第5回 レコード演奏中はお静かにお願いします。

高平 晶文社のアルバイトでさ、
『ジャズの前衛と黒人たち』っていう
植草さんの本のポスターを、貼ってまわったんだよ。
都内100軒くらいのジャズ喫茶に。
── 当時はジャズ喫茶のピークですよね?
高平 うん、全国でいうと、
300軒くらいはあったんじゃないかな。
── 岩手県の一関に「ベイシー」という
有名なジャズ喫茶があるじゃないですか。
伝説的な店のようにいわれていますけど、
なにが、すごいんですか? やっぱり「音」とか‥‥?
高平 まあ、音はいいよね。
もともと「蔵」なんだよ、ベイシーって。
だから、壁が厚い。
ようするに、大きなスピーカーを置く壁としては
すごくいい構造してるんだよ、「蔵」って。
── オーナーの菅原さんというかたも、
オーディオ評論をやっていたりして‥‥
有名人というか、文化人なんですよね。
高平 ただね、他にそういう店が
なくなっちゃったってこともある。

新宿にあった「木馬」とかさ、
音も最高で、オーナーも有名で‥‥なんて店は
いっぱいあったんだよ、昔は。
── なるほど‥‥。

あと、よく語られる
ジャズ喫茶の「マナー」って、あるじゃないですか。
あれって、どれくらい本当なんですか?
高平 いや、どのくらいといわれると困るけど、
たとえば、
レコードの演奏中にしゃべってたら
怒られるような店は、たしかにあったよね。
 

五〇年代から六〇年代は
ジャズのレコードを聴かせる喫茶店がまだ全盛だった。
どの店もリクエスト中心で、
大型スピーカーから大音響でジャズを聴かせる。
話していると
「レコード演奏中はお静かにお願いします」と
書かれたボードを持ってくる店もあった。

ー晶文社刊
高平哲郎『ぼくたちの七〇年代』p39
── そういうマナーって
どこかで、だれかが始めたわけですよね?
高平 うーん‥‥。

「喫茶店で音楽を聴く」っていう最初の形態は
「名曲喫茶」だと思うんだよね。
コーヒーを飲みながら、クラシックの名曲を聴く、と。

「モーツアルト」なんて店もあったし、
「ベートーベン」「田園」なんて店もあった。

そこからの発想だと思うんだよ、ジャズ喫茶って。
── ジャズ喫茶を知らない世代からすると、
なんとも不思議というか‥‥。
「ともだちと行っても
 ひとことも喋らないで出てくる」とか
「メニューにはコーヒーしかなくて、
 それがひたすらまずい」とか、
いろいろ、語られてることがあるじゃないですか。
高平 でも、俺からしてみるとさ、
名曲喫茶で
静かにクラシックを聴くっていうのはわかるんだけど、
なんでジャズ喫茶で
「シーッ!」なんていわれなきゃならないんだ?
という気も、するんだよね。

だって、そもそもジャズってのは
奴隷として新大陸に連れてこられた黒人労働者の
ワークソングだったわけだからさ。

「♪かあちゃんのためなら、えーんやこーらっ」
‥‥じゃないけど、
線路をつくったりしてるときに
口ずさんでた歌が、ベースにあるわけだから。
── 日本独特の文化なんですね、ジャズ喫茶って。
高平 アメリカ人が、ライブハウスなんかで
酒を飲みながら聴いてるのと
あきらかに、態度としてちがうよね。
日本のジャズ喫茶の文化ってのは。

つまり、ジャズを聴くことが
「高尚なこと」とされちゃったというか、
ひとつの「スタイル」になっちゃったんだよ、日本では。

でも実際は、高尚でもなんでもないんだよ。
── なるほど‥‥。
高平 俺なんかが中学高校のときなんて、
「なんで威張って聴いてやがんだ」みたいな意識は
まだ、あったからね。
── だんだん、様式化していってしまったわけですね。
高平 うん、だから新宿の「DIG」って有名店が
「ジンライム」と「ジントニック」を置くようになったら、
他の店もマネしてメニューに載せたり、
「DIG」が店のなかに「古い時計」を飾ったら、
日本全国のジャズ喫茶に
「古時計」が置かれるようになったり‥‥さ。

そういう時代だったんだよ。
<続きます>
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2007-11-07-WED