伊丹さんは、機嫌のいい人だったんですか?

第7回 糸井重里、モノンクルと対面す。

糸井 ああ、話しているうちに
だんだん思い出してきました。
ぼくが最初に伊丹さんと会ったのは、
「モノンクル」(1981年創刊)
という雑誌の仕事で
呼ばれたときなんですけど、
そのときって、もう、
ぜんぶ、キャスティング済みだった。
玉置 ああ、「モノンクル」。
糸井 はい、伊丹さんが編集長を務めた‥‥
なんていうんでしょう、
非常に分類にしづらい雑誌ですよね。
心理学とか、思想とか、文化とか、
伊丹さんの趣味が雑多に入ってる雑誌。
そこでぼくが頼まれた仕事っていうのは、
マンガの原作だったんですけれども、
「誰とやるかっていうとね‥‥」って言って、
伊丹さん、急に絵本を出してきて、
「絵はこの人に頼みたい」って、
ぼくの知らない、ちょっとリアルな
絵を描く人の名前を挙げたんですね。
「この人と、あなたがいっしょに」って。
もう、ぜんぶ決まっちゃってるから、
ぼくはその人と会う必要さえなくて。
玉置 (笑)
糸井 昆虫の絵とか描いてる人なんですよ。
もう最初から決まっていて、
雑誌のほかの企画もだいたい決まってた。
他のページではこういうことやろうとしてるって
ざっと説明してくださいましたから。
玉置 糸井さんはそれをそのまま
やってくださったんですか?
糸井 だって、ぼくは、超若造ですから(笑)。
ふつうに対等に話をしてくれるという態度だけで
とってもうれしいわけです。
しかも、いわば枠組みのところだけ決まってて、
こうやりなさいってことはまったくなく、
あとは結果を出しなさいっていう
プロデュースのしかたでしたから。
玉置 ああ、わかります。
伊丹さんって、自分の指示だけを
ずっと待ってるような人は
絶対に使いませんでしたから。
糸井 あ、そうだったんだ(笑)。
玉置 それは、助監督とか、
自分の下につく立場の人にも、
同じように言ってました。
「自分で考えろ!」と。
アイディアを出してくる人じゃないとダメ。
糸井 なるほど。
そういう意味では自由にやった記憶があります。
もう、内容は忘れちゃったけど(笑)。
どんなマンガだったかなぁ‥‥。
(「いま、ありますよ」と聞いて)
えっ、あるの? 見たい、見たい。
ちょっと持ってきてくれる?
なんであるの? へぇ、武井さんが。
当時買ってたんだ。ああ、そう。
糸井 はぁーー、ああ、これだ。
あらためて見ると、すごいなぁ。
玉置 すごいですね。
糸井 ああ、オレがやったのは、これだ。
玉置 当時、おいくつだったんですか。
糸井 1981年ですから‥‥28年前、32とかです。
いやぁ、32歳って、
いろんなことできるんだなぁ(笑)。
玉置 (笑)
糸井 いま30そこそこの子見てるとなんだか、
すごく坊やに見えるけど、はぁー‥‥。
こんなことしてたんだ‥‥。
玉置 このページの原作を。
糸井 ええ、そういう役目でした。
こういうお話にするっていう
構成と原作をぼくが考えて、
このマルス松岡さんが絵にして‥‥。
玉置 ふーん。いや、すごいですね、これは。
糸井 やっぱり、忘れてる、内容も。
こんなにページ数があったんだ。
いや、いやいやいやいや‥‥
自分が驚いた(笑)。
玉置 (笑)
糸井 あの、このつくり方って、ひょっとしたら、
ぼくの頭の中に残ってたのかもしれないです。
というのもぼくは、
ほぼ日刊イトイ新聞をはじめるときに、
「こういうことが実現したらいいな」
っていう、もくじをつくってたんですよ。
それは、コンテンツのジャンルから、
読む人の対象年齢から、めちゃくちゃなんですけど、
「でもオレはやりたいんだよ!」っていうもので、
こういう人をこう使って、タイトルも仮につけて、
メモのかたちにもしてあったんです。
実現するかどうかは深く考えてませんから、
人に見せても笑われるくらいの
豪華メンバーなんですけどね。
でも、「できたらすごいのになぁ」って、
ぼくは思ってた。
そしたら、けっきょく、それ、
ぜんぶ実現しちゃうんですね。
玉置 あぁーー。
糸井 のちの「ほぼ日」でぜんぶ実現したんですよ。
大瀧詠一さんと話すとか、矢沢永吉さんを呼ぶとか、
落語をもっと広く伝えるとか。
それは、その「理想のもくじ」を
ぼくが持ってたからなんですよね。
玉置 そうですね。
糸井 その、ぼくの「理想のもくじ」と、
この「モノンクル」が相似形に思えるんですよ。
きっと、当時の伊丹さんの
「こういう人とこういう人で、
 こういう記事ができたらいい」っていう思いが
この「モノンクル」になってるんだろうなと。
心理学をこう掘り下げてみたい、とか。
こういう間口ならおもしろがられるのに、とか。
玉置 ええ、そうだと思います。
糸井 いやぁ‥‥しかし‥‥
もう、28年も前なんですねぇ。
(続きます)
前へ このコンテンツのトップへ 次へ

コラム 伊丹十三さんのモノ、ヒト、コト。

18. 『mon oncle(モノンクル)』。

1981年(昭和56年)、
当時48歳の伊丹十三さんが編集長となって
朝日出版社が創刊した月刊誌が、
『mon oncle(モノンクル)』です。
誌名はフランス語で「ぼくのおじさん」の意味。
ジャック・タチ監督作品のフランス映画、
「ぼくの伯父さん」の原題と同じですが
関係があるかどうかは不明です。

この雑誌は、
心理学者であり精神分析家の岸田秀さんとの出会いから
生まれたもので、テーマはずばり「精神分析」。
1981年は黒柳徹子さんの『窓際のトットちゃん』が
ベストセラーになり、
トシちゃんとマッチと聖子ちゃんが大ヒット。
薬師丸ひろ子さんが
『セーラー服と機関銃』で歌手デビュー、
矢野顕子さん×糸井重里の『春咲小紅』もこの年です。
そんななか「精神分析」の雑誌が出るというのは
やっぱりちょっとすごいことだったんだと思います。

▲『モノンクル』。

創刊号の表紙にはこんなコピーが書かれています。

「ちょっとこっちへ
 おいでよ
 君の心について
 話そうよ」
おじさんは静かにいった──


そして創刊号の特集は「オジサンの部屋」と題して
岸田秀さん、精神科医の福島章さん、伊丹さんが
座談会形式で人生相談とカウンセリングをしています。

この雑誌をつくるときに、
糸井重里と南伸坊さんを伊丹さんに紹介したのが、
村松友視さん。
創刊号で糸井重里は
「モノンクル本を読む」という読書欄に登場しています。
ところがこの読書欄が、ただの読書欄ではなくって、
「三人の文章家が三人の画家と組んで、
 書物を相手にくりひろげるデス・マッチ!」
というもの。
当時32歳だった糸井重里は、栗本慎一郎さんの
『幻想としての経済』について、
イラストレーターのマルス松岡さんと組んで、
「生産的ロードーと非生産的ロードー」という
マンガを発表しています。

ほかにも赤瀬川原平さん、タモリさん、YMOの3人、
玉村豊男さん、ますむらひろしさん、寺山修司さん、
田中小実昌さん、浅井愼平さん、萩尾望都さん、
蓮實重彦さん、南伸坊さん、村松友視さんなどの、
そうそうたるメンバーが参加しているのですが、
どのかたも「伊丹さんが雑誌をつくるのだから
ちょっと顔を出そう」というような
花輪っぽい参加の仕方ではなく、
それぞれが本気で取り組んでいる印象です。
伊丹編集長からのアイデアに真っ向勝負する!
というような気分が感じられるのです。

▲多種多様な方が登場しました。

そんなふうに華々しく立ち上がった
『mon oncle(モノンクル)』は
6号まで発行されました。
2号の特集は「いい女」、
3号は「ポルノ」、
4号は「パリの人肉事件」。
ここまではハッキリと、
創刊当初からの「精神分析」を
明確なテーマに展開していたのですが、
続く5号で変化をみせます。
テーマは「30歳」。
精神分析的なムードは、じゃっかん、薄目に。
そして「伊丹十三責任編集」というのは同じでも
この号には伊丹さん本人がまったく登場していません。

そして最終号となった6号では、
ふたたび伊丹さんが登場し、
「幼児記憶」という特集はあるものの、
巻頭で展開されている第一特集は「本と家具」。
ちょっとアンビバレンツな印象です。
この号が最終号であるという記述は、
本誌にはありませんが、
最終ページの「編集長からのお知らせ」に
伊丹さんがこんなことを書いています。

「内容とイレモノがあっていない」という無理が次第に強くなってきました。「モノンクル」は理論的な雑誌ですから、どうしても読む雑誌にならざるをえない。それをパラパラと見て楽しむためのイレモノにいれたのがどうも失敗であった。じっくり読みたい人と、パラパラ見たい人と両方に異和感を与えてしまった。ヨシ、それでは思いきってイレモノを変えてみよう、というので次号から「モノンクル」は「読む雑誌」というイレモノの中で花を咲かせてみることにします。新しいイレモノ第一号のテーマは「笑い」どうぞおたのしみに。

つまり、リニューアル宣言がなされたのですけれど、
続く7号は発行されることがないまま、
『mon oncle(モノンクル)』は休刊となります。

じつは、当時高校1年生だった私(シェフ)、
『mon oncle(モノンクル)』を買っておりました。
しかし、内容をまったく理解できずにいました。
いま読み返してみると、
高校生が読む雑誌ではなかったんだと思いますが、
それでも大事にとっておいたおかげで
こうして28年後に役に立つことになりました。

ちなみに『mon oncle(モノンクル)』の記事は
のちに『自分たちよ!』という本に収載されております。
残念ながらそれも、絶版になっているようです。

(「ほぼ日」シェフ)


▲『自分たちよ!』(文芸春秋)。Amazonではこちら。

▲『自分たちよ!』(文春文庫)。Amazonではこちら。

コラムのもくじはこちら
2009-07-14-TUE