水野
たまに、こういう空想をするんです。
とつぜんカレーの神様がやってきて、
「水野くん、いまから君に
このどちらかをプレゼントしよう。
『究極のおいしいカレーを作れる腕前』か、
『カレーの秘密ぜんぶ』か。
‥‥どっちがいい?」。
そう聞かれたら、どうしようって。
糸井
そのとき水野さんはどうするんでしょう。
水野
ぼくは迷わず、
「カレーの秘密ぜんぶを知りたいです」
と言うと思いますね。
糸井
うん、絶対後者ですよね。
水野
そうなんです。
究極においしいカレーを作る腕前は、
ぼくじゃない誰かが持ってればいい。
だから、もしそういう場面になったら
「カレーの秘密をぜんぶ、教えてください」
と言うのが、ぼくの願いです。
糸井
すごくわかります。
水野
ただ、ここでまたひとつ悩みがあるんです。
「ぜんぶそこで教わったら、つまんないじゃん」
という思いもあるんですよ。
糸井
(笑)知ったらすべてになっちゃうもんね。
水野
そう、ぼくは探すのがたのしくて、
やってるわけですから。
糸井
そうだよね。
水野
さらに言えばぼくは、
カレーのすべての秘密を知るのが
自分じゃなくても‥‥とも思ってます。
将来、10年後でも100年後でも、
ぼくじゃないどこかの誰かがが
カレーのすべての秘密を解き明かし、
知ることになる。
ぼくはそれでも、まったくかまわないんです。
糸井
そうか。
水野
だけどもし自分じゃない誰かがいつか、
そのすべての秘密にたどりつくのであれば、
ぼくは、その人がそこにたどりつくための
いろいろな提案をしたいんです。
糸井
(笑)そうやって参加したいんだ。
水野
そうなんです。
そしてぼくは、自分の人生のあいだで、
みんなにそういう提案を
できるだけ投げかけたいんですよ。
糸井
カレー以外もそうなの?
水野
カレーだけですね。
別に、ほかのことでそういうことをしたいとは
思ってないです。
糸井
カレーに集中したお陰で、
視点がすごくクリアになったんだね。
水野
そうかもしれないですね。
糸井
じゃあつまり、極端に言えば、
水野さんが生きてるあいだにやりたいことは、
「究極の腕前を身につける」ことでもなく、
「すべての秘密を知る」ことでもなく。
水野
‥‥だけど後者寄りで(笑)、
「提案をできるだけしまくりたい」という。
糸井
カレーに関して、これまでそんなことを
考えたこともなかったけど、
聞いてると、自分もそれがいいなと思うね。
水野
とはいえこの先、
どうなるかわかりませんけどね。
すでに自分の思いと行動に
矛盾はいっぱいありますから。
「どこまでもタマネギ炒めを突き詰めよう」
とか思っていながら、
「‥‥要らないかも」とか考えはじめますし。
でも、最終的にどうなったとしても、
カレーのタマネギでグルグルしたことが、
ぼくの喜びなんです。
糸井
それは旅そのものですね。
水野
そうですね。
だからそういう意味では、
ぼくはカレーをめぐって旅をしているんですかね。
糸井
片手にタマネギを持って、
ビートルズの「グラス・オニオン」みたいに?
水野
そうですね‥‥あれ。
これ、なんか
「水野はカレーの旅人だった」みたいなことに
なっていくんですかね。
なんだかちょっと、いいのかな(笑)。
糸井
だけど、相当そうだよね。
水野さん、ひとつもとどまってないもの。
前からこういう人だとわかってた気さえするけど、
いま、ぜんぶ説明されてるよね。
水野
そうですね。
ぼくはいま、こうやって説明してもらって、
なんだかすごく
‥‥気持ちがいいです。
一同
(笑)。
糸井
でも、それはわかるわ。
ここまでの説明、ふつうはされないですよね。
水野
説明しようとしても、
いつも途中からポカンとされるんです。
糸井
聞いてるほうもなんとなくイライラして、
「だからどうなりたいんですか?」
みたいな。
水野
はい。そのイライラされるパターンと、
「ああ、つまりカレーが好きなんだね」
とか、漠然とまとめられるパターンがあって(笑)。
「あなたは特に、極端にカレーが好きなのね。
じゃあ、この話はこれで」
といった感じになって、
「ああ俺、言いたいことぜんぜん言えてない‥‥」
みたいな。
糸井
だけど、水野さんのそのスタンスって、
たぶんドラッカーと同じですよ。
ドラッカーは自伝のタイトルが
『傍観者の時代』なんです。
そして、
「自分は何ができるわけでもないけど、
とにかくいつも見てるんだ」
と言ってる。
「人間の行動を生態学として見てる」
というような言い方で、
「こういうものだからこうなる」を、
昆虫を語るように語ってる。
水野
なるほど。
糸井
そして晩年のドラッカーが何をしたかというと、
さきほどの水野さんと同じで、
みんなに提案や、疑問の投げかけをしてたんです。
自分の研究結果を本で発表して
みんなに教えるのと、
いろいろな会社の相談に乗って、
「それはこうなんじゃない?」と提案するという。
水野
ああ、ぼくがやりたいのも、その感じです。
ぼくもちゃんとドラッカーを読んだほうが
いいかもしれないですね。
糸井
うん、何冊か読んで
「だいたいこんな感じか」とわかると
おもしろいと思うよ。
別にぼく、とくべつドラッカーを
研究してるわけでも何でもないんだけど、
ぼく自身、そのスタンスが好きなんです。
水野
あと、ぼくは自分では
「傍観者という名のプレイヤー」
という意識なんですよ。
それは、ドラッカーさんもそうだったかもしれない。
投げかけたいわけじゃないですか。
だから、プレイヤーを見つつ、
自分もちょいちょいボールを投げる。
そういうプレイヤーなんですよね。
糸井
ああ、そうかもね。
水野
自分で言うのはおこがましいですけど、
ぼくがカレーの世界で
「誰より能力があるんじゃないか」
と自認してるのは、
いろんなことに気づくところなんです。
「これっておもしろいよね」
「あれはおかしいんじゃない?」
「これ、どうなんだろう」
といったことに、いちばんたくさん気づく。
そして、気づかないと
提案できないわけじゃないですか。
だからぼくがもし、カレーの世界で
いちばん気づく人なのだとしたら、
「いちばん提案しないと」と思うんです。
糸井
やっぱり提案したいんだ。
水野
はい、結論づけたり、
正しいことを言ったりするのは
ほかの人でもいいんです。
ただ、ぼくはボールを投げたい。
そのぼくが投げたボールをもとに、
誰かが結論にたどりつくとか、
そういうことになると、うれしいんですよ。
タマネギ炒めについても、
水野がこの2016年に
「タマネギ炒めは必要なのか?」
という問いを投げかけたことで、
何人かの人が、
「‥‥たしかにタマネギって必要?」
と考えはじめる可能性があるじゃないですか。
そうなったらいいなと思ってて。
糸井
あと、水野さんはものすごく
「相手をわかりたい」と言うよね。
来るのはどういうお客さんですかって。
水野
はい、ぼくのスタンスは投げかけですが、
ただ投げて終わりだけじゃなく、
その波紋が広がっていってほしいんです。
そのためにはできるだけ、
お客さんのことをわかっていたほうがいい。
糸井
それはそうですね。
水野
ほんとにただ投げかけだけだと、
あまり盛り上がらなかったりもするんです。
だから話が盛り上がるように、
話をいったん結論づけることがあります。
そうすると、賛成派と反対派が出てきて、
場が盛り上がることがあるんで。
最終的には結論づけないけど、
そこから盛り上がったらうれしい。
ときにはぼくも混ぜて盛り上がってほしい。
で‥‥そういう提案を考えたり
実際に発言したりしているのが、
ぼくは、たのしくてしょうがないんですよね。
糸井
そういう境地が、ほんとはいちばん
おもしろいんですよね。
水野
はい、そうなんですよ。
(つづきます)
2016-05-05-THU
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN