糸井 |
「テレビの前で演じること」
について、別にタレントではない自分が、
たまにテレビに出ることをふりかえると……
ぼくの特色って、おそらく、
「すごい真剣に、
人が聞いてもいい裏ばなし」
をすることだとは思うんです。
土屋さんともよく裏ばなしをしているんだけど、
見事に、だいたいは
人が聞いても、だいじょうぶなんです。
それがぼくの人生だし、
ぼくのキャラなんだけど、
そうなると、それを演じている自分はいない……。 |
三宅 |
糸井さんにも、
どこか演じていたところがあって、
実生活が、だんだん
近づいてきたんじゃないでしょうか? |
糸井 |
そうか……。 |
三宅 |
糸井さんの家庭や仕事での姿は
違うのでしょうけど、
生活とテレビとは、
近づけざるをえない風に
なっていったのかなぁとは思うんです。 |
土屋 |
三宅さんは、完全に演じられてましたよね。 |
糸井 |
三宅さんは演じてました。
ペンネームじゃないのに
ペンネームにしていましたよね? |
三宅 |
うん。
それこそほんとに、
萩本さんの『欽ドン』で学んだことなんです。
ADとして前説に出るわけですけど、
ぼくのジーパンに穴が開いていることを
大将は話すんです。
「こいつは大学出てるのにね、
金がなくて
ジーパンに穴があいてるから……」
そこを必ずつっこむから、毎週、
そのジーパンを履いていったのですが、
「出る以上は笑わせないといけない」
というのは、大将から教わったんです。 |
土屋 |
前説は、得意だったんですか? |
三宅 |
いえ、やらされてたんです。
そのうち、だんだん、若手芸人が
やるようになっちゃったんですけど、
当時はADが前説をやるなかで
「ウケている」という空気を覚えたんです。
「寒いときにはどうすればいいか?」
も、そこで覚える。
前説のうまい先輩から学ぶことがありましたし。
ぼくは、学生のときに
モノマネが好きだったんですが、
そういう昔からやっていることを、
いまだに出しているんですよ。
知らない人のところに行ってやると、
そのモノマネが受ける。
そうなってくると、
出る以上は印象づけようと思って、
赤いシャツを着るようになって……。 |
糸井 |
いやぁ、仕事してますねぇ。 |
三宅 |
「赤いシャツを着てるディレクター」
と覚えられないと
意味がないだろうと思ったんです。
そうしていくと、
取材のときには赤いセーターを着たり、
ロケでもその方が目立つから
役に立つということになりまして……
いろんな人が、かならず
赤いものをプレゼントしてくれたり、とか。 |
糸井 |
社会性がある特色ですね。 |
三宅 |
まあ、パンツまで赤ですからねぇ。 |
糸井 |
今も、靴下、赤ですね。 |
三宅 |
今、ぼくは
勝負下着をはいてるんですけど、
これはこないだ蔵前で買ったんです。
お相撲さんが、こう、勝負してるだけの下着。 |
糸井 |
(笑)あははは。 |
三宅 |
これ、ウケるんですよ。 |
糸井 |
やっぱり、仕事、してますね! |
三宅 |
これ、飲み屋で
公表したりするとウケるんです。 |
糸井 |
土屋さんは、そういうのはやっていますか? |
土屋 |
途中から、
わかんなくなっちゃうんですよ。
『電波少年』で背中で出ていることには、
自分なりに理屈があった。
だけど、そのうち前を向くようになると、
だんだん、キャラがキープできなくなる。 |
糸井 |
(笑)わかる。 |
土屋 |
めんどくさがり屋だから、
そこの努力をしなくなって
「もういいや」っていう感じになりました。
糸井さんじゃないけど、
キャラと実体の境目が
わかんなくなってきちゃった。 |
糸井 |
うん、うん。
三宅さんは、
なんか、話が一貫してましたね。 |
土屋 |
そうですよねぇ。
ぼくが萩本さんからいちばん学んだことは、
「ドキュメンタリーを、裏でどう演出するか」
なんです。
素人を舞台の上に乗せるようなところを
学んだ延長線上に、
電波少年ができたんだと思います。
松村が半ズボンで永田町に行くと、
「なんで電話一本かけられないんだ?」
と怒られるんだけど、その「不自由さ」が、
ドキュメンタリーとしておもしろいわけです。 |
三宅 |
うん、うん。
ひょうきん族も、ドキュメンタリーですからね。 |
土屋 |
ええ。 |
三宅 |
やっぱり、
『全員集合!』という、
ほんとに作りこんだものがあったので、
ドキュメンタリーに
せざるをえなかったんです。 |
糸井 |
「追いつめられて出ちゃう自分」
って、かならず起点になりますよね。
昔も今も、そういうところがあるんだろうなぁ。 |
三宅 |
ただ、
それに関しては、懸念もあるんです。
ひょうきん族は、全員集合という
作りあげられたことに対して、我々が、
壊す笑いを、ドキュメンタリーで作る……
すると、
「ああいうものがおもしろいんだ」
ということになって、
ある時から、バラエティがみんな
「作りあげるものではないもの」
になってしまったんです。
それはそれで、悪くはないんですけど、
作りあげるものも
できればいいかなぁとは思っています。
『水10!』なんかでは、
コントをやろうとしているから、
徐々に流れはできはじめていますけど、
どうしても、「壊す笑い」のほうが、
エネルギーがあって強いですからね。 |
糸井 |
ドキュメンタリーということで言うと、
三宅さんの作っている
「遅くおきた昼は…」は、
いつもついつい見ちゃうんです。 |
三宅 |
ありがとうございます! |
糸井 |
「これを見ているオレは何?」
と思いながら、見ちゃうんです。
あの番組は、なんなんですか? |
三宅 |
スタートは
「おばさんの井戸端会議」ということでした。
最初は音楽番組ということで作っていたから、
それぞれの好きな曲を持ってきて、
曲をかけて、それにまつわる
お話をしていただけだったんです。
だけど、あるときから、もう裏が
『サンデープロジェクト』
だとか、男のニュースばかりだったので、
「不平不満愚痴で女三人」
で女の駆けこみ寺みたいなものに
しようということになりまして……。
あの番組には、
約束ごとは、ひとつしかないんです。
「ある意見に対して、
イエスが三人になっちゃうと
つまんないから、
二人がイエスと言ったら
一人がノーと言う」
そこだけなんですよ。 |
糸井 |
あぁ……なるほどなぁ。
その約束ごとは、
全員が認識しているんですか? |
三宅 |
はい。
不思議なことに、
最初は森尾由美さんだけが
結婚していたのに、
そのうちに、未婚だった
松居直美さんが婚約して結婚して別れて、
さらに貴理子さんが結婚してと、
三人の「二対一」の
ドキュメンタリーになっていったんです。
ですから、見てくださる女性は、
「自分はあの三人のなかでは
どういうポジションなのかなぁ?」
と、かならず
想像できるんじゃないかと思うんです。 |
糸井 |
あれって、
企画書が見たい番組ですよね。
あれはあれで、企画書を作るわけですよね? |
三宅 |
はい。もちろん。 |
土屋 |
三宅さんの番組を見て
「女三人集めて、本音で
しゃべらせたらなんとかなるんだ」
とマネした番組は、
たぶんたくさんあるんだと思う。
だけど三宅さんの番組には、実は
「二人がイエスと言ったら一人がノー」
というきちんとした
演出が用意されているわけで……
そこまで見抜けるテレビマンって、
ほとんどいないですよね。
その演出が、
番組を作る面ではすごく大事なところなのに。 |
三宅 |
あの番組は、そこしかないんです。 |