もくじ

第1回 ひとつのモチーフは、死。

──
監督の『海街diary』を拝見して
「ずっと観てたいなあ」と、思いました。
是枝
ずっと観てたいなって思ってもらえたら
いいなと思って、撮ってました。
──
まさに、そういう映画だったと思います。

とくに、最後の砂浜の場面とか、
4人の女優さんたちと
その姿を撮った
撮影監督の瀧本幹也さんの映像が、美しくて。
是枝
それは、撮影の現場で
スタッフみんなが思ってたことでもあるけど、
この気持ちを
映画を観てくれた人にも共有してもらえたら
いいなあと思っていたんです。
写真
──
映画のあらすじをザックリ言いますと
いわゆる「腹ちがい」の妹を
鎌倉に住む三姉妹が引き取って四姉妹になる、
というお話ですよね。
是枝
ええ。
──
映画のテーマは「家族」でしょうか?
是枝
ええと‥‥今回は、自分としては、
「家族」というより
「街」とか「時間」みたいな、
もうすこし大きなものへ
フォーカスを合わせて撮ったつもりなので
これまで、自分が撮ってきた「家族」、
いわゆる「ホームドラマ」とは
ちがうものにできたらといいなあ‥‥と。
──
なるほど。
是枝
もちろん、四姉妹を見つめる物語だから
「家族の話」ではあるんだけど、
もっと、
彼女たちのまわりにいる人々も含めた
広い範囲、長い時間軸で
捉えてもらえる映画にしたかったんです。
──
初期の『ワンダフルライフ』のころから
監督の作品には
「季節の移り変わり」を感じますが
今回も、
時間や季節がひとめぐりする感覚があって、
「あぁ、是枝監督の映画を観たな」と。
是枝
葬式ではじまって、葬式で終わるしね。
写真
──
喪服のシーンが都合3回、出てきます。
是枝
音楽をつくってくれた菅野よう子さんと
「どのあたりにしましょう?
 明るくいきますか? それとも暗く?」
みたいなやりとりをしたんです。

そのとき、最終的に
「じゃあ、『生』と『死』を
 52対48くらいで、着地させますね」
と、おっしゃっていて。
──
たしかに、新しいもののはじまりと、
親しいものと別れと、
なんか「半々」という感じはありました。
是枝
だから‥‥たぶん、「死」というものが
ひとつのモチーフとして
あるんじゃないですかね、この映画には。
──
死、ですか。
是枝
うん。
──
一瞬、意外でしたが
でも、なるほどーと思いました。

全体の雰囲気はぜんぜん重たくないけど
真夏のシーンが印象的で、
「死」の存在がちらちらする感覚が
あったので、
「ひとつのモチーフとして、死がある」
というのは意外で、同時に納得です。
是枝
この『海街diary』という物語は、
ひとつには、
綾瀬はるかさん演じる長女の幸(さち)が
死んだ父親を‥‥つまり、
「父親が死ぬことで、父親を取り戻す話」
なんだと思うんです。
写真
──
取り戻す?
是枝
実際は、生きているうちに別れているから、
いちど「失ってる」んだけど、
本当の意味で父を亡くした後に妹が現れて、
その妹を通して、父を取り戻していく。

これは、原作を読んで思ったことですが。
──
なるほど。
是枝
幸が、自分のなかの父親像を
リライトしていく物語‥‥と言うのかな。

死んでしまったことで考え直したり、
死んでしまったことで身近に感じるって、
自分の経験からも、納得感があって。
──
亡くなった人に対して
ある意味で「近さ」を感じるというのは、
感覚として、わかります。
是枝
母親が死んだときに思ったんだけど、
いなくなってみたら、
たとえば‥‥こう、街で見かける、
母親と同世代の、
縁もゆかりもないおばあちゃんがさ、
どこか母親に見えたり、とか。
──
ええ、ええ。
是枝
見えるというより、
母の影を「見よう」としていたのかも
しれないけど。
──
似ている人に出会ったというより
無意識のうちに
似ている人を探してしまうような。
是枝
母親が普遍化する、とでもいうのかな。
まあ、よくわからないけど、
とにかく、
それは、変化として明確にあったから。

おもしろいもんだなぁと思ったけどね。
──
おいくつくらいのときのことですか?
是枝
母親が死んだのは、ぼくが43、4くらい。
──
監督は、「死」というものに関しては、
どんなお考えを持っていますか?
是枝
そうですね、ぼくらのような歳になると、
自分のことを支えてくれたり、
応援してくれたり、
自分を形作ってくれた人の半分くらいが、
もう死んじゃってるんですよ。
──
ああ、なるほど。
是枝
そんな場所に立ってみると、
前ほど、だから、「遠く」ないんだよね。
写真
──
「死」が。
是枝
「死」も、「死んだ人」も。

つまり、死んでしまったからって
どこかにいなくなっちゃうわけじゃない。
なぜかって言うと
「死んだ人のことを考える時間」が
どうしたって、増えるから。
──
だから「遠くない」というか、
むしろ「近い」感覚を覚えるんでしょうか。
是枝
うん。で‥‥それは、決して、
後ろ向きな気持ちではないんだよね。

若いころは、「生」と「死」の間には
決定的な線が引かれていたけど、
最近では
それほどでもないなって気がしてる。
──
死は生の一部で、生もまた死の一部。
是枝
実際、自分が「人の親」になってからは
亡くなった父のことを
本人が生きていたころよりも、
ずいぶんと考えるようになってるんです。

幸(さち)のなかで起きていたことも
つまりは、
そういうことなんじゃないのかなと思う。
──
たとえば、亡くなったお父さんについて
どのようなことを考えますか?
是枝
別に、そんなたいそうなことじゃなく、
他愛もないことですよ。
父親が自分と同い年くらいのときには
あんな仕事をしてたけど、
どんなことを考えてたのかなあ、とか。

まぁ、想像したって
わからないことのほうが多いんだけど、
父親に似てくる部分は、あるよね。
写真
──
ご自身がですか?
是枝
うん。
──
それって、わかるものですか?
是枝
わかる、わかる。
何よりまず「匂い」が似てくる(笑)。
──
おお、なるほど(笑)。
是枝
朝起きてフトンからただよってくる匂いが、
「‥‥親父だ」って瞬間がある(笑)。

嫌だなあと思うんだけど
でも、そういうことなんだなあとも思うし。
──
映画のなかで、
お父さんのことを知らない三女役の夏帆さんが、
四女の広瀬すずさんに
「いつか、お父さんのことを教えてね」
ってお願いするシーンが、すごく印象的でした。
是枝
うん。あそこはね、いいシーンだった。

<つづきます>
2015-07-24-Fri