こういうやつが、いたんだよ。  赤坂英一さんとプロ野球の話を
 
第4回 藤田さんは覚えていてくれる。
糸井 ときどき、本の中に
藤田(元司)さんが、
ある種のオマージュみたいな形で
登場するじゃないですか。
赤坂 そうなんです(笑)。
糸井 脇役なんだけど、特別出演という感じで。
ご存じのようにぼくは
藤田さんのファンだから、
もうねえ、たまんないですね。
赤坂 たしかに、映画でいえば特別出演ですね。
糸井 ちょっと鶴田浩二が出てくる、
みたいな。
赤坂 そうそうそうそう(笑)。
糸井 村田の中に、
藤田さんが染みこんでるんだよね。
赤坂 村田真一にインタビューしてるとね、
藤田さんのことをしゃべりだすと
止まらなくなるんですよ。
で、内部の話ですから、
おおっぴらにしゃべっちゃ
いけない話もあるんです。
たとえば、藤田さんがどんなふうに
自分をフォローしてくれたか、とかね。
藤田さんが選手に謝っていた話とかね。
話しはじめるとあふれちゃうから、
必ず「ちょっと止めてくれる?」って
録音を止めさせるんですよ。
こっちとしては、
総合的にとってもいい話だから
それは書いたほうが
いいんじゃないかって思うんだけど、
「それは書いたらあかん」の一点張りで。
藤田さんにまつわるそういう話は、
たとえば水野(雄仁)に聞いても
出てくるんですけど、やっぱり
「書いてくれるな」って言うんですよ。
それは、尊敬ですよね、藤田さんへの。
糸井 そこまで全部含めて、いいよねぇ(笑)。
「人間は間違うんだから、
 年上とか年下とか関係なく
 ちゃんと謝らなきゃダメだ」って話は
ぼくも藤田さんからうかがったことがあります。
きっと、当人は明るく話せるんでしょうね。
赤坂 そうなんでしょうねぇ。
村田や水野にとっては、やっぱり、
いまだに、すごい出来事なんですよ。
糸井 藤田さんは、すごく尊敬される立場と、
誰も自分を見てくれない、
注目されない立場と、
両方を知ってる人なんですよ。
だから、監督の立場になってからも
ひとりひとりに誠実に振る舞える。
赤坂 注目されない立場というと?
糸井 だってあの人、一時期、
大洋のスカウトをやってましたからね。
巨人のエースだった人が、
短い時期だったけど、
裏方としての仕事にたずさわってたのは
大きな経験だったと思うんですよね。
赤坂 そうですね。
たとえば低いところから
誰かが這い上がっていくときに、
本人がやらなきゃいけないことと、
周囲がきちんとそれを見ていてあげることと、
組織にとって両方が大事なことだと思うんです。
糸井 そうですね。
赤坂 水野が言ってたことでよく覚えているのは、
1990年の開幕戦。
篠塚さんがポール際に打ったホームランが
ファールかどうかでもめた試合です。
糸井 はいはい、ありました。
赤坂 あれで同点になって、
けっきょく延長12回まで行くんですけど、
あの試合の先発が斎藤雅樹。
で、7回から延長12回まで、
ひとりで投げてたのが、
じつは水野なんですよ。
糸井 あ、そうでしたか‥‥。
オレ、その試合、見てるはずなのに‥‥。
赤坂 そう。誰も覚えてないでしょう?
そうなんです。
でも、藤田さんは見てるんです。
開幕戦の延長を抑えてくれた水野を
見ていて、覚えていてくれるわけですよ。
そういう使われかたをしても
くさらず、ずっと投げているから
彼は一軍から落とされない。
つまり、どんな場面でも投げるから。
糸井 その話を聞いて思い出したのが、
あの有名な天覧試合です。
みんなが一番に覚えているのは
長嶋さんがサヨナラホームランを打ったこと。
打たれたのが村山さんで、
それをファールだと言ってたこと。



あと、じつは、王さんもその試合で
ホームランを打ってること。
そのあたりまでは
みんな覚えてると思うんですけど。
赤坂 ええ。
糸井 まったく語られないのは
投げてた巨人のピッチャーが
藤田さんだったっていうことですよ。
赤坂 ああ、そうですよね。
それは、おもしろいですねぇ。
糸井 まぁ、だからといって
藤田さんご自身が覚えられてないことを
気にしてたわけじゃないんですけど(笑)。
赤坂 はい(笑)。
糸井 大きな存在ですよね、藤田さんは。
あの‥‥なんでしょうね、
あの時代に育った人たちの、
藤田さんを語るときのあの口調は。
この本の中にも、藤田さんのそういう感じが
じんわり流れてますよね。
ほかの監督さんの名前もたくさん出てくるけど、
どちらかというと赤坂さん、
そのへんはサラッと語ってるでしょう?
で、藤田さんのところはむしろ
スローモーションにしてる。
赤坂 そうそうそう(笑)。
そこだけ急に、ね。
糸井 大久保が巨人に入ったばかりのころ、
みんなにメシに誘われるんだけど、
「お調子者だと思われちゃいけない」
っていうんで、ついていかない話とか、
リアリティーがあってよかったですねぇ。
赤坂 宿舎の食堂でひとりで食べるんですよね。
移って早々に変な評判が
立っちゃいけないっていうんで。
糸井 そのくらい、当時の巨人に
よその球団から移るっていうのは
たいへんなことだったんでしょうね。
赤坂 ええ。ある種、巨人という球団の
敷居の高さであり、閉鎖性であり。
糸井 そうですよねえ。
だから、そのへんの緊張感を
藤田さんがもみほぐしちゃうわけで。
赤坂 そうです、そうです。
緊張してひとりで食事してる大久保に、
藤田さんが寄っていって、
「こいつにステーキ2枚
 焼いてやってくれ!」って(笑)。
糸井 いいですよねぇ。
忘れるわけないよね、そんなこと。
赤坂 (笑)



(つづきます)
2009-12-11-FRI
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