シリーズ第18弾の今回は、
福岡市美術館の近現代コレクションを拝見。
ウォーホル、ロスコ、バスキアからミロ、
松本竣介、桂ゆき、吉田博、中園孔二、
カプーア、グルスキー、塩田千春‥‥
そして菊畑茂久馬など九州派の面々など。
きらめきの所蔵作品の数々でした!
同館には見事な古美術部門もあって、
今回は取材できなかったんですけど、
2024年の
「ミュージアムキャラクターアワード」で
銀メダルに輝いた、
かの「こぶうしくん」には会えました!
お話くださったのは学芸員の忠あゆみさん。
担当は「ほぼ日」奥野です。

※展示替え等により、
現在は展示していない作品もあります。

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第3回 最初の1枚からバスキアへ。

ラファエル・コラン《海辺にて》1892 ラファエル・コラン《海辺にて》1892

──
たいへん大きな作品が飾られていますね。
ラファエル・コラン。
はい。フランスの19世紀の画家の絵で、
当館の第1号の収集作品です。
当時のフランスでは
印象派が一世を風靡していたんですけど、
この方は、
アカデミックな世界で活躍していた作家。
──
いわゆる「サロン」を主戦場として。
公共施設の壁画だとか、大学の講堂とか、
パブリックな仕事をしていた人です。
コランは、日本など外国からの留学生や、
当時にしてはめずらしく
女性も受け入れていた
「アカデミー・コラロッシ」という学校の
先生をやっていたんです。
──
どうして、この絵を1作目に収集しようと。
失礼ながら、かならずしも、
いま、一般的に有名だとはいえないような。
彼のいたアカデミー・コラロッシには、
黒田清輝とか岡田三郎助とか、
日本の近代美術の先駆け、
いちはやく西洋画を学んだ人たちが
集っていたんです。
いま挙げた日本の作家たちは、
みなさん、九州のご出身なんですね。
つまりコランは
九州からはじまる日本の洋画の歴史の祖、
と位置づけることもできる。
であるならば
当館にとっても重要だ‥‥ということで。
──
なるほど、なるほど。
そして、三岸好太郎。
この方の絵は、竹橋とかでもよく見ます。

三岸好太郎《海と射光》(部分)1934年 三岸好太郎《海と射光》(部分)1934年

そうですね。北海道出身の画家で、
おっしゃるように
東京国立近代美術館の大谷省吾さんも
専門にされているシュルレアリスムを、
日本で
いちはやく取り入れた作家のひとりです。
──
ああ、シュルレアリスムの人なんですね。
たしかに地平線、水平線っぽい。
でも、この三岸さんが「いちはやく」?
はい。日本のシュルレアリスムというと、
東郷青児と三岸好太郎、古賀春江‥‥
などのみなさんが、早かったと思います。
日本のシュルレアリスムって、
なぜか貝殻が描かれることが多いんです。
──
たしかに!
北脇昇の《クオ・ヴァディス》とかにも
描かれていますもんね。
で、それは‥‥何でなんでしょうかね。
大海原をあてどもなく漂っては流れ着き、
またどこかへ行ってしまう‥‥
みたいなところが、
シュルレアリスムっぽいんでしょうか。
──
島国日本のシュルレアリスムには貝殻が、
ってことなのかあ。おもしろいな。
どこか遠くへ連れて行ってくれるような、
そういう存在が、
日本のシュルレアリスムにおいては、
ひとつ「貝殻」だったのかもしれません。
──
で、リキテンシュタイン、ロスコ。
水平線でそろえてみました。

【左から右へ】マーク・ロスコ《無題》1961 ©2026 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo C5411 ロイ・リキテンシュタイン《雲のある海景》1965 ©Estate of Roy Lichtenstein, New York & JASPAR, Tokyo, 2026 C5411 三岸好太郎《海と射光》1934 【左から右へ】マーク・ロスコ《無題》1961 ©2026 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo C5411 ロイ・リキテンシュタイン《雲のある海景》1965 ©Estate of Roy Lichtenstein, New York & JASPAR, Tokyo, 2026 C5411 三岸好太郎《海と射光》1934

──
あっ、本当だ! おもしろーい。
ロスコは海じゃないんですけど。
──
でも、ずーっとみてると
どこか意識が遠くへ行くような作品だし、
この並びはすばらしいなあ。
あと、桂ゆきさんの作品って、
こういう目のついてる絵が多いですよね。
はい、そうですね。
古賀春江や東郷青児の設立した
「アヴァンガルド洋画研究所」で勉強した方です。
はじめは日本画を学んでいたんですけど、
油絵をやりたいということで
アバンギャルドな方向に行った作家です。
そして、バスキア。

【左から右へ】桂ゆき《作品》1965 ジャン=ミシェル・バスキア《無題》1984 ジョアン・ミロ《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》1945 【左から右へ】桂ゆき《作品》1965 ジャン=ミシェル・バスキア《無題》1984 ジョアン・ミロ《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》1945

──
あー、これはバスキアかあ。
こうして日本の常設展をまわっていても、
バスキアの作品って、
あんまり見る機会がないような気がする。
そうかもしれないです。
当館にバスキアの見られる美術館マップを
つくりたい、
という問い合わせが来たことがあります。
九州では、
北九州市立美術館さんも1点お持ちです。
こちらは1984年の作品で、
日本で個展をやったときの作品を購入しました。
──
当時はすでに
カルチャーアイコン的だったんですかね。
自分は、90年代に公開された映画で
はじめて名前を知ったと思うんですけど。
すでに非常に人気があったと聞いています。
1983年に初来日したあと数年間、
日本に何度も来ていた時期があったんです。
カルチャー系の雑誌などに
取り上げられたりして、
日本でもスターになっていったんですけど、
そのとき日本で出会ったもの‥‥
仏塔なんかを絵の中に取り入れたりして。
──
なるほどー。おとなりはミロ。
はい。こちらは「星座シリーズ」といって、
ミロが
戦時中にはじめたシリーズがあるんですが、
中でも大きな作品ですね。
──
たしかにデカいですねえ。
ミロは第二次世界大戦のさなかに、
スペインのマヨルカ島に疎開するんですが、
その地での経験をもとに、
この作品は描かれているとのことです。
──
細い線を使って描きますよね。ミロって。
はい、それに加えて、この作品には
日本の書や水墨画のような太い線も
引かれています。
この「星座シリーズ」の以前には、
あまり見られない特徴なんです。
この時期、
日本通の友人がコレクションしていた大津絵を
熱心に見ていた、
というエピソードも残っています。
──
大津絵。
江戸時代の民衆絵画で、
粗いタッチで鬼などを描いた絵ですが、
ミロは、
そういう日本の筆のタッチや線の運びを
自らの作品にも、
取り入れていくようになったらしいです。
──
最近、どこかの企画展だったか
富山県美術館の常設展示だったか‥‥で、
ミロが来日したときに、
瀧口修造と交流している場面の写真を
見たような記憶もありますが、
たしか、すっごく親日家なんですよね。
そうですね。
ここまでで、1年を通しての常設展示は
いったん終了しまして、
次の展示室は、
季節毎に展示を変えていくスペースです。
──
あっ、吉田博さん!
はい。
まとまった数のコレクションがある作家です。

吉田博の版画作品 吉田博の版画作品

(つづきます)

2026-04-02-THU

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