目よ、泳げ。 そして、カツカレーを得よ。 しりあがり寿×糸井重里

第8回 得る喜び。
糸井 「就職して、カツカレーが
 迷わず頼めるようになった」
というのと同じような話を、
うちのスタッフのひとりがしてたんです。
そいつが大学生のころに、
同じサークルの先輩が就職をしたと。
で、6月くらいに、その先輩が
サークルの飲み会かなんかに
ふらっと現れたそうなんです。
こう、まだ着慣れないスーツかなんか着て。
しりあがり はい(笑)。
糸井 で、その先輩が酔っぱらって、
ポロッと言ったひと言に、
後輩たちがものすごい衝撃を受けたというんです。
どういうことを言ったかというと、
「ボーナスって、なんでも買えちゃうからな」
って言ったそうなんです。
しりあがり

あはははははは。

糸井 もう、後輩たちは、それを聞いて、
「なんでも買えるらしいぞ!」って。
しりあがり なんでも買えるって、すごいな(笑)。
糸井 その、カツカレーがうれしい若者からすると、
ボーナスって、なんでも買えちゃうんですよ。
時給とか、労働時間とかと関係なく、
「余計に何十万かもらえちゃう」みたいなものだから。
しりあがり ああ、なんでも買えますね、それは。
海外旅行とか車とか、思いもしないですからね。
糸井 知識として、ボーナスという制度や、
平均的な額面なんかを知っていても、
それが、身近な話として伝わると、
リアリティーが違うんですよね。
しりあがり うん。うれしいし、うらやましいですよね。
ほんとに、素直な気持ちとして。
糸井 だと思うんですよね。
人がその喜びを失うのって、いつなんだろう。
しりあがり そこは興味深いところですね。
糸井 そういう「得る喜び」が、
就職とか、働くことを考えるときに
語られなさすぎるような気がするんです。
もちろん、金がすべてだというわけじゃないですけど、
少なくとも、「働く」とか
「就職」ということを考えるとき、
それはセットになっててふつうでしょう?
しりあがり そう思いますけどねぇ。
それは、純粋にうれしいことですし。
糸井 ああ、そうか、わかってきた。
「うれしい」という話が欠けてるんですね。
そういう正直なことを言う人が
いまは、いないのかもしれない。
しりあがり そうですね。
糸井 本当に食えなくてひもじいっていう場合の
「お金があるありがたさ」っていうのは
語る人がいるんでしょうけど、
それともちょっと違う話じゃないですか。
少なくともカレーは食えているレベルでの
「カツカレーがうれしい」という話であって。
しりあがり ぎりぎりの話じゃないんですよね。
お金のことを気にするわずらわしさ、というか。
あの、5千円くらいの貸し借りで
友だちとすごく仲悪くなったりするじゃないですか。
糸井 うん(笑)。
しりあがり あと、友だちと京都に旅行行ったことがあって、
ほんとに仲のいい友だちだったんですけど、
ぼくがお寺が観たいって言ったら、そいつは
「こんなのに金使うのはいやだ」って言って、
しょうがなくお寺の看板だけ拝んで帰ったりとかね。
糸井 (笑)
しりあがり そうするとやっぱね、仲悪くなるんですよ。
たかだか500円かそこらのお金で。

糸井 ああ。その話は、あれとつながるな。
この「就職論」の最初の対談で、
人事の専門家の河野さんという人と話したんですけど、
けっきょく面接で訊きたいことは、
「あなたは何を大切にしてきましたか」
っていうことだけなんです、って言ってたんですよ。
しりあがり ああ。
糸井 その人が何を大切にしてきたかが、
面接を通してわかったりすると、
「この人とならやっていける」って
わかるんだそうです。
だから、いまの拝観料の話にしても、
500円というお金を媒介にして
「何を大切にしているか」が
ちょっとだけ、わかっちゃったんでしょうね。
しりあがり ああ、なるほどね。そうですね。
糸井 たぶん、そういうことの連続なんでしょうね。




(続きます)


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2007-04-24-TUE

イラスト : しりあがり寿 (C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN