糸井 |
ジブリに入ってくる人たちというのは、
ドラフト会議でプロ野球に入る選手のように、
「すでに絵がうまい」ということですが、
「あいつが欲しい」みたいなことまで、
入社前から、わかっているんですか? |
鈴木 |
そういうのも、いますよね。
アニメーションの学校で
うまいやつっていうのが、
やっぱりいますから。 |
糸井 |
つまり
「あいつは早稲田のエースだ」
みたいなことですか? |
鈴木 |
そうそう。
そういう情報を、
いちばん知っているのが大塚さんなんです。
「あいつ、入れたほうがいいよ」って……。
もちろん、あたりはずれがあるのですけど。
いいと思っていたけど
そのまま伸びないということはありますから。 |
糸井 |
大塚さんは、
スカウトであり、コーチであり、
という人なんですね。 |
鈴木 |
はい。
アニメーションの場合の絵って、
1枚絵をやらせると
おもしろいものを描く人と、
動かしておもしろいことをやれる人、
という2種類があるんですけど、
大塚さんは、とにかく
1枚絵としておもしろいというよりは、
動きのほうですよね。
彼自身のことで言えば、
1枚絵のほうは
あまり得意ではなかったようです。 |
糸井 |
両方できるのは、
宮崎駿さんということですか? |
鈴木 |
宮さん(宮崎駿さん)は、そうです。
だから、『カリオストロの城』の
クラリスというお姫さまも、
勝手に大塚さんに描かれるのが
イヤなんですよね。
忙しくて映画宣伝用のポスターなんて
描けないときにも、宮さんは
「ポスターを描く条件がある。
オオツカさん、クラリスを出すな!」
と言った……。
大塚さんは、
「宮さん、わかった、わかった。
出さないから」
とか言うんだけど、
描かせるとそこにいるんですよね。
ただ、ちょっと気絶していて、
顔を下に向けているわけで。
だからポスターのクラリスって、
どんなものも、
みんな下を向いているんです。
目も顔も見えなければ、
宮さんも怒らないだろうと(笑)。 |
糸井 |
もう、
化かしあいになってきていますね……。 |
鈴木 |
人の言葉も、
尋常な解釈はしない人なんです。
まぁ、宮崎駿という人は、
すごくよく言えば、
「その時々に正直で誠実」
というタイプなんです。
つまり、1日のなかで、
言うことがコロコロ変わるんです。
朝と昼と夜と、
言っていることがぜんぶちがう。
これは、まじめに受けとめてしまう
タイプのアニメーターは、
アタマがおかしくなっちゃうんですね。
そういう悩みを持つ人なんかは、
たいがい、大塚さんのところに
相談にいくんですけど、
彼は一言しかアドバイスしないんです。
「宮さんの言うことは、
右から聞いたら左へ流しなさい。
自分の好きなように描け」
これを守った人が、
いいアニメーターに成長するんです。 |
糸井 |
(笑)守り切れないんだ、
なかなかそれが……。 |
鈴木 |
なかなかできないんです。
大塚さんは、おおざっぱに
物事を判断できるけど、
若手は、宮さんに言われたことを
守ろうとしますよね。 |
糸井 |
そりゃ、そうですよね!(笑) |
鈴木 |
でも、たとえば、
近藤喜文は大塚さんの考えを守ったんです。 |
糸井 |
ということは、
大塚さんがいなくて、
宮崎さんがいるというだけだと、
今のジブリはなかったといっていいんですか? |
鈴木 |
たいへんな状況になったことは、
まちがいないでしょうね。
みんな、気が抜けなくなりますから。 |
糸井 |
ものを作る仕事で守るべきことって、
2種類あると考えているんです。
ひとつは
「理想がちゃんとあること」だと思う。
すばらしいものを作るイメージ。
ただ、それと同時に、
もうひとつ大事なことは
「かならずしあげる」ということで。
そのふたつのあいだで
行ったりきたりするのが、
今のクリエイティブなものに
関わる仕事場のかたちだと思うんです。
そのことをジブリで考えると……
最高の水準の理想というのは、
きっと、宮崎さんがいるということ自体で、
品質管理ができているんですよね。 |
鈴木 |
はい。 |
糸井 |
しかし、
実際に作るという場合には、時には
「最低水準の品質保証」というところで、
なんとかやりおえなければいけないし、
「しあげる」ことができなければならない。
大勢でやらなければならない仕事なら、
技術を教えなければならないし……
そこが大塚さんの得意分野なのでしょうね。 |
鈴木 |
ただ、新人教育についても、
宮崎駿はクチをはさみます。
「オオツカさんばかりに任せちゃダメだ」
とはずした時期も、かなりありますから……。 |
糸井 |
それも、おもしろいですね。
その期間は、どうなったんですか? |
鈴木 |
そうすると、育ちにくいですよねぇ……。 |
糸井 |
(笑)宮崎さんと大塚さんとでは、
大塚さんのほうが西洋的かもしれない。 |
鈴木 |
そうです。
宮さんは細かいところを見る人で、
大塚さんは、宮さんに向かっても、
大きなところについて
「ここ、おかしいんじゃない?」
と指摘します。非常に合理的なかたです。
ふたりは、
キャラクターとしても、実に対照的ですね。
たとえば、大塚さんは外国に出かけて、
誰とでも堪能にやりとりをして、
実践でおぼえた言葉を駆使して
さまざまな話を聞いてきて、
なおかつ、いろんな買いものをしちゃう。
ジープなんかも買ってきてしまうような人です。
ところが、宮崎駿は、とにかく
外人に英語でしゃべりかけることはゼロ。
しゃべりかけられると、
必ず彼は、一歩、後ずさりするんです。
大塚さんと一緒に仕事をした人や、
大塚さんから習った人というのは
「アニメーションってたのしいなぁ。
仕事ってたのしい」と思うのですが、
宮崎駿と一緒に仕事をした人は、
「仕事っていうのは苦しいし、
アニメーションはたいへんな道のりだ」
と考えるわけです。
この差は大きいですよね。 |
糸井 |
両方がいたから、
できることがあったんですね。 |
鈴木 |
まさにそうです。
ひとつの仕事の両面がわかるわけですから。
仕事って、たのしいだけでもダメだし、
苦しいだけでもダメで……。 |
糸井 |
つまり、
たのしくていいからといっても、常に
「いやぁー、おもしろかったぁ。
今日はアレを動かした!」
なんて言っている、
大塚さんだけのいるジブリっていうのは、
あり得ないですからね……。 |
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(つづきます) |