第4回人は環境の子なり。
- 早野
- ジェームズ・J・ヘックマンという
ノーベル経済学賞をとられた方が、
『幼児教育の経済学』という本を書かれていて。
彼は「5歳までのしつけや環境が、人生を決める」と
言っているんですね。
さらに、一生の間にどの段階で教育投資をすると、
一番投資価値があるのか、という問いにも、
幼児教育だと言っているんです。
といっても、たとえば小学校で習うことを
2、3年早く習い始めても、
他の子よりも理解が早いのは最初だけで、
卒業するころには、その差はほとんど
なくなってしまうそうです。
そこで、ヘックマンは、
幼児教育で育てるべき能力は「非認知能力」、
つまり学校の成績では測れない「やる気」とか、
なにかを続ける「忍耐力」だと言うんです。
これは生まれつきの性格ではなくて、
幼児期にこそ育てられる能力だと。
- 羽佐田
- 早野さんが松本音楽院で培われた、
忍耐力、自制心、社会性、やりぬく力。
そういうことですね。
- 早野
- そうです。鈴木先生の指導は、
一曲弾けるようになるまで徹底して練習します。
目標を達成するまで次のことをやらせてもらえない。
「まあ、ほどほどに弾けるようになったし、次!」
みたいなことがないんですよ。
で、弾けるようになると、
周りがとっても褒めてくれます。
それがね、それなりにうれしいんです。
この積み重ねの経験が、
今風に言うと「非認知能力」を育てて、
僕をつくってくれたんじゃないかなと思います。
- 羽佐田
- 音楽を入り口に、
いろいろなことを学ばれたんですね。
- 早野
- 「母語教育法」もそうですが、
鈴木先生は「親子で学ぶ」ことを大事にしていて、
僕も、親子で一緒に学べたことは
よかったと思っています。
スズキ・メソードでは、
ヴァイオリンを弾けないお母さんも一緒に、
全部の練習に必ず着いてきてもらうんです。
僕も、母親がいつも隣りにいました。
- 羽佐田
- 音楽教室にもですか?
- 早野
- そうです。
でも、母親も初心者なので、
先生と子どもが一対一の関係ではなくて、
親子で先生に習うようになるんですね。
一緒になって問題にぶつかったり、考えたり、
その2人を助ける役目として、先生がいます。
そうやって毎日親子で練習をしていると、
できたときのよろこびが大きくて。
目標を、自分のペースでクリアして、
褒めてもらいながら次に進むと、
すごく励みになるんです。
なんか、そういうクセがね、
僕の中にいまだに残っていて、
僕はここで育ったんだなと思います。
- 羽佐田
- 早野さんにとって、
松本音楽院で学んだヴァイオリンは、
いまの自分をつくってくれたものなんですね。
- 早野
- 最近、イギリスのテレビ番組に、
僕の松本音楽院の先輩である兄弟が出演したんです。
彼らも音楽家にはならなくて、
いまは商社に勤めているのですが、
スズキ・メソードで人間としての基礎、
感受性や規律、忍耐力を教わったと話していました。
- 羽佐田
- スズキ・メソードとふつうの音楽教室と、
どう違いがあるのだろうと思っていましたが、
鈴木先生の人格の影響が、大きいのでしょうか。
- 早野
- 先生の人格の影響はとても大きいですね。
「人は環境の子なり」といいますけど、
先生自身の人格を通して、
僕たちにいろんなことを教えてくれたと思います。
それはヴァイオリン以上に
大事なことだったと、いま、思うんです。
- 早野
- 会長になると演奏する機会が多くなるんですけど、
去年の夏に、スズキ・メソードの夏期学校がありまして、
「OBが集まるからあなたも来なさい」と言われたんです。
それで、久しぶりにヴァイオリンを弾くことに。
しかも、10曲も(笑)。
「練習してきなさい」と口すっぱく言われたのですが、
忙しくて全然練習できないまま、
本番を迎えたんです。
そうしたらね。
ほとんど間違えずに弾けたんですよ。
周りにも驚かれて。
- 羽佐田
- 身体が覚えていた、ということでしょうか。
- 早野
- 僕の中に、ヴァイオリンは
生き続けていただんだなと思いました。
そして音楽を入り口に、人間として大事なことを
教わっていたんだなと思います。
(つづきます。)
2017-10-27 FRI