ジョージ | じつは、あのあと、 「シュウ ウエムラのローズを薦めてしまった私」 っていうのをかなり反省しているの。 「このワタクシが、勉強不足だった!」って。 もちろんシュウ ウエムラのローズは素敵。 でも、もっといろんな選択肢をみつけて、 自分で選んでもらったらよかった、って思ったの。 それくらい今のフレグランス事情は 豊かになっているのよ。 でも、あのローズ、 家庭内争議はともかく、お品選びとしては いいセレクションだったでしょ? |
西本 | 良かったです、今でも使ってます。 |
ジョージ | ‥‥とは思うんだけど、 伊勢丹のあの売り場ができてちょこっと見に行って、 「あ、香水の世界ってこんなに変化しているんだ」 っていうふうにすっごい思ったの! 「すぅっごい、変わったんだ‥‥」と思った。 ほら伊勢丹に来るとまずシャネルに行って、 香りを確かめて、ってボクの習慣も、 ボクの中のちっちゃーい香水の知識の 繰り返しだったんだなって。 うーんと、どう言えばいいんだろう、 「ファッションと香水」っていう時代が けっこう長かったと思うのね。 その前には「男の匂い」「女の匂い」 っていうのがあって。 |
西本 | お父さんの「アラミス」「MG5」 みたいな感じのにおいを覚えてます。 |
ジョージ | あのね、とあるお金持ちの方、 大企業の社長さんが、葉巻を吸うのよ。 葉巻ってすごい臭いがするじゃない。 しかも葉巻の銘柄も変わらず何年もずうっと吸ってて。 ま、ちょっと色っぽい出来事がございましてね。 とあるホテルにその人がチェックインをした直後に、 そのにおいをかぎつけた奥様がやってきてホテルの人に 「アータこの葉巻のにおいはうちの亭主でしょ。 亭主のにおいが一直線にエレベーターのほうに 向かってしてるわ。出しなさい! うちの亭主を!」 っつって。 |
西本 | すごい嗅覚です。 |
ジョージ | 大騒ぎをして、その大騒ぎの最中に呼ばれて行って おさめたことがあるんですけれど。 |
西本 | はい、はい。 |
ジョージ | 煙草のにおいだとかヘアトニックのにおいだとか、 あるいは汗のにおいだとか、 そういうものは紳士のにおいだった。 加齢臭なんて言葉はなかったし、 そういう香りは、昔は、悪臭じゃなかったのよ? おじいさんとかおばあさんの日向のにおいは、 幸せな感じになるようなにおいだった。 いっそMG5の時代には男の汗くささですら ひとつのテーマだったのかもしれないわ。 MG5、カネボウのエロイカ。 いまだにサウナに行くとおいてある、 あの緑のボトルがエロイカよね。 つまりサウナ帰りのおじさんのにおいは、 昭和の化粧品屋さんが香水を作ってた時代のにおい。 そして「男の匂い」「女の匂い」の時代が終わった後に ファッションの時代がやってくるのネ。 ほら、初めて、 あの香水が出た時のこと覚えてる? カルバン・クライン。 |
西本 | カルバン・クライン! もちろん覚えてますよ。 CK ONE(シーケーワン)ですよね。 CK ONEはタワレコでも売っていて、 背伸びして買いましたよ。 でも、そうだ、CK ONEで僕の 「香水史」は止まってるんですよ。 |
ジョージ | コスメブランドさんの香りの時代のあとに ファッションメーカーの香りの時代が来た。 そしてバブルの時代は、たとえばシャネルが好きな人は 鞄もシャネル、アクセサリーもシャネル、 シャネルスーツを着てシャネル香りを纏った。 |
西本 | 僕、ファッション系の香りって、 コンビニのレジ横の 大福みたいな感じの商品かと思ってたんです。 |
ジョージ | あぁぁぁー! なるほど。 |
シェフ | 「これもついでに買ってくださいね!」っていう? |
西本 | 当時だと、カルバン・クラインが かっこいいボクサーブリーフを出したんです。 |
ジョージ | ブリーフ一丁の ブルース・ウェーバーの写真広告が すっごい話題になったものよね。 フフフ。 |
西本 | そうそう、かっこいい広告があって、 「これに合わせる香りがコレ」みたいな感じで CK ONEのことを見てました。 なにしろあそこのボクサーブリーフは高かったから 社会人になりたての僕には買えなかったんです。 ところがCK ONEはなぜか、 「これならオレも買える!」 「ていうか、ほしい!」というような気分で。 |
ジョージ | そういえばボクも一時期 「全部エルメスって素敵」って思ってた。 それでもなぜかエルメスの香水だけは 個人的な好みに合わなかったの。 もちろんいい香りよ? エルメスってね、 レザーとかフランネルとか、 ちょっとくぐもった系なの。 好きな人にはたまらないとは思うんだけど。 |
西本 | そもそも、ファッションメーカーって なぜ香りを作るんですか? |
ジョージ | テーマをきっちり作るためだと思う。 たとえばエルメスって旅がテーマだから、 旅の香りとかっていうのになっていく。 それでその旅が車の旅なのか馬の旅なのか、 船の旅なのか飛行機の旅なのかによって 香りが違っていく。 |
西本 | あ、なるほど、 それを表現するために必要なわけですね。 |
ジョージ | そう。そういうテーマで言えば シャネルは「ゴージャス」でしょう?? |
シェフ | カルバン・クラインは 「エタニティ」(永遠)とか 「エスケープ」(逃避行)とか、 若い人が憧れるライフスタイルを 一言で表していくっていうやり方ですよね。 |
ジョージ | 歳をとって「永遠」って言われ始めると、 線香の香りになっちゃうわ‥‥。 |
シェフ | でも愛してる二人にとっては 永遠というのは甘い言葉なわけで。 |
ジョージ | 若い二人っていうのはその恋が 永遠じゃないのがわかってるから 「永遠」って言葉にすがるわけよ! |
シェフ | あと「エスケープ」だと、 アメリカ人にとってエスケープって言葉が 旅行雑誌などで使われるときは、 カリブ海とニアリーイコールというか、 かっこいいリゾートや島を表しますよね。 そこにいく男は鍛え抜かれた肉体と、 カルバン・クラインの ボクサーブリーフとフレグランス? |
西本 | あっ、なるほど。 |
ジョージ | スチールドラムがボンッ、ボンボン‥‥ って鳴ってるような。 で、香りとともに二人でうっとりするのよ。 |
西本 | そういうことなんですね。 ラルフ・ローレンとかも 香水を置いてたりとかするじゃないですか。 |
ジョージ | あるわね。 ラルフ・ローレンには、アメリカの人がもつ 「英国的」なイメージが凝縮されているのよね。 |
シェフ | あそこの香りはすごく渋いですよね。 僕はサファリって匂い、好きでした。 |
ジョージ | サファリ、良かった! 男っぽいんだけどくぐもってはない。 さわやかさもありつつ、 スパイシーでウッディ。 独特の香りよね。 |
西本 | へぇ、わざとそういう感じになっているんですね。 |
ジョージ | そう。ラルフ・ローレンの オリジナルの緑色のやつなんて、 芝生が蒸れた時のようなにおいがしたりするのね。 |
西本 | あぁ! ポロだ、まさに芝生の上でポロをしてる。 |
シェフ | そのブランドの世界観が 香りに表れていると考えるのが ファッション系ってことですね。 |
ジョージ | そう。そのブランドが好きな人は、 そこですべてを選べば間違いはないわけよ。 ‥‥間違いはないけど、 「その人らしさ」は、薄くなっていくわよね。 そもそもファッション系の香水は、 つけていて、香りがあまり変化してかないの。 たとえばシャネルの香水なんかも 変わりはするの。 だけど劇的には変わらないのね。 |
シェフ | 消えてゆく香りかもしれないですね。 トップノートからミドル、ラストへの変化が 著しくはないので、付けていれば朝は気付かれるけど、 夕方あまり気が付かれないみたいな感じでしょうか。 |
ジョージ | デザイナー、たとえばココ・シャネルが 「ココ」って名前でもって香水を作ったってことは、 「自分の匂い」だったんだろうね、たぶん。 で、そういうものもあったけれど シャネルを着る人がシャネルの香水を好きな理由って、 あれだけデザイナーが責任を持って作ったんだ、 というところにあるんだと思う。 だけど他のファッション系って、 たぶん有名な調香師が作ってるんだろうけれど、 そのブランドの「イメージ」を香りで表現している。 そしてブランドのイメージって 変わっちゃ困るものだから、 香りも、基本的に、トップ、ミドル、ラストと あまり変化をさせないのかもしれないわ。 それこそ「エタニティ」なんて、 永遠に続かなきゃいけないんだから。 そういう意味では香りの方向性が違うのかもしれないな。 |
シェフ | はい。それが 「ファッションブランド系」の香りなんですね。 |
「アラミス」「MG5」「エロイカ」
男は「髪」と「ヒゲ」が香るものだった時代がずっと長かったの。MG5も、エロイカも、ヘアトニックとアフターシェイブローションが主力で、オーデコロンとかって男が使うモノじゃなかった。それが昭和半ばまでの常識。ところがそこにアラミスがやってきたの‥‥。アメリカからネ。そして言ったの。男の体も香るべきだと‥‥。ダンディーって言葉が大人の男を褒める最上級だった時代のコトよ、なつかしい。
葉巻のにおい
葉巻とは言い得て妙で、つまり「葉っぱで巻いた葉っぱを燃やす」‥‥、それが葉巻を吸うというコト。男はアウトドアを主な舞台に生きていく存在。だから「焚き火」の匂いや「牧場」の匂いを体にまとうと安心するんでしょう。昭和の男がタバコの匂いにホっとするのも、現代人のアウトドアが会社という場所だったりしたかもしれないわね‥‥。ちなみに葉巻。札束を丸めて燃やすくらいコストがかかる贅沢で、そういう意味では「お金持ちな香り」でもあるかもネ。
CK ONE、そしてブリーフ一丁の
ブルース・ウェーバーの写真広告
ブルース・ウェーバーの写真広告
そういえば、カルバン・クラインがアンダーウェアブランドを立ち上げたのがもう30年も前のコト。眩しいほどにセクシーな下着姿を見せてくれた、マーク・ウォールバーグも「TED」で情けない中年親父を演じるようになった。あぁ、ボクもおじぃちゃんになっちゃうはずよね(笑)。とは言え、あの当時のマーク・ウォールバーグ。Tシャツとジーパンって、こういう体の男の子のためにあるんだろうなぁ‥‥、って眩しく思った。そのイメージの通りの香り。まとっているのにヌードな感じ。ボクにはちょっと似合わなかった‥‥、だから悔しい香りなの。
ボクサーブリーフなるもの
男の下着なんて見せるモノじゃなかったのよね‥‥、ボクサーブリーフが誕生するまで。腰履きジーンズで下着をちょい見せってブームもすべて、カルバン・クラインのボクサーブリーフがキッカケだったとボクは思うの。「裏が表になるたのしさ」に気づかせてくれたのかもしれないわねぇ‥‥。ビキニほど直接的でなく、ブリーフほど無関心でなく、トランクスほど禁欲的でない、ほどよいエロスがあるのがいいわ。ボクの若い頃にボクサーブリーフがあったらお泊りデートの装いに、苦労することなかったのに‥‥。