世界の感じ方が少し変わるかもしれない
旅があるなら、行ってみたいと思いますか?

いろんな地域の方と関わる「ほぼ日あっちこっち隊」。
北海道では、増えすぎているシカの話をきっかけに
道東の西興部(にしおこっぺ)村にたどりつき、
さまざまな方と仲良くさせていただいています。

狩猟、釣り、きのこ狩りや山菜採りなど、
豊かな自然とともに、思い思いに暮らす人々。
あいまのおしゃべり。都市とは違う時間の流れ方。
固まっていた考えがほぐれてゆきます。

この魅力をいろんな方に紹介できたらと思っていたら、
エゾシカ旅行社さんのツアーへの企画協力のかたちで、
ほぼ日も関わらせてもらえることになりました。

知らない方も多い土地だと思うので、
ずいぶんしっかりめに紹介してみます。
あなたもぜひ、西興部に出かけてみませんか。

(写真=幡野広志)

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5. ゲストハウス「ガコッパー」のこと。

 
この西興部村ツアー、つづいてお伝えしたい
「ハンティング」や「釣り」などと並ぶ
大きな魅力のひとつが、独自の魅力を持つ
ゲストハウス「ガコッパー」での滞在です。

 
西興部村の中心部から少し離れた場所にある
中学校の校舎だった建物を改装したゲストハウスは、
どこか別世界のような趣もある宿泊施設。
職員室が食堂になっていたり、
黒板のあるワーケーションルームがあったり、
この場所ならではの空気で満ちています。

 
ごはんがおいしいのもポイントで、
旅の途中に「ごはん+おかず+汁物」といった
日常的な献立を味わえてほっとします。
さりげなくエゾシカやクマのジビエ、
地元の牧場のおいしいチーズ、
裏庭でとれた野菜が登場するのも嬉しいところ。

 
オーナーの浅野さん夫妻は
DIY精神に溢れた人たちで、
建物の中も外も「これはなんだろう?」と
思うものがあちこちに。
行くたびにちょっとずつ、
新しい工作が増えているのもおもしろい。

 
この場所の独自性をあらわす象徴的なものとして、
裏庭にはなんと、中にも入れる
本格的な「竪穴式住居」があります。
この前でイベントがおこなわれることもあり、
ふしぎな集落のような感じもあります。

 
今回の西興部ツアー、あえてこの場所で
滞在していただくことにした理由が、
「日常とまったく違う時間や、
人々との関わりをたのしんでほしいから」。
運営されているのは、旅を愛するご夫妻の
浅野和さんと千世さん
(和さんもまた、狩猟免許を持つ
西興部村のハンターのひとりです)。
2016年に「ガコッパー」をオープンし、
現在10年め。
だんだんと人が集まる場所に育ててきました。
もともと国内外をバイクで旅をしながら
型にとらわれず生きてきたおふたり。
どのような経緯で、西興部へやってきて、
ゲストハウスをやりはじめたのか、
お聞きした話を少し紹介させてください。

──
おふたりは「ガコッパー」をされる前は、
バイクで旅をする生活をされていたんですよね?
はい。ぼくは札幌が地元なんですけど、
昔からずっとバイクで家出状態で(笑)。
旅行者として国内を巡ったり、
アラスカに行ったり、ロシアを横断したり、
根無し草のように、ふらふらしていたんです。
途中からふたりで旅をするようになって、
「結婚して住む場所を探す」みたいな感じで
海外も行ったりしてたんです。
けど、あちこちまわってみて、
「やっぱり住むなら日本がいいね」となったんです。
日本はごはんもお酒もおいしいし、
お城、お寺、伝統芸能などもすばらしいから。

──
それで、住むなら西興部だ、みたいな?
そうですね。
とはいえすぐに西興部に決めたわけでもなくて、
「日本をあらためてまわって、暮らす場所を探そう」
みたいに、2人で別々に
日本をまわったこともありました。
千世
それって意味あるのかって感じですけど(笑)、
くまなく見ていい場所を探そうと、
「それぞれバイクで西回り、東回りで
日本をめぐって、最後に宗谷岬で落ち合おう」
みたいなことをやったりもしたんです(笑)。
──
そういうなかで、西興部を見つけて?
ええ。まあそれも、なんとなく縁が深まって、
という感じですけど。
ある時期、西興部村のキャンプ場が気に入って、
しばらく滞在してたんです。
テント張って、毎日釣りしたり、
山登りしたりして暮らしてて。
で、あまりにずっといるものだから、
村の人たちとのコミュニケーションも増えて
「ここ、管理人を募集してるんだけどやらない?
夏の半年間だけなんだけど」
「あ、やってみようかな」みたいになって。

──
へぇーっ。
それで、そこの無料キャンプ場の
管理人をやるようになったんです。
だからしばらくは、
「夏はキャンプ場の管理人、
冬は北陸の酒蔵で日本酒造り。
そのあいだは海外をめぐって」
みたいな生活をしていました。
千世
そうやってるうちに、この元中学校の校舎の話も
自然に生まれて、
「住める場所があるけど見てみる?」
みたいに言ってもらって。
──
すごい、だんだん縁がつながって(笑)。
それで来てみたら、
半分放置されてるような状態でしたけど、
元学校ということと、この広さに惹かれて。
「学校を家にしていいんだ」というところに、
おもしろみと自由を感じたんだと思うんです。
そこから思い切って、
「じゃあゲストハウスをやってみよう」
みたいにやりはじめた感じですね。

──
もともとゲストハウスをやろうという思いも
あったんですか?
そういうわけでもないけれど、
ぼくらも旅するなかで、いろんなホテル、
安宿、ゲストハウス、ライダーハウス、
さまざまな場所にお世話になって、
いろんな思い出が宝物みたいになってるんです。
だから
「自分たちがそういう場所を作れるかな」
とも思ったんですね。
──
ここで暮らしていくことは、
千世さんも大丈夫でしたか?
千世
もともと古いものが好きで、
この建物の古いガラスとか廊下とかの感じも
好きだったから、いいなとは思ったんです。
まあでも最初はだいぶ汚かったから(笑)、
「ここをきれいにしなくちゃ」みたいな
使命感が大きかったかもしれない。
この場所がもっときれいになって、
人が集えるようになったら、
お世話になってる村の人たちにも
恩返しじゃないけれども、
なにか役立てるかな、みたいな感じもあって。
──
ええ。
千世
あと、各地をバイクでまわりながら
人と接することは多かったんですけど、
「この土地はいいよ、おいで」みたいに
言われることって、あんまりなかったんです。
だけど西興部村はなんか、
村のおばさんたちが何人も
「住みやすいよ。ほんといいとこだよ」
とか言ってて。
「ここはなんだかほかの場所と違うな」
「住んでみてもいいんじゃないかな」
と思えたんですよね。
移住でやって来る人で、合わなくて
出ていく人もやっぱりいるんですけど、
自分たちは気持ちよく暮らせてて、
うちらには合ってたんだなあって思いますね。

あとぼくとしては、この場所の
「何もないゼロスタート」という部分に
しっくりきたのもありますね。
西興部村に移住を決めた大きな理由に、
「誰も知ってる人がいなくて、なんのコネもツテもない」
というのがあったんです。
そういうフラットなゼロの状態に、
自分を1回置いてみたかったんです。
「そういうところで、どこまでできるのかな?」
「自分は何者にもなれるんだ」
みたいなことをやってみたくて。
──
ああ、ゼロスタート。
もともと「村人(むらびと)」にも
憧れがあったから、
これはチャンスだとも思って(笑)。
ここで暮らしはじめて、
俺、ようやく村人になれたんです。
──
憧れの村人(笑)。いいですね。
「ガコッパー」のおもしろさとして、
けっこう一から作っちゃってるところが
あると思うんですけど。
なんと裏庭には「竪穴式住居」まであって。
そうですね、最初からそこまで
構想があったわけでもないんですけど(笑)。
でも、国内外あちこち行きながら
博物館や古い遺跡などを訪れていると、
大昔の住居って、どんな民族も、
だいたいみんな穴掘って、木を立てて、
三角の家を作ってるんですよ。
だから「バック・トゥー・ベーシック」
じゃないですけど、自分もそういう
建物を作ってみたいな、住んでみたいなっていう。

──
やりたいなと思って終わりじゃなくて、
実際にやっちゃうのがすごいですね。
まあ思いつきというか、ノリもありますけど(笑)、
そうやって、生きることだとか、
暮らすことについて考えてみたいなって。
ちょうど、そんなのできたらいいなって
思いついたタイミングで、
北海道浦河町出身の浦川治造さんという、
アイヌ民族の長老(エカシ)で、
関東圏でアイヌ文化の伝承・普及活動を
長年牽引されてきた方との出会いもあって。
その方と話すなかで
「つくるならやるよ。手伝うよ」
と言ってくださって、
一緒に作らせてもらったんです。
これまたものすごくおもしろかったんですけど。
とにかくこの「ガコッパー」は自由な場所で、
いろんな出会いのなかで、
自分がやってみたいことをひとつずつ、
どんどんやってみている感じですね。

(つづきます)

2026-04-06-MON

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