくってるから、削岩機使ってるだろ。
あれのハンドルを腹に当ててダダダッとやったら、
石も落ちるんじゃないかと思ってな。
腎臓の石を落としながら、
ずーっと作品つくってたんだ。(笑) |
橋本 |
俺、『窯変源氏物語』十四巻を書いてた三年間、
軽井沢にある出版社の寮に缶詰になってたんだよ。
一年目くらいに
体がガタガタになってることに気づいてね。
スポーツマッサージに行ったら、
背筋が落ちてるって言われた。
で、恐ろしいことに、右手だけ筋肉がついててね。
原稿書くだけでも筋肉つくんだよ。 |
糸井 |
どのくらい座って書いてるの? |
橋本 |
四時間以上続けて寝たことがないくらい、
とにかく書き続けてた。
それで自分がぶっ壊れるんじゃないかと思うと、
町の中を歩くのよ。
そのうち歩行のテンポと思考のテンポが
妙にシンクロして、足が止まらなくなる。
歩いている自覚さえなくなって、
どこまでも行っちゃう。
ババアの徘徊はこういうもんだと思ったね。
徘徊しながら何か考えてるんだよ。 |
篠原 |
うちの猫も、夜、徘徊してるんだよ。
やつも何か考えているのかな……。(笑) |
橋本 |
俺は長時間座ってるから、
上体が丸まりやすくて、
うっかりすると歩いてるときも背中丸めてる。
ちょっとネアンデルタール人入ってるなって気づいて、
あわてて背中伸ばしたりしてね。 |
糸井 |
歯止めがきかない人たちなんだ。 |
篠原 |
あっ、俺ね、お茶始めたよ。
煎茶を五十度くらいのお湯で入れて、
丸いアンコ玉を楊枝でつまみながら飲むわけさ。
ジジむさいんだよ。
だけどな、一日中、ガ−ッと作品つくってると、
頭がわんわんするの。
それに、これはもうちょっと研磨せにゃとか、
ここは三時局面が気に食わないとか、
手で触るとわかるんだよ。
で、ガーッとやると、今度はこっちでまた感じる。
そんなことやってるとくたびれちゃって、
休もうと思って上がるんだけど、
まだ気になるんだ。
そういうのを鎮めるのにお茶はいいんだよ。
そりゃ女でもいいけど、
段取りが面倒くさいだろ。
布団敷いたり、いろんなことをせにゃいかん(笑)。
だからシングルにはお茶だね。 |
糸井 |
そうやって、創作にエネルギーを
使い果たしたあとの調整はしてるわけだ。
テレビなんかは見ないの? |
橋本 |
見るよ。
机に向かってる背後で、
音は消して、画だけつけてる。 |
篠原 |
ビデオもさ、
ときどきエロビデオのいいのが入ったりすると、
ちょっと試しに見なくちゃいけない。 |
糸井 |
試しにって、見ればいいさ。(笑) |
篠原 |
あれ見ながら、俺の男としての体の現状は
どうなってるかなと。 |
糸井 |
ああ、リトマス試験紙みたいに。 |
橋本 |
シングルって、そういうことが気になるんだよ。
俺もそうだけど。 |
篠原 |
おっ、まだいけるな、とか。 |
橋本 |
一人で生活してると、
まわりとぜんぜん関係なくなるから、
自分がどの程度になってるかわかんないんだよね。 |
篠原 |
それよ。 |
橋本 |
テレビつけっぱなしにしているのも、
まわりの基準というものをどこかに置いとかないと、
自分が迷っちゃうかなって、そういうこともあるね。 |
篠原 |
たまに休憩のときはワイドショーなんか見てさ。 |
糸井 |
サッチーなんかも? |
篠原 |
いちおう押さえておかないとな。 |
橋本 |
ずーっと奈良時代の女帝の話を書いてたんだけど、
千二百年前の女帝と野村沙知代がシンクロしてさ。
女の権力者を引きずり下ろすのがいかに難しいかは、
奈良時代の孝謙女帝の段階でハッキリしてるからね。
歴史のタブーは破られるのか−−という興味もある。 |
糸井 |
あれ、最終的には「理屈じゃないわよ」
って言えばいいんだもんね。 |
橋本 |
いや、「なんでそんなひどいことするのよッ」
と言えば勝てる。
そのあとに、
「私が何したっていうのよ!」。
昔から女帝は全部それなの。 |
篠原 |
その論法は家庭内のオッカアにも当てはまるな。 |
橋本 |
女が権力者になるとね。 |
篠原 |
あんたんちは? |
糸井 |
うちはシングルが二人いる、
というのに似てるから。 |
篠原 |
そうかい。
そうなりゃいいんだ。
しかし、きみもなあ、
ああ奇麗なカカアがいると落ち着かんだろう。
(樋口)可南子が出てるコマーシャル見るたび、
こんな女がそばにいたら
仕事にならねえなと思うんだよ。
石削るのもやんなっちゃう。
だから、ああ、一人でよかったと。(笑) |
橋本 |
それで落ち着ける人もいるのよ。 |
糸井 |
ヤなゲスト呼んじゃったな。(笑) |
橋本 |
女の人はどっちかというと、
ご主人さまにお仕えしたい願望があると思う。
さっき言った軽井沢の寮には、
日本一のハウスキーパーみたいなおばさんがいてね。
そのおばさん見てて感じたんだけど、
人が来て、自分が何かするっていう状態がないと
すごくつまらないみたいなの。
家庭の主婦も結局、プチホテルのマダムなんだよ。
亭主は法人契約してる部屋に来る人であってさ。
問題は、あまりほかの客は来なくて、
来るのは法人契約のこの人ばかり。
それが女の人にはつまんない。 |
篠原 |
分析してるね。
さすが小説家だ。 |
橋本 |
でね、女は男と結婚するんじゃないんだよ。
“自分の結婚"としか結婚しない。
男は“女"と結婚するから、
そのうち自分がなくなっていく。
一方で女は“自分の結婚"と結婚してるから、
どんどん自己完結していってさ。
「そのわりには面白いことないわね」ってなる。 |
糸井 |
部屋の装飾が女のものになっていくのは当然だ。
プチホテルのマダムだし。 |
橋本 |
“自分の結婚"と結婚するという
抽象的な状態は耐え難いから、
自分の“家"と結婚している状態にしていくんだね。 |
篠原 |
じゃあ、古手川祐子のところは、
旦那がそれを見抜いたんだな。 |
糸井 |
ケーナを吹く旦那。 |
橋本 |
あれは父親と結婚してるのかもしれないよ。 |
糸井 |
ケーナが気づかせてしまった。 |
橋本 |
田中健て可哀想だよね。
この世で頼りになるものは笛しかなかったって。 |
糸井 |
ケーナを吹くために別居したんだと言い張ってたよね。 |
橋本 |
そのあとに女ができて、
やっと笛だけじゃなくなった。
なんかねえ……。
室町時代の話みたいだ。 |
糸井 |
クマさんは猫を飼ってるけど、
生きものの気配はあったほうがいいの? |
篠原 |
二十年前、南伸坊が
俺んとこに捨てていったんだよ。
それに俺は猫好きなんじゃなくて、
その猫が好きなの。
その猫が死んだら、もう動物は飼わない。 |
糸井 |
橋本くん、生きものは? |
橋本 |
俺、はじめて事務所と自分の住まいを分けたとき、
事務所に花活けたね。
そこ、生活のにおいがないでしょ。
花が咲くという生きてるさまを見せられることで、
人心地はしたね。
(続く) |