伊丹さんは、機嫌のいい人だったんですか?

玉置泰(たまおきやすし)さん。
伊丹プロダクション社長。
伊丹映画を全面的にバックアップしてきたのみならず、
伊丹さんの死後も、まるで留守を守るようにして、
伊丹さんのために尽力されてきた方です。
伊丹さんにすごく近い場所にいた玉置さんに、
その出会いから、はじめての映画づくり、
そして現在へいたるまでのことを
しみじみと、自由に語っていただきました。

プロフィール

もくじ

第1回 吹っ切れるまで。吹っ切れてから。
2009-07-06-MON
第2回 滅私奉公。でも、おもしろい。
2009-07-07-TUE
第3回 それが伊丹十三だから。
2009-07-08-WED
第4回 機嫌のいい人だったんですか?
2009-07-09-THU
第5回 松山との関係。
2009-07-10-FRI
第6回 キャスティング。
2009-07-13-MON
第7回 糸井重里、モノンクルと対面す。
2009-07-14-TUE
第8回 いい方向へ引っ張ってもらった。
今日の更新

第8回 いい方向へ引っ張ってもらった。

玉置 最近、役所広司さんが
監督として映画を撮られたので、
いろんなパブリシティーに
出てらっしゃるんですけど、
うれしかったのは、自分の資料映像として
『タンポポ』のときの映像を使わせてくれって
おっしゃってくださったんですよ。
糸井 ああ、出てらっしゃいましたね。
玉置 ええ。役所さんの代表作って
ほかにいっぱいあるだろうと思うんですけどね。
やっぱり役所さんにとっても、
『タンポポ』の経験っていうのは、
いまも活きてるんだろうなぁと思って。
糸井 思えば、『タンポポ』の
キャスティングっていうのも
なかなかすごいですよねぇ。
山崎努さん、津川雅彦さん、
宮本信子さんはもちろん、
役所広司さんがいて、渡辺謙さんがいて‥‥。
玉置 はい。手前味噌になりますけど、
役所広司さんと渡辺謙さんって、
いま海外で認められている
代表的な日本人俳優だと思うんです。
糸井 そのふたりが、まだ若いころに
『タンポポ』にキャスティングされている。
玉置 はい。あと、『タンポポ』って、
アメリカできちんとお金を稼いだ
数少ない日本映画のひとつなんです。
そういう意味でも、
『タンポポ』での伊丹さんとの経験が、
どこかに活きているのかなぁと。
糸井 あの、渡辺謙さんがプロデュースした
『明日の記憶』っていう映画を
「ほぼ日」でとりあげたことがあるんですけど、
現場での渡辺さんって、
みんなが協力したくなるムードをつくるのが
すごくうまかったそうなんですよ。
そういう、ポジティブに全体を引っ張っていく
プロデュースのしかたっていうのは、
伊丹さんの影響があったのかもしれませんね。
玉置 そうかもしれませんね。
あの、現場にはね、
伊丹さんに喜んでもらいたい、ほめてもらいたい、
っていうムードがすごくあったんです。
伊丹さんの笑顔っていうのは、すごくいいし、
まぁ、計算はなさってるんでしょうけど、
ほめ言葉がまた、いいんです。
なんか、すごく、心から出たっていう感じで。
そういうことが、伊丹さんの仕事の
すごく大きな部分でしたね。
糸井 ほめられたい人たちは、
こう、手に手に大きな魚を抱えて、
伊丹さんのところに集まってくるんですね。
玉置 ええ。もしくは、鵜飼いの鵜みたいに(笑)。
糸井 はははははは。
しかし、駆け足でおうかがいしましたけど、
玉置さんにとっては、
すっごい経験だったんでしょうね。
35とかそこらで、映画の交渉をぜんぶやって、
しかも拠点は松山だったわけでしょう?
いまみたいにメールがあるわけじゃないし。
玉置 月に3、4回は別の仕事で
東京に出てきてましたけど、
ほとんど電話とFAXでしたね。
それでよく憶えているのは、台本です。
『お葬式』のときの台本は
伊丹さんがぜんぶコンビニでコピーして
袋に入れて、送ってたりしたんです。
なにせ、そのときは、
スタッフがひとりもいませんから。
糸井 ああ、そうか、そうか(笑)。
玉置 で、『タンポポ』のときは、
伊丹さんが自分の手書きの台本を
夜中にFAXで送ってきたんです。
まだ事務所もありませんでしたから、
松山の会社に。
で、翌日会社に行ったら、FAXの用紙が
もう、こんなに積み上がっちゃってる(笑)。
しかも、昔のFAXって、感熱紙ですから、
時間が経つと、消えちゃうんですよ、文字が。
糸井 いい話だなぁ(笑)。
玉置 (笑)
糸井 ま、言えないご苦労も
たっぷりあったんでしょうけど。
玉置 だけど、まぁ、人生は一回だし、
こういうふうな道を選んでなかったら
どうなってたかっていうと、わかんないですよ。
逆に、自分のいる安定した世界がイヤで
飛び出しちゃったかもしれない。
糸井 そうかもしれませんね。
玉置 だから、伊丹さんに、いい方向へ
引っ張ってもらったっていう思いはあります。
ほかの人から見たら、遊んでるように
思われてるかもしれませんが(笑)。
‥‥いや、しかし、今日は、
こんなに話すことになるとは思いませんでした。
ほんとに、自分でもびっくりしてます。
伊丹さんが亡くなったあとに
ここまでのびのび話したのは、はじめてです。
糸井 ああ、そうですか(笑)。
それは、なんていうか、よかったです。
玉置 自分自身のことも、なんとなく、こう、
少しわかってきたかもしれない(笑)。
ほんとに、ありがとうございます。
糸井 こちらこそ。
なんていうんでしょうね、
伊丹さんの大きなキャスティングの妙があって
それぞれの人が世界を広げて活性化してっていう、
この構造は、愉快ですね。
玉置 はい、愉快です。
伊丹さんと出会って、
俳優さんにしろ、スタッフにしろ、
みんなね、やっぱり、すごくいいものを
得ていると思うんですよね。
だから、すべてを悪く言う人はいないし。
ぼくも、やっぱり、ねぇ、よかったです。
糸井 はい(笑)。
(玉置泰さんと糸井の話は今回で終わりです。
 お読みいただき、どうもありがとうございました。
 今後の「伊丹十三特集」をおたのしみに!)
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コラム 伊丹十三さんのモノ、ヒト、コト。

19. 伊丹監督第一作映画『お葬式』。

伊丹さんのそばにいた方の多くがそう証言し、
そして伊丹さん自身も

「僕の場合は何だか何をやっても表現しきれたっていう
 充実感が持てなくてね、(中略)
 どれも自分が隅から隅まで使い切れたっていう感じが
 なかったんですよね。
 それで最終的に行き当たったのが
 映画監督ということだったんですけどもね。
 今まで集積してきた全部が使い切れるという意味でね。」

(DVD『13の顔を持つ男』より)

と語っていたように、
伊丹さんは、1984年、51歳で、
なるべくして、映画監督となります。

資金は自ら調達する、
手書きのシナリオのコピーを持って
手伝ってほしい人に会いに行く、
撮影には湯河原と東京の両方の自宅を提供する、など、
伊丹さんの真剣な姿にうたれたためか、
多くの方がこの映画に協力しています。

友人である浅井愼平さんは、
映画の中で流れる、モノクロのムービー映像を
撮影しています。

また俳優陣には、小津安二郎さんの映画で有名な
笠智衆さんや藤原釜足さん、吉川満子さんら
日本映画における名優の方々が参加しています。

ちなみに、映画の重要人物のひとりを演じられた
大滝秀治さんは、映画の中で
69歳でなくなったこのお葬式の本人の
お兄さん役ですから、70歳以上の人を
演じているわけですが、
なんとこの映画の撮影中に59歳の誕生日を
迎えたのだそうですよ。

さてこの映画は、伊丹さんにとって、
それまでに見てきた映画へのオマージュでもありました。
この映画のメイキング本である『「お葬式」日記』
伊丹さんはさまざまなシーンを
小津安二郎やトリュフォーといった名監督からの
引用によって、説明しています。

『「お葬式」日記』には
この映画のシナリオや伊丹さんの日記、
監督ロングインタビューが収録されていますが、
現在残念ながら絶版となっています。
しかしこの本は、映画『お葬式』のおもしろさを
伝えるだけでなく、
クランクイン前日の6月1日から8月末までの
伊丹さんの日記によって、映画作りのひとつひとつが、
どのようなステップであるのかがわかるという、
とても興味深い内容になっています。

同時に、初監督作品でありながら、
いかに伊丹さんが作品の細部まで
明確なイメージを持っていたか、
また出演者だけでなくスタッフそれぞれに
どれほど気を配っていたか、ということが
この日記から浮かんできます。

さいわい、この本に掲載されていた伊丹さんの
映画論であり、監督論である
「監督ロングインタビュー」は
『伊丹十三の映画』に再録され、今も読むことができます。

当時、この映画が日本映画界、
というか、日本に与えた驚きのひとつは、
世間でタブー視されている「葬式」というものが
映画の主役になれる、ということでした。

その後、脱税や食品偽装をテーマにするなど、
伊丹さんは既成の概念を次々に破っていきます。

テレビマンユニオンの浦谷さんの回でも出てきたように、
近年日本映画で最も話題となった『おくりびと』の
生まれてくる素地を作ったのは、
伊丹さんである、といっても過言ではないでしょう。
(ほぼ日・りか)

参考:『NHK 知るを楽しむ 私のこだわり人物伝』
   DVD『13の顔を持つ男』ほか


▲『お葬式』DVD。Amazonではこちら。

▲『「お葬式」日記』(文藝春秋)。Amazonではこちら。

コラムのもくじはこちら
2009-07-15-WED
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ほぼ日の伊丹十三特集 そのほかの伊丹十三コンテンツはこちら。