糸井重里は「ほぼ日」をはじめてから、
コピーの手法や技術についての話を
積極的に伝えようとはしてきませんでした。
でもやっぱり、一時代を築き上げた
広告コピーの話はじっくり聞いてみたい!
そんな機会をずっとうかがっていたら、
「前橋BOOK FES」の新聞広告で
糸井さんがひさしぶりにコピーを書くことに。
ほぼ日の編集者であるぼく(平野)は、
コピーライター出身なので興味津々です。
新聞広告を振り返りながら教わりました。
糸井さん、あのコピーってどう書いたんですか?

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4 「今日は寒いですね」で話そう。

――
糸井さんが広告のコピーをつくることになって、
さてだんだんと
イベントの開催日も近づいてきました。
糸井
最初に「本当に来るんだよ」と言ったら、
次は、どういう失敗があるかを考えて、
やっぱり本好きな人が集まっている感じに
なることだったんですよね。
だから「前橋でなんかやってるらしいよ」じゃなくて、
「おれも行こう!」って
思ってもらいたかったのがこの次の回なんです。

上毛新聞で10月17日に掲載された広告(クリックすると拡大画像が別ウインドウで開きます) 上毛新聞で10月17日に掲載された広告(クリックすると拡大画像が別ウインドウで開きます)

ーー
まさに地元のかたに向けたメッセージですね。
糸井
このときには、
JINSの田中仁さんがやっている
若い起業家の勉強会におじゃましたんです。
あの場で「なにかやりたいんだけど、
なにをしていいかよくわからない」
みたいな雰囲気を感じたんですよね。
積極的に講演とか聴きに来る人でもそうだとしたら、
前橋にいる人だとか、
町のもうちょっと外にいる人たちにとっては、
なにをしていいかどころか、
「なにかあるらしい」さえわかってないと思って。
物見遊山でいいから出かけてみよう、
という気持ちに持っていきたかったんです。
それで「外の人が来るよ」っていうことが
ものすごく意識されたのがこの回なんですよ。
「前橋は、はじめてですか?」って書いてあるけど、
前橋の人に向けてそのコピーを書いているわけです。
外の人が来るぞと思ってもらいたいから。
ちょうどこの頃は、前橋に行く社内のメンバーで
どのくらい寒いかの話をずいぶんしていたの。
――
どの服を着ていこうっていう話はしていました。
この広告が掲載されたのが10月17日ですよね。
「あ、本当に今月末行くんだな」と
だんだんと現実味を帯びてきた時期でした。
糸井
「タイツは要るのか」とかそういう話をしてましたよね。
「前橋は風が強いらしい」とか言っていて、
実際に風を見て、みんなびっくりしてましたから。
地元の人も「その頃は寒い」っていうのは
打ち合わせの中でしょっちゅう言っていました。
だからと言って「寒いからイヤだ」という話じゃなくて、
「今日は寒いですね」って話しかけるように
呼びかけることで、
その「寒い」を、価値の基準から外に出したんです。
――
そうか、会話のきっかけになるんですね!
糸井
そう、コピーライターだった平野くんに
教えたいのはそこなのよ。
――
勉強になります。

糸井
つまり、「寒いけれど我慢して」でもなければ、
「そんなに寒くないですよ」でもないんです。
「寒いですね」っていうのは
話のテーマになるっていうふうに、
その価値基準から外に出したんです。
――
「寒いですね」と「はじめてですか?」で。
糸井
「はじめてですか?」って話しかけるってことは、
前橋の人じゃない人がいるのが
もう目に見えるわけですよね。
ここには同じキャラクターしかいないけど、
あっちこっちで対面させているのが
この回のビジュアルでした。
――
ヨシタケさんに描いていただいた素材は
何人かしかないわけですもんね。
それなのに、よくここまで
バリエーションを出せるものだなあって(笑)。
糸井
これを見たときにいいなと思ったのは、
土でできた人みたいなのがいるんだよ。
――
いますね、いますね。
糸井
これが異邦人を表しているようにみえて、
たぶん、デザインをしている廣瀬さんも
いつもよりも目立たせてるんだよね。
――
はあー、なるほど。
糸井
ボディコピーにはこんなことを書いてます。
「本を持って、本と出会いに、本を語ろうと、
たぶん全国から、
お客さんたちが前橋にやってきます。」
‥‥まだ、「たぶん」って書くしかないからね。
――
イベントの2週間前ですもんね。
糸井
そして、こう続きます。
「観光でも商用でもなく集まってくれる人たちは、
ある意味、ちょっと好奇心のつよい人かもしれない。
いろんなことを知りたいし、
たのしい思い出を持って帰りたいと思うのです。
ちょっと恥ずかしいかもしれないけれど、
ぜひ、本のことやら前橋のことお天気のこと、
なんでも話しましょう。
ここではじまる交流が、これからの前橋や
群馬を変えていくかもしれません。」
本当にそうなったじゃないですか(笑)。

――
この広告のありかたって、
東京オリンピックが決まったときの
「日本に外国人のお客さんがいっぱい来るよ!」
という感覚に似ていますね。
糸井
うん、構造は同じですね。
ボディコピーも書いていておもしろくてね、
どんな気持ちで読んでるかなって
想像しながら書いていました。
前の回を読んでいない人もいるだろうけど、
シリーズでどんどん進んでいくから
「おもしろいことがあるんだ!」って
知ってもらうのがとにかく重要なんです。
最初は「本で元気になろう。」に
全部寄っていたはずのものでした。
でも「話してみようよ」と書いてあるとね、
遠巻きに見るようなことじゃなくなるんです。
さらに、ボランティアの人たちも募集しましたよね。
前橋から応募してくれた人もけっこういて、
彼ら、彼女らが率先して話しかけてくれていました。
これは、その台詞のひとつのモデルですよ。
――
ボランティアさん、
ほんとうによく話しかけていましたよね。
糸井
ボランティアの人たちがいたおかげで、
その日にひとりで行っても
しらけちゃうようなことがなかったですよね。
で、開催の半月前になると、
本の集まり方っていうのが見えてきました。
ぼくの友達でも「おれ、行きますよ」みたいな人が
だいぶ見えてきたんで、
人数がちゃんと集まるかなっていう心配は
そんなにしなくなっていました。
――
この広告ではシリーズを通して、
前橋のかたがうなずくようなことばが
あえて入っていると思うんです。
「だるま市」や「弁天通り」という通りの名前とか。
そこも前橋にゆかりのあった
糸井さんならではなのかなと思って。
糸井
この仕事では、前橋に住んでいる人たちの
心と状況みたいなものを
ぼくが取材済みなんですよね、ある意味で。
これをたとえば広島でやることになったら、
こんなにスムーズにはつくれないんじゃないかな。
――
全然知らない土地でつくろうとすると、
もっと表層的な情報になりそうですよね。
特産物とか、観光名所とか。
糸井
兵庫なら「白鷺城の」とか言いたくなるよね。
そう、取ってつけたようにはなっていないはずです。
自分が育った土地のことを悪くは言っていないんだけど、
「本当に客観的に見て、たいしたことないですよね」
という気持ちは共有できるんですよ。
他人が言うと腹が立つかもしれないけど、
「だって、そうじゃない?」って言えるんですよ。

(つづきます)

2023-02-24-FRI

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