目よ、泳げ。 そして、カツカレーを得よ。 しりあがり寿×糸井重里

第7回 カツカレー。
糸井 就職そのものの話に戻りますけど、
しりあがりさんは、大学のときは
漫研(漫画研究会)にいたんですよね?
しりあがり はい。
糸井 当時の漫研の人たち、先輩とか後輩は、
「働く」ということについて、
どういうふうに考えてたんですか。
目指す漫画の道と、就職とのあいだで
悩んだりしてたんでしょうか?
しりあがり あ、そういう感じではなかったですね。
まあ、漫画を描こうと思ってた人は
ほんとに「漫画家になろう」と、
はじめから、考えていて。
糸井 漫画家として独り立ちしようと。
しりあがり ええ。独り立ちしようとしてましたし。
デザイン系の人はみんな、
ふつうに就職してましたね。
いきなりフリーっていう人は、
あんまりいなかったですね。
糸井 ということは、
しりあがりさんがさっきおっしゃった、
「就職課に入るときに肩で押す」みたいな
瞬間的な気合いの入れ方をして。
しりあがり うん、そうですね。
糸井 就職する、働くということが、
美大の漫研という、やや特殊な集団においても、
ふつうに意識されていたということですね。
しりあがり そうですね。
それが時代のせいなのか、なんなのか、
よくわかりませんけれども、
まあ、とにかく、
「どこかで働かないと食えない」というか、
「誰も助けてくれない」というのは、
もう、当たり前のように意識にありましたので、
みんな、なんだかんだ言いつつも
小さなデザイン事務所みたいなところに
入っていきましたね。
油絵やってる人は先生になったり。
糸井 ふーむ、そうですか。
売り手市場とか、買い手市場とかいわれますけど、
当時の学生にとっての状況はどうでした?
しりあがり えっとね、いや、そんなにいいときじゃないです。
ぼくが入ったときのキリンビールは
47人しか採用していなかったんです。
多いときは、100人、200人って、
新卒を採ったりしてましたから、
それほどいいときじゃなかったと思います。
糸井 あ、そうですか。
じゃあ、いまの人たちと何が違うんでしょうね。
しりあがり ふつうに働こうと考える人と、
どこにも勤めずに自分の道に進もうとする人と、
両方がいるということは
いまと変わらないと思うんですけど、
目的ははっきりしていたと思いますね。
いまでいうところのフリーターとか
ニート的な人は、あまりいなかったというか。
糸井 ああ、そうですか。
しりあがり 糸井さんはどうだったんですか。
糸井 ぼくは、してないんですよ、就職活動。
広告の講座に行って、そこの先生に気に入られて、
「糸井くんみたいなのがいっぱいいる会社があるよ」
って紹介されて、広告の事務所に入ったんです。
どっちかというと、働くことも、
働くために活動することも、いやでしたね。
しりあがり じゃあ、いま悩んでる人の
気持ちもわかるという感じですか。
糸井 いまの人たちほど
マジメに悩んではいなかったような気がしますね。
もっと、ぐーたらだったと思います。
ぼくが「ほぼ日」に就職のことを書いたあと、
就職活動をしている人たちから
たくさんメールが来たんですけど、
「自分のやりたいことがわからない」
みたいに、そもそものところで
悩んでいる人が多いんですよね。
ぼくは、まぁ、なんとかなるかな、
という感じでしたから。
だから、半分くらいは気持ちがわかるんだけど、
「働くのがいやだ」って、
働いてもいない人がマジメに言ってるのを聞くと
悩みとしてキレイすぎる気もするんです。
しりあがり そうですね。でも、働かなかったら
どうなるつもりなんですかね。
「働かなくていいや」とかっていう
問題じゃないような(笑)。
糸井 そういうふうに
学生のときに思えたしりあがりさんは
ちょっとだけオトナだったんですよ。
しりあがり あ、そうなんですか。
糸井 ほんとになんとかなると思えちゃうんですよ。
それは、ぼくもそうだったから。
で、悩まないかというと、悩むんですけどね。
しりあがり ああ、ええ。
糸井 で、先のことは、そんとき考えればいいかって。
‥‥あ、ここまで告白していいんだろうか。
しりあがり (笑)

糸井 まぁ、でも、そういう人は、
昔もいまも変わらず
いるんじゃないかと思うんですけどね。
しりあがり ああ、そうなんでしょうね。
でも、ぼくは、やっぱり、
就職したときはうれしかったですね。
糸井 あ、そうですか。
しりあがり 変な話、会社に行ったら、それだけで、
当時、月に14万くらいもらえて。
それまでって、ほんとに金なかったですから。
たとえば、あの、就職したあとって、
カレー屋に入って、迷いなく
カツカレー食えるわけですよ。
糸井 あ、カツを乗っけられるのね(笑)。
しりあがり そう。我慢しなくていいんですよ。
いちばん高いメニューでも、
食べたければスパーンって頼める。
あれ、ほんっとに幸せでしたね。
糸井 美大で漫画描いてて、
貧乏でないはずはないもんね。
しりあがり ええ。だから、カツカレーはうれしかったですね。
それ以上に、スポーツカーが欲しいみたいなことは
ぜんぜん思わないんですけどね。
やっぱり、カレー屋に入ったときに
カツカレーを食えない不自由さっていうのは
なにかすごく、いやだったですね。
糸井 映画とかも平気で観られるようになっちゃうでしょ。
しりあがり そうそう(笑)。
糸井 本も買えちゃうし。
しりあがり ええ。
糸井 そうか、そう聞くといいですね。
しりあがり だから働くことよりも、
なにかその、やっぱり‥‥。
糸井 得られるもの。
しりあがり ですよね。
あんまりカレーのことばっかり言うと、
何かあれなんですけど。
糸井 けっきょく、お前の人生はカツカレーかと(笑)。

しりあがり そういうことになっちゃうのもあれですけど。
糸井 でも、リアリティーあるなぁ。
大事なことだよね、それはね。

(続きます)


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2007-04-23-MON

イラスト : しりあがり寿 (C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN