第六回 書いてる間、すごいしんどかった
糸井 これ書いてる最中、
完結するまでは
きっと気がつけなかったと思うけど、
仕事の仕方が完結しちゃうと変わったでしょ。
リリー 単純に最後まで書いて
ゲラで最終的に自分で読んだ時に、
これからどういう仕事をしようかなあ
みたいなことをぼんやり考えてたんですよ。

チンコとウンコで
いくつまで俺はおもしろいのかなあ。と
そういうことをぼんやり考えてることが
あったけど、書き終わって
自分の育ったところとか
生まれたところとか、
そういう自分のルーツみたいなものを
客観的に文字で読むと、
俺は結局作り話でも
「クルーザーに乗った大学生が
 そこでマリファナやって、
 親の金で楽しいな」
みたいなことは
一生書けないっていうか、
作り話でも浮かんでこない。
やっぱり血にないものは書けないし、
今までと同じだなあと思いました。

単純に俺らがアンダーグラウンドとか
サブカルチャーだと思いながら
過ごしてきたことは、
結局こういう貧乏だったりする。

東京の貧乏がアングラなのかもしれない。
東京に来て、
自分が貧しいとか
田舎の子だとかを忘れてたけど、
東京で自分がやってることは
名前が変わってるだけで、
結局、誰に対して向けてるかっていうのも、
自分の経験した、知り合った相手なんですね。

IT戦士たちみたいな人や
六本木ヒルズでお金持ってる人が
昔どういう生活をしてたか分からないけど、
例えば今の彼らの生活を、
ボクがドラマの台本にしてくれと言われても
たぶん、書けないし。
おもしろくなるわけがないと思うんですよね。

糸井 どっかのところで
何がしたかったんだろうって
本気で考えなきゃならないし
そういう時は自分に
正直であることが一番大事ですよね。
リリー 僕も似たようなことは感じたんですけど。
今回は家族を書いてるんですけど
書いてる間が
すごいしんどかったんですよね。
糸井さんが『家族解散』を書かれた時は
どうだったんですか?

『家族解散』は糸井重里が1986年に書いた
 自身初の書下ろし長編小説のこと。
 現在は入手困難。
糸井 嫌だった。何だろう。
ほんとのことみたいなことを
ページごとにイメージできないと
という気持ちがあるから
やっぱりほんとのことみたいなことを
ちゃんと考えてるわけですよねえ。
次のページめくったら、
うっそだよーんって
書いてありましたということなら
いろんな楽しいことを思いつくんだけど、
それ無しねってことになってるから。
書いてても、
ちっともおもしろくないんですよ。
書き進むってことだけがうれしいんですよね。
リリー 終わりに近づくという(笑)。
糸井 うん。量が増えてくってことで、
「ああ、こんだけ増えてきたら
 俺はだんだん解放に近づいてくる」
っていうだけで。
リリー ああいうテーマについて書くということは
肉体的よりも精神的な方が
きついじゃないですか、
そういう分かりきったことって
なるべくみんな考えたくないのかなあ。
糸井さんと初めてお会いしたころ、
「お金のことをちゃんと
 もうちょっとまじめに考えた方がいい」
みたいなことをおっしゃってたけども。

『お金をちゃんと考えることから
  逃げまわっていたぼくらへ』という
 タイトルで書籍になっているが、
 ここで立ち読み版も読むことができる。


糸井 ある時期に思うんだけど
みんなそこを後回しにするんですよ。
リリー そうですね。
みんなロマンチックとか
ファンタジーからかけ離れてる、
お金とか時間とか親っていうことを
後回しにしてる。
糸井 欲しいに決まってるけど
後回しにする人と、
欲しいことは欲しいけど
そうは言いたくないっていうことで
後回しにする人とか、
いろんな人がいるんだけど、
真っ正面からは考えてないですよねえ。
それはもう、金と性が同じなんですよ。
みんなどっかのとこで
笑いに転化できるくらいのところまでは
あけすけに語れるけど、
笑えない部分は絶対にしゃべれないわけで。
例えば土下座してやらせてくれっていうのは
一つの演技空間になるじゃないですか。
だけど、土下座まではできなくて、
何気なく小さい声で、
頼んでるでもなく頼んでないでもなく、
「やらしてくんないかな?」
ってもし言ったら、
ものすごく恥ずかしいですよね。
リリー (笑)
糸井 その辺りのところに
性があるんだと思うんですよ。
そこはもう、あるに決まってるからね、
無限の財宝としてそのままにしておこう。
と思ったんですよ。(笑)
リリー じゃあ、あれを考えたことによって、
糸井さんの中では
けっこう仕事や考え方に
大きな転換だったんですねえ。
糸井 うん。でも家族なんて
テーマにするべきじゃないよね(笑)。
つまり、この本の中のおとんは
テーマになんかせずに、
ごまかしたり怒鳴りつけたりしながら
逃げてきたわけじゃないですか。
たまーに向かい合わなきゃならない時には
睨みつけてみたりして。
それは既に表現なんだから、
それ以上に洗練されたことをする必要は
ないんだと思うんだよ。
リリー うん。だから人の生活っていうのは
文字に定着した途端に
すごくその人の生活が変わるし、
迷惑もかかるし。
糸井 うん。
リリー 書いてる最中、
けっこう親戚に怒られたりもしました。
あの時はそういう気持ちじゃなかったんだとか。
でも、書いているうちに、
最初は仮名になったままの人もいますけど、
名前を書かずに書き進めたことも、
最終的に名前を書き足したんですよね。
もう中途半端はよくないなと思って。
糸井 何でしたんだろうね、そういうことをね。
お母さんですかね、やっぱり。
リリー そうなんですね。
多分俺が今まで生きてた中で、
一番自分の感覚が変わったっていうことは、
お袋が死んだっていうこと以外に
多分ないですよね。
それまでほんとに子供の頃から
自分のペースで生きてるっていうか、
そんなに大きなショックも
与えられてなかったんで。

(つづきます!)
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2005-08-11-THU



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