第1回
いつもポケットにエサ |
糸井 |
保坂さんは猫のことを
文章にもずいぶんお書きになってて、
川崎さんは僕と住まいが近く、
猫好きぶりについてはもうよーく存じ上げてます。
二人に共通するのは、
猫のこととなると「真剣」で「険しい」んですよ。
川崎さんは猫の話をし出すと、
愛情について語っているんだけど
顔が険しくなるし、
保坂さんの書いたものを読むと、
「猫については真剣に考えざるを得ないでしょう」
という思いが感じられて、
やっぱり文体として険しい。
今だって、ほらもう、
お二人ともすでに険しい顔で‥‥。(笑) |
川崎 |
あのぅ、僕、
自分の私生活のことをこうやって話すこと、
ほとんどないんです。
だから猫の話を外でするのも初めてで‥‥。 |
糸井 |
でも、今日は話してね。 |
保坂 |
僕はデビューの頃から
小説の中にいろいろ猫を登場させてきて、
必ず聞かれるのが、
「この猫がどういう比喩的な意味を担うか」
ってことなんです。 |
糸井 |
あ、僕も同じこと聞きそう。 |
保坂 |
でも、猫は猫なんだと。
僕のそばに普通にいるから、
普通の人の普通の動作を書くように
猫を登場させてるだけでね。
猫を書くと特別なジャンルにくくられがちですが、
「恋愛とか事件とか、
誰かが死んだりするのと同じように
猫が出てきて何がいけないんだ」
ってことです。 |
糸井 |
そうか……。
統計によると、
猫ファンは犬好きより少ないんですってね。
でも、犬より猫の本のほうが
ベストセラーになったりするし。
これ、何なんでしょ。
僕はどちらかというと犬派ですけど、
周りを見渡すと、犬が好きだっていう人より、
猫好きな人のほうが面白いんだなあ。
それで僕は“猫”じゃなく、
“猫を好きな人”に興味がわくんです。
そもそも保坂さんも川崎さんも、
子どもの時から
猫好きってわけじゃなかったんですよね。 |
保坂 |
ええ。犬は飼ってましたけど。
それが87年の4月、
僕が今の奥さんとつき合ってる時に、
彼女が現在うちにいる
いちばん上の猫を拾ってきましてね。
子猫であまりにちっちゃかったし、
彼女も忙しかったので、
猫を飼ってる友達に預けてました。
それで彼女は行ったり来たりして、
僕は「そんなのどうでもいいよ」
みたいなことを言ってたんだけど、
1ヵ月後に、ちょっと大きくなったその猫を
彼女が連れ帰ってきて、
それ見たら……もうダメなんですよ。 |
川崎 |
可愛くて。 |
保坂 |
それ以来ですね。 |
糸井 |
川崎さんも僕の知る限りでは、犬派でしたよね。
近所を散歩するのが好きな徘徊中年で、
よその犬と全部知り合いなの。
で、毛の長い犬がいると、お尻に息吹きかけて。
そうすると、
毛に隠れてたお尻の穴が見えるもんだから。 |
川崎 |
見えるんですよ。(笑) |
糸井 |
「ウォーン」って犬が声をあげると、
「ほら、恥ずかしがってる」と嬉しがってた。
あの頃は猫じゃなかったよね。 |
川崎 |
うん。
きっかけはね、近くの駐車場に
傷だらけの猫がいたんです。
たまたまそれにエサを与えたりして。 |
糸井 |
僕もご近所だからその猫を知ってるけど、
汚くてやせ細ってて、ものすごくブサイクなの。
哀れっぽさが過度ゆえに、迫力があるんです。
それを川崎さん、洗ってきれいにしたり、
自宅に呼んでご馳走して帰したり。 |
川崎 |
今になって考えると、
ノラ猫をこっちの勝手で連れて帰ったり、
また戻すっていうのはルール違反みたいですね。
今も、いろいろな所でノラ猫を見かけるけど、
「あ、病気になってる」とか
「ケガしてるな」という時、
どうしたらいいかという問題があってね。
見ないふりしちゃうか、病院に連れていくか‥‥。 |
糸井 |
どうするんですか。 |
川崎 |
「ひとりで生きられないというのが
一つの基準になる」
って保坂さんが書いてらしたことを思い出すの。
で、猫がそういうふうに見えた時は
病院に連れて行く、と一応決めてます。 |
糸井 |
保坂さんの作品、相当読んでいますね。 |
川崎 |
だいたい読んでる。 |
保坂 |
ありがとうございます。(笑) |
糸井 |
川崎さんも保坂さんも、
僕は別々に知ってるけど、
人間に対しては
ものすごくクールな物言いをする二人なんですよ。
「ほっとけばいい」みたいな。
それが猫に関しては急に、
「ひとりでは生きられない」なんて言って。 |
保坂 |
人間に対しては、
はっきり言ってそんなに愛情がないというか、
「さびしいとかなんとか言ってないで、
自分で考えなさい」
という思いがある。
ただ人間と違って猫は、
与えられた環境の中から出ることはできないから、
自分が関われる範囲は
何とかしなきゃと思うんですね。 |
糸井 |
何だろ、その心理。
憐憫?
弱い生き物を庇護したりエサやったり、
その行動の根っこに、
性的な何かっていうのはない? |
川崎 |
ないな。 |
糸井 |
ないけど、そこまで強く‥‥。
じゃ、性を抜いたリビドーみたいな。 |
保坂 |
糸井さんね、やっぱりわかってないから(笑)。
性欲とか名誉欲だとか、
普遍的な他の気持ちと同列に、
猫に対する思いっていうのがあるんですよ。 |
糸井 |
何に似てるかくらいは知りたいな。 |
保坂 |
一所懸命いろいろなものに
読み変えようとしてるけど、
性欲が何に似てるかって
考えちゃいけないのと同じで。 |
糸井 |
あぁ、そう言われるとねえ‥‥。
猫好きの人が猫に対した時の、
この独特のフィロソフィを僕は知りたいんだけど、
わからないのよ〜。
話を戻すと、
川崎さんが駐車場で傷猫を見つけたのはいつ頃? |
川崎 |
8年前ですね。
それで、その猫がいつもいる場所の真ん前に
オープンテラスの喫茶店ができちゃって。
テラスに座ると、
ボロ雑巾みたいなその猫が目に入るわけです。
店のほうは追い払いたいんですね。 |
糸井 |
すごみのある汚い猫だからね。 |
川崎 |
しかもその時は
ケンカして額に大きな傷があったし。
で、僕はそこへ行って、
「店ができるずっと前からここにいるんだから、
このコに専有権がある」
と主張しました。 |
保坂 |
言いに行くのがすごい。 |
糸井 |
その頃から、猫に目がいくようになったのね。 |
川崎 |
どこかでノラ猫を見つけたら、
「あ、エサやりたいな」と
自然に思うようになっちゃった。
今日は持ってないけど、
いつもキャットフード持って
歩いたりしてますから。 |
糸井 |
保坂さんの場合は、87年に拾ってきて以来、
猫に対する気持ちが
開きっぱなしになったわけですか。 |
保坂 |
外の猫にもエサをやるようになったのは
その年の7月くらいからでしたね。
今、思っても恥ずかしいというか、
後悔することがあって。
その頃近所に、
可愛い茶トラのきょうだいと、
サビっていって
三毛の色がグシャグシャになった猫が
ウロウロしてた。
で、僕は茶トラにエサをやりたいのに、
いつもサビが先に食べに来ちゃう。
「俺は茶トラにやりたいんだから、おまえ来るな」
とか言ってね。
今なら絶対にそんなことしないけど、当時は‥‥。 |
糸井 |
分け隔てをしてたんだ。 |
保坂 |
あの頃は猫を美醜で見てたんですね。
恥ずかしい。 |
糸井 |
その段階はもう越えたと。 |
保坂 |
はい。
たしかにみんなに「可愛い」って言われる猫と、
もらい手が見つかりにくい柄の猫はあるけど、
でも、そういうことじゃないんですよね。
先に食べに来るのは、
そいつがいちばんお腹が空いてるという
事情があるわけだし。 |
糸井 |
猫って、腹へってない時は、
基本的に食わないですか。 |
保坂 |
そうでしょうね。 |
川崎 |
ノラ猫の場合は
ちょっと食べ過ぎるくらい食べちゃいますけど、
それはやっぱり食える時に食っとくという‥‥。
でも犬にくらべたら口はきれいだと思う。 |
保坂 |
僕は別に犬に対して
猫との優劣は感じていないですけど、
ただ犬を、しつけたり訓練する時、
何か上手にできると、
必ずヒョイッと食べさせますよね。
でも、猫はそうやってしつけはできないですから。
天才チンパンジーのアイちゃんだって、
必ずごほうび食べてるでしょう。
なんか程度低いなぁと思って。(笑) |
(つづく)