ほぼ日 |
その明治のときには、
暦もそうですけど、時計も変えちゃったんですよね。 |
近松 |
はい、明治5年に、時制も同じように変えました。 |
糸井 |
時蕎麦という落語のネタに登場する、あれを。 |
志の輔 |
「なんどきだい?」ですね。 |
ほぼ日 |
その「なんどき」というのが、
実は僕、全然理解できてないんですが。
なんか、あれですよね、春と冬では違う長さ…… |
近松 |
昔の、つまり江戸時代使われていた時報というのは、
一日を昼と夜とふたつに分けて、
で、昼を6等分、夜も6等分するという
時刻のしくみですね。 |
志の輔 |
ですから、夏至、冬至によって、
その時間が変わってるんだから、
それを、約一刻(いっとき)というと、約2時間で、
半刻(はんとき)で1時間で、ということ。
でも、それは、ほぼ、なんですよね。ほぼ。
「明日きてくれますか」
「ええ、朝方お伺いします」
っていうこの「朝方」というのは、
夜が明けてから、まあ正午ぐらいまで、
全部の朝方というものの考え方、
ぐらいに時間がアバウトな立場にいますよ。 |
近松 |
そうですね。 |
志の輔 |
夏と冬では違うんですもんね、一刻が。 |
近松 |
1時間半と2時間半ぐらいの違いがあるんですよ。 |
ほぼ日 |
庶民の家には時計がなかった? |
近松 |
ほとんどないですね。 |
ほぼ日 |
どうやって時間を知るのですか? |
志の輔 |
鐘ですよね。 |
糸井 |
それをまじめに誰かがやってたんだ。 |
近松 |
そうです。
鐘をつくところには時計がありました。
春、夏、秋、冬の日の長さをちゃんと測ってた
頼れる時計があったんですよ。
明け六つ、暮れ六つは、
じつは日の出日の入りとは
微妙にずれています。
明け六つは日の出の前で、
足もとが見えるようになる、
その時刻が明け六つなんです。
暮れ六つは逆に、足もとが見えなくなる時刻で。 |
志の輔 |
アバウト、いいなあ。 |
近松 |
明るいうちは有効に使おうか、という。 |
糸井 |
そうですよね。電気の光のない時代ですからね。 |
志の輔 |
そんなアバウトなのに、どうして
宮本武蔵と小次郎は約束ができたんだろうか?
ちょっと疑問じゃないですか?? |
糸井 |
ほう。 |
志の輔 |
「ほぼ」なんどきにまちあわせ、
ということだったんでしょうね。 |
近松 |
今の人の感覚っていったら、
5分とか10分っていう時間の感覚が、
昔の人は30分ぐらいだったんじゃないですかね?
待ち合わせとかも、そのくらいアバウトで。 |
糸井 |
つまり、武蔵にしても、小次郎にしても、
30分遅れても、まあこんな頃だな、
という了解があった、ということですね。 |
志の輔 |
いや、それにしても、
けっこう待ってただろうな、きっと。 |
糸井 |
そうですね。
だから半日ぐらいあそこにいた(笑)。
だから、そこは相当待たせたんですよ。
昔の感覚でも。
でなかったら、あんなに言われないですよね。 |
近松 |
さらに言うと、
じつは、信頼できる時計といっても、
そこは、今みたいな電子時計ではないので、
かなりアバウトな部分はありました。
とはいえ、時代劇にでてくるような、
あのからくりがいっぱいついた時計は
それなりに正確ではあったんですけどね。
で、その時計を元に鐘をついてたんですよ。 |
|
志の輔 |
とうことは、つまり、
その鐘が聞こえるエリアだけが同じ時間だった、
ということですね。 |
近松 |
そう……ですねえ。 |
志の輔 |
だって、時計によって時間は、
まあ今で言う5分、10分は
当たり前のずれはあったんですね。 |
糸井 |
遠くで鐘を聞く人は、音速からして…… |
志の輔 |
ずれて。バカな話ですねえ。 |
糸井 |
それを、俺たちが気づいちゃう、
ということのほうがおかしいよね。 |
近松 |
そうですね。 |
糸井 |
その音速のズレなんて気にしないで、
同じ時刻、というのが、普通ですよね。
あ、でも二つのお寺の間に住んでる人なんかは、
二つ聞こえてくるのか。
鐘の音が。
僕が今年京都でお正月迎えたじゃない。
あの時のあのあちこちの鐘は良かったよ。 |
近松 |
除夜の鐘の。 |
糸井 |
あっちからもこっちからも。 |
糸井 |
ボーンボーン、ボーンボーン、と。
で、遠さと近さって、やっぱりほら、
微妙にずれるじゃない?それがいいんですよ。 |
志の輔 |
へぇ、おもしろいな。異常なんですね、今が。 |
糸井 |
うん。つまり、5分や10分について、
そんなに厳密に考えなきゃならない、
ということが、おかしいんですよ。
みんなで強迫観念を持ってると。 |
近松 |
それは言えますね。 |
糸井 |
時間ノイローゼになってるとも言えますね。 |
志の輔 |
そうですねえ。
でもねえ、沖縄はいいですよ。すごく。
西表で落語会を今からちょっと前にやったんです。
それは那覇で、まず本島に行って、
翌日に石垣に渡って石垣でやって、
それで次の日、西表に行ったんですよ。
で、どこも7時開演なんですよ。
それは、石垣だって同じだったんです。
お客さんは7時前にやってくるんです。
というか、6時45分には全員来てる。来るべき人が。
さあ、西表で7時になっても外は明るい、
誰も来やしないんです。
7時開演ってみんな知ってるんですよ。来るべき人は。
現にその後から来るんですよ。8時に。(笑)
お客さんがくる前は、そりゃ心配しましたよ。
「7時に誰も来ないけど、
お前、これ、誰も知らないんじゃないの」って、
でも
「いえいえ、報せるところは報せてありますから。
ただ、この時間は一番農作業にとって楽な時間で、
太陽は沈んだんだけど、まだ明るくて、涼しくて、
やるべきときにやっとかなきゃな、と言って、
8時ぐらいにおいでになるんじゃないですかね」
と、土地の人が言うんですよ。
まあ、そののんきさにも驚きましたけど、
実際、8時になったら人が来た、
っていうことに驚いた。
唯一7時に来たのが、
4人だけで、それが、森末慎二さん。
家族で遊びに来てたんですよ。
で、宿でチラシを見て来てくれたんです。
「ああ、志の輔さんがやってるんだ。
じゃ、俺行かなきゃ」と言って、
時間通り来たのが、森末親子だけ。(笑)
小学校の体育館の隅に、4人こうやっているの。
で、誰かなと見ると森末さんですよ。
「ねえ、志の輔さん。今日、お客さん来ないの?」
って、
「いや、来る予定なんですけどね」
って。
「来ないですね」って、そわそわしてたんです。
で、森末さんに、
「いい? 待つ? 来るまで」ってきいてね。
「そりゃ、待ってよ。
4人だけに語られてもイヤだよ」(笑)。
そりゃイヤだよ。
じゃ、待とうかって。
最終的には、沢山お客さんがきてくれましたけど、
あれはほんとに思い出に残る出来事でしたよ。
で、森末さんには、舞台にあがってもらって、
対談して、おまけにバク転までしてくれて。(笑)
芸があるっていいなあ、と思って。
でもその時のやっぱり恐怖感、恐怖というかなあ。
7時に客が誰もいない、という経験は……。
今から20何年前とかだったらわかるんですよ。
私も駆け出しのころで。
3人しかお客さんが会場にいなくて、
最後まで3人だったことはあるけども、
それは3人しか来るべき状態でなかった、
ということなんで。
いくら何でも、料金も1500円と、
西表に合わせたくらい。
でも、時間だけ、合わせてなかったんですよ。
で、その西表時間っていうのを、
石垣の人が知らなかったんですよ!
石垣だって同じ沖縄なのに、文化が違うんです。
7時にはきちんと集まる文化なんです。
生活は、石垣まで。那覇は当然のこと。
だけど、西表までは届いてないんですよ。 |
糸井 |
石垣が境になって。 |
一同 |
(拍手) |
志の輔 |
うまい!(笑) |
糸井 |
でも、リアリティがものすごいですね、
それ。
石垣と西表の間っていうのは、
そんなに離れてないですよね。 |
志の輔 |
いやいや、高速艇で……
3、40分じゃないですかね。
そんな遠くはない。
そんな半日かかるとかそんなんじゃないです、
全然。 |