糸井重里は「ほぼ日」をはじめてから、
コピーの手法や技術についての話を
積極的に伝えようとはしてきませんでした。
でもやっぱり、一時代を築き上げた
広告コピーの話はじっくり聞いてみたい!
そんな機会をずっとうかがっていたら、
「前橋BOOK FES」の新聞広告で
糸井さんがひさしぶりにコピーを書くことに。
ほぼ日の編集者であるぼく(平野)は、
コピーライター出身なので興味津々です。
新聞広告を振り返りながら教わりました。
糸井さん、あのコピーってどう書いたんですか?
- 糸井
- 最後のおまけとして、
イベントが終わってから出た広告ですが、
これにはぼくたちも驚かされましたね。
- ――
- みうらじゅんさんとの
トークイベントから生まれた4コマ漫画
『じょうもうくん』が実現しました!
- 糸井
- いまならではのことだから、おもしろいですねえ。
たしかにそのトークイベントで、
ぼくはみうらじゅんを騙しました。
- ――
- みうらさんを騙した(笑)
- 糸井
- いろんなことでからかっていたけど、
みうらはいつまでも覚えていたんだよね。
「じょうもうくん」ってタイトルまで覚えていた。
みうらが信じちゃったのは悪かったなと思って、
トーク中に訂正したんじゃなかったかな。
会場には上毛新聞の方、
どなたかいらっしゃったんですか。
- 上毛新聞
- 我々は外のブースにいたのですが、
トークイベントの会場に
うちの記者とカメラマンがおりまして。
- 糸井
- そうか、社内のかたがいらっしゃったんですね。
- 上毛新聞
- トークイベントが終わってから
そのカメラマンが我々のもとに戻って来て、
「大変なことが起きた!」と。
- 一同
- (笑)
- 上毛新聞
- 「すごく上毛のことを言っていただいてます!」
という報告をもらったんです。
その彼がとても興奮していたのもあって、
あまり上手に説明できなくて(笑)。
- 糸井
- いいですねぇ。
- 上毛新聞
- その後でYouTubeに上がった動画を拝見しまして、
我々も「これは大変だ」となりました。
全社員に「このYouTubeを見てくれ」と回覧をして、
社内もおおいに湧きましたね。
「『じょうもうくん』は本当に出るのか?」と。
これは先手を打っておかねばと思って、
上毛新聞のTwitterで
「広告スペースをご用意してお待ちしております」
というふうに、既成事実として
その日の晩のうちにツイートしたんです。
- 糸井
- いやあ、勇気づけられました。
これは一種の企業広告ですよね。
つまり、この紙面全体が企業広告で、
上毛新聞がどういう姿勢で、
みなさまの新聞をつくっているかがよくわかるし、
この対応力も見事に証明しましたし。
- ――
- これは上毛新聞さんに聞きたかったことで、
最後のおまけの広告では
通常の5段のバージョンと7段のバージョンで
2種類のデータを提出していましたよね。
この変則の7段を採用いただいたことって、
ものすごい英断なのではと思いまして。
- 上毛新聞
- 2パターンのデータをいただいたときには、
正直「ちょっとむずかしいかな」という
第一印象から入ったんです。
ですが両方をプリントアウトをしてみますと、
どうしても変形の方がよかったんですよね。
もしかして我々が試されているように感じまして。
- 一同
- (笑)
- 上毛新聞
- 「上毛新聞はどっちを選ぶんだ?」というふうに、
突き付けられているように感じたんです。
これは内幕のお話ですが、
じつはこの広告で使っている面は、
本来なら変形に対応できる面ではなかったんです。
広告代理店さんからオファーがあっても、
「こういうのはできない」とお断りをしていまして。
- ――
- ふつうであれば、無理ですよね。
- 上毛新聞
- ただ、最初に「じょうもうくん」の話が出た
YouTubeをみんなに共有していたこともあって、
「こういうデザインが来て、変形でやりたい」
という話を持っていったら、
意外とスムーズに話が通ったんです。
- ――
- へえーっ!
- 上毛新聞
- これもびっくりしたんですけど、
社内も「やろう!」というムードだったので。
もっと難航すると思ったんですけど、
ゲラを両方見せると、みんな「こっちだ」となって。
じつは、自分たちのいる広告関連部署が
いちばんの難関だったんですよね。
いままで断ってきた経緯はあったのですが、
最後の最後に「NO」と言うのは‥‥、
ちょっと我々のプライドが許さない。
- ――
- 5段だったとしても、
また掲出してくださること自体が
ありがたいお話だと思うんですけど、
変形の7段だといろいろな調整も必要ですよね。
- 上毛新聞
- ある部署からは
「変形をやるときはもっと早く言ってくれ」
と言われたのですが、
「いや、じつはこういう状況で」と伝えたら、
「それじゃあしょうがない」と言われました。
- 糸井
- その辺りは前橋の人の気運ですね。
本当に、そういう地域性なんですよ。
「それならやらなきゃいけないんじゃないか」って。
なんて言うんでしょう。
前橋の人には軽はずみなところがあって。
- 一同
- (笑)
- 糸井
- 正直に言うとぼくは、
5段のデザインで出てもいいやと思っていたんです。
ただ、みうらが意外と大きく描いてきたのもあって、
この絵を小さくすると、
いっぱい描き込んであるのが読みづらくなるんです。
デザインをした廣瀬さんも、
それがもったいないなあと判断して、
ダメ元で勝手に7段を作ったんですよね。
ぼくは「5段を提出するんだけど、
話のタネにもなるし7段もいっしょに入れておこう」
という話をしていたんですよ。
だからこれは試したんじゃないんです。
選んでもらった結果、5段になったらなったで
ぼくらからしたら全然悪くないんだから。
と思ったら、根回しが効いていたんですね(笑)。
- 上毛新聞
- 「もうここまで来たら、最後まで全力で行こう」
という気持ちでしたね。
見比べると、どうしても大きい方がいいですし。
- 糸井
- それはそうなんですよね。
これはちょっと新聞広告界でも
初めてのことなんじゃないでしょうか。
- ――
- そもそもイベントが終わった後に、
「ありがとね」っていう広告を出すことも
珍しいことですよね。
- 糸井
- その理由はわりとわかっていて、
誰も儲けないからなんですよね。
イベントは終わっちゃったんだから、
ぼくらが得をするとかでもないし、
上毛新聞が媒体料を稼げるとかでもない。
誰も得していないはずなんです。
このおまけの1回はみんなで損するイベント。
つまり「ポトラッチ」、贈与のイベントなんです。
思えば、この贈与する考え方も
気仙沼とのお付き合いがヒントになっています。
- ――
- あ、ここでも気仙沼が。
- 糸井
- これまで何回も話していることですけど、
被災した年の9月か10月かに気仙沼に行って、
避難している親戚の家の庭先で、
バーベキューに誘ってもらったんです。
ただ、ぼくらは地元の人の食べ物を
奪ってしまうことが気がかりでしたね。
ただ、せっかく誘ってくれたのを
無下にするわけにもいかなくて行くんです。
ホルモン焼きとかを焼いて
「食べて、食べて!」って言われるんだけど、
ぼくらからしたらやっぱり
「いやあ、やっぱり食べにくい」と思うんです。
でも気仙沼の彼らからしたら
「ご馳走したくてしょうがなかったんだよ」と。
- ――
- なるほど‥‥。
- 糸井
- つまり、外から来た人にご馳走するまでも含めて、
「元気になる」ってことなんですよね。
人って、もらうだけでは生きていけないんです。
「人にご馳走したりあげたりするっていうことが
やりたかったんだから、やらせてくれ」って。
ぼくは現場でそのことばを聞いたから、
これからはそれを覚えておこうと思いました。 - それからは、ご馳走をしてもらえるように
ぼくらは手伝うっていうのがテーマになったんです。
この前橋の話でも、ぼくらはぼくらで
かなり持ち出しもしながら運営していたけれど、
持ち出しできる幸せは当然あるわけです。
今度は、前橋の人が外から来た人に
ご馳走してくれるようになるといいですよね。
だって、外から来る人は旅費を使って、
本を持って、泊まる人は泊まっているから。
最低でも3万円ずつは使っていますよね。
- ――
- しかもホテルがどこも埋まっていて、
予約が取れなかったって聞きましたよね。
- 糸井
- だから「伊香保から来たんです」とか、
「伊香保も高い旅館しか空いてません」とかね。
でも、みんな文句を言わずに、
泊まれないから日帰りにするだとか、
2日とも来ればいいんだとか、
いろんなことを言ってくれました。
前橋の人からしたら、
駅からの道が遠くてしょうがないと思っているけど、
来た人は「遠い」なんて、誰ひとり言わないの。
- 一同
- (笑)
- 糸井
- みんな、自分の車で動いているから
地元の人たちは歩かない距離ですよね。
東京から来た人たちが
あの距離を平気で歩けるっていうのも、
ある種の文化衝突だったんじゃないかな。
- ――
- 東京の人って、けっこう歩きますよね。
- 糸井
- 歩く、歩く。実際、たいした距離じゃないし。
前橋に前乗りしたときに、
駅前の温泉施設まで歩いて行ったけど、
前橋にいた頃なら遠いと思っていたんです。
今はもう全然、何とも思わない。
そういう「遠いでしょう?」みたいな話も、
「寒いでしょう?」と同じように
全部がネタになる話なんですよね。
- ――
- 話しのネタは探せばいっぱいですね。
- 糸井
- 「何もないけど、ようこそ」っていうのは、
親切さだとか人柄でカバーするしかありません。
その話は広告の中にも入れられました。
このおまけの回では「よかったね」って話だけど、
「運だよね」っていうのも入っていました。
天気がよかったのも運だし、
そのおかげで助かったことはあったはずです。
今回、運のおかげで助かったような部分は
反省会でちゃんと直しておく必要は
あるなあと思うんですよね。
で、広告の話に戻りますけど、
状況に合わせてクリエイティブが変化していく。
いま何が聴きたいか、何を言いたいかってことを、
マーケティングじゃなくて、
心と心の問題として広告を打たないといけない。 - マーケティング的な言い方をすれば、
この広告を打ったことで
どれだけの人があの場所に足を運んでくれたとか、
手伝ってくれたとか数字に出るものなんでしょうけど、
それをカウントしてもしょうがなくて、
見ている姿が想像できればいいんです。
テレビ欄とかお葬式の記事を見ようとして
新聞を開いた人がこのブルーの紙面を見たときに、
「上毛新聞、なんか変なことしてる」って、
たぶん驚いてくれたと思うんですよね。
写真じゃなくてこういう形でのカラーって、
やっぱりちょっと特徴があったわけだし。
(つづきます)
2023-02-26-SUN