
お笑いコンビ「令和ロマン」のくるまさんと
糸井重里の対談が実現しました。
なんといっても史上初、
M-1で2年連続チャンピオンを達成したくるまさん。
お笑い新時代を代表するイメージがありますが、
ご本人は「やってきたことが
時代のトレンドに乗っただけ」とおっしゃいます。
「令和」という時代のほうが、
令和ロマンの登場を待っていたのかもしれない。
そう感じてゾクゾクしてしまうほど、
自然に時代とシンクロしてきたくるまさんの歴史を、
全19回で浴びてください。
くるま
1994年、東京生まれ。
漫才コンビ「令和ロマン」のボケ担当。
結成6年目の2023年、
トップバッターでM-1優勝。
その後、第45回ABCお笑いグランプリでも優勝し、
史上初の「M-1優勝後にABC優勝」を果たした。
さらに、2024年度のM-1にも出場し、
またしてもトップバッターで優勝。
M-1史上初の二連覇を達成する。
2025年4月、吉本興業との契約を終了。
引き続き令和ロマンとして活躍を続ける。
- くるま
- ぼくはもともと、なるべく
ラクをしたくてお笑いを始めたので、
「あまり取り上げないでくれ」と
思っていたんです。
- 糸井
- 「注目しないで」と。
- くるま
- 最初の数年は、その気持ちでやっていました。
- 糸井
- だけど、そんな
「注目されるつもりがなかった令和ロマン」を、
人は認めちゃったわけでしょう。
ときどきは「人は自分のことを認めてるぞ」
という感覚を持つことはあったんですか。
- くるま
- いえ、全然なかったです。
- 糸井
- たとえば、サッカーで
「この地域では、あいつが強いんだよ」
と言われている子が、それを自覚するようなことも?
東京だとあまり、地域ごとの評価はないのかな。
- くるま
- まさに、ぼくは東京生まれで、
なにごとも調子に乗れずにやってきたというか。
- 糸井
- あははは。
- くるま
- 東京の練馬に生まれて「池袋には負けてるよね」
みたいな感覚をずっと抱いていたので。
自分の位置を客観視する力が
自動的に身につく街なんですよ、練馬って。
- 一同
- (笑)
- くるま
- 池袋ではしゃいでいたら、
「待てよ、新宿とかいう街があるらしいぞ」
「渋谷はもっと都会らしいぞ」と気づいて。
ああ、上にはもっと上がいるのね、
と思うことが多かったから、
「誰よりも認められたい」
という気持ちは生まれなかったのかもしれないです。
- 糸井
- ヒーロー願望の強い人は、よく
「世界一になりたい」って言うじゃない?
- くるま
- はい。
- 糸井
- でも、世界ってめちゃくちゃ遠いですよね。
- くるま
- 遠いです。
- 糸井
- ぼくも関東の地方出身なので、
いまくるまさんが言っていた
「『上』だと思っているものにも
さらに上があるんだろうな」という感覚は
常にありました。
クラスで一番いばってるヤツがいたら、
「クラスの数だけ一番がいるんだろうな」
と思っていたし。
市があって、県があって、
関東地方があって、日本があって‥‥と考えると、
「自分、ほんとにたいしたことないな」
と思う癖がついていて。
- くるま
- わかります。
- 糸井
- 関東圏以外の人とお話しすると、
「一丁当てたろか」と言う方が多くて、
羨ましいです。
- くるま
- ぼくも、本当に羨ましいんです。
ある意味、ほかの地域のすごい人やモノの情報が
入ってきにくいからこそ、
持てるエネルギーがあると思います。
「いい勘違いができる」というか。
- 糸井
- やっぱり、育った風土は、
考え方に相当影響してきますね。
親の教育も関係あるかもしれません。
ぼくは家のなかでも、
いい気にならないように
「おまえ、たいしたことないんだぞ」と
言われてました。
- くるま
- うちは、けっこう自由行動で、
全員が別の方向に走り出す感じでした。
- 糸井
- へえー。それにもかかわらず、
「上には上がある」と思ってたんですね。
- くるま
- 逆に、ひとりっ子のうえ、
家で一番にかわいがられてたら、
「家のなかでの天下」みたいなものを
感じていたかもしれないです。
でも、あまり自分に注目が集中することが
なかったから、ぼくも外に視線を向けがち
だったんだと思います。
そうすると、気づいてしまうじゃないですか、
「もっと上がいるな」って。
- 糸井
- ああ、「通用しないな」と。
- くるま
- テレビを見ていても、
「この人おもしれー」と思った芸人さんや、
大御所の司会者さんが、別の大御所に
「なにやってんだ、おまえ!」と
はたかれていたりして。
「すごい人の上に、もっとすごい人がいる」
という構造に、完全にひれ伏しながら
生きてきました。
1月4日更新の内容に、
(明日に続きます)
2026-01-04-SUN