目よ、泳げ。 そして、カツカレーを得よ。 しりあがり寿×糸井重里

第5回 「幹事のできる人」がいい。
糸井 いまのしりあがりさんの会社は、
人を採るときはどうやってるんですか。
正式に募集をかけるんですか?
しりあがり 正式な募集は一回だけやったことがあるんです。
履歴書を送ってもらって、面接して。
でも、やっぱりそれだけではわからなくて。
逆に「採用」という、
はっきりしたかたちにするのが怖くなっちゃって。
で、いまは、人が人を連れてくる、
というかたちで入ってきてます。
糸井 あ、なるほどね。いまいる人が新しい人を。
しりあがり それで、基本的に
時給で働いてもらっているんですけど、
来たい人はずっと来るし、
いづらいなと思った人は
自然に来なくなるという感じで。
糸井 ああ、じゃあ、自然にまかせて。
しりあがり そうですね。
そのやり方がベストだとは思っていないんですが、
なんとなく、そうなっています。
糸井 それで10年も続いているんですから、
たいしたものですよね。
しりあがり いつの間にか。
糸井 建築家の青木淳さんの事務所は
4年で人を入れ替えるんだそうです。
いい人も、悪い人も、
4年経つとお別れなんだそうです。
しりあがり ああ、それはすごいですね。
糸井 辞めてほしくない人だって
いなくなってしまうんですから、
困ることも多いでしょうけど、
それは、「なるほど」と思える
方法のひとつではありますよね。
しりあがり へええ。それは、すごい。
ああ、でも、ぼくにはできないな(笑)。
糸井 簡単にはマネできないですけどね。
それはやっぱり青木さんの人間観や社会観が
はっきりとあるからこそできるわけで。
似たようなケースでいうと、
宮大工の小川三夫さんのところですね。
小川さんのところは徒弟制で、
住み込みでいっしょにやるわけですが、
10年経ったら、出て行ってもらうそうです。
しりあがり へええ。
糸井 出て行ってもらうというよりも、
10年経ったらもう「出て行ける」んですって。
しりあがり ああ、なるほど。
独り立ちできるまでになる。

糸井 そうなんです。
そのかわり、食事も、住むのも、
いっしょじゃないとだめだっていうんですね。
通いでは、ものにならない。
でも、いっしょに住みながら10年やると、
いい大学を出てる人も、なんの知識もなかった人も、
みんな同じようにものになるそうです。
で、ひとりでも食えるように必ずして、
あとは、出て行け、と(笑)。
その必然性として小川さんが言うには、
「10年以上いると、女房もらうし、子どももできる。
 そうすると、金がかかって、金が欲しくなる。
 金が欲しくなられると、
 うちじゃやっていけないから」って。
しりあがり はーー、そうか。はっきりしてますね。
糸井 ぼくは、埼玉にある、小川さんたちがつくった
お寺を見たことがあるんですけど、
もーのすごい建築なんですよ。
柱一本ずつの精度、現場のきれいさ、すべて。
で、これにいくらぐらいかかってるんですかって訊いて
びっくりしたんです。ものすごく安かった。
安かったっていっても、億単位の仕事ですけど、
もっともっとお金がかかっているように見えた。
それぐらいすごいものをつくってる。
なんでそんなに安くつくれるんですかって訊いたら
「お寺が、浄財を集めて払える範囲で、俺らは建てる。
 だから安いと思う人は安いだろう。
 でも俺たちは元が自分たちの仕事だけだから、
 別に高いお金もらわなくても苦しくないんだよ。
 そのかわり高い給料やるやつもいない」と。
そういう仕組みで回してるんですよ。
しりあがり ふ――ん。
糸井 そのかたちはね、参考になった。
もちろん、同じことはできないんですけどね。
でも、すごいことだと思いますね。
10年、いっしょにやることで育てるというのは。
なんていうか、弟子が弟子を教える仕組みなんです。
メソッドや授業みたいなものじゃなくて、
たとえば、鉋屑(かんなくず)を1枚渡す。
鉋をかけたときに、こういう屑が出るようになれ、と。
で、弟子は、その鉋屑が出るようになるまで、
研ぎ方を勉強するわけです。
そういうことを、弟子どうしが、
口伝えのようにして教えていく。
しりあがり それも、さっき話に出た、
「合宿で人を採る」というところと似てますね。
動きながらじゃないと、伝わらないというか。
糸井 それの最たるものですよね。
いっしょに生活してると、
ウソなんかぜんぶばれちゃいますからね。
しりあがり そうですね。
糸井 そういう話で言うと、土屋耕一さんっていう
コーピーライターの元祖みたいな人がいるんですけど、
この方は資生堂のアルバイト出身なんですね。
しりあがり へえ。
糸井 で、資生堂みたいな大きな会社って、
お酒とか、ビール券とか、
お歳暮やお中元が届きますよね。
だから、当時は、仕事終わりに
デザイナーさんたちがみんなで
ビール飲んで、何かつまむ、みたいなことが
よくあったそうなんです。
そういうときに、土屋さんは
デパートの地下街でおつまみを買ってくるっていう
おつかいをよくやっていたんですけど、
そこで買ってくるおつまみが
いちいちセンスがいいので、
それでバイトから社員になったっていうんです。
しりあがり あー、なるほど(笑)。
糸井 まぁ、もちろんそれだけじゃないでしょうけど、
「気の利いたおつまみを買ってくる」というセンスは
なんていうか、妙に信用できるじゃないですか。
しりあがり そうですよね。
糸井 ね。だって、オレも
そういう子と働きたいって思うもの。

しりあがり それができる子はなんでもできそうだっていう。
糸井 そうそう。そういう気持ちになりますよね。
しりあがり そういう意味でいうと、
うちで重用するのはやっぱり
「幹事のできる人」ですね。
糸井 あー、それもわかるなぁ。
しりあがり 今年の花見も、
新人に幹事をやらせようと思ってるんですけど、
幹事のできる人は、いいですね。
能力やスキルがどうこういう以前に。
糸井 完璧じゃなくてもいいんだよね。
失敗したときの、現場でのフォローとかね。
ああ、わかるなぁ、それ。

(続きます)


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2007-04-19-THU

イラスト : しりあがり寿 (C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN