「東京糸井重里事務所」時代から
何十年も「社長」をつとめた糸井重里が、
次の旗手に役割を渡すことにしました。
新しい社長は、ほぼ日黎明期から在籍した、
みんなが「あやさん」と呼ぶ小泉絢子です。
糸井は会長となりました。
どうしていま? これからどうなっていく?
ふたりに訊いてみました。
インタビュアーはほぼ日の菅野です。

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第5回 給料を払う

──
糸井さん、会長としての仕事は
どんな感じでしょうか?
糸井
「会長さん」の仕事は、とにかく
人に会うことです。
意識してやってるけど、まだ足りてない。
でも、それはぼくだけじゃなく、
いまいろんな部署で、
新しい人たちと手を繋ぐ動きがあるでしょう。
小泉
これまであまりやってきませんでしたが、
「協業」は、もっといろんなところとできる
可能性があると思っています。
「ほぼ日と組むと何ができるんだろう?」
と思ってもらえることがたくさんあって、
私自身はそのあたりにとても興味があります。
ほぼ日は手づくり体勢が特徴でしたが、
全部が全部、自前である必要は
ないんじゃないかな。
もちろん、うちの性格は大切にする観点で、
私もたくさんの企業の方とお会いしています。
──
社長業でいちばん重要だと
思ってることはなんですか。
小泉
社長業でいちばん‥‥なんだろう。
ええっと、ポジティブな意味で、
会社を潰さないことです。
──
ポジティブな意味で。

小泉
私は社長という椅子に座って、
はじめて思ったんです。
それは糸井さんがよくおっしゃっていた
ことなんですけれども‥‥
いや、副社長のときももちろん、
同じ気持ちでやっていましたけど、
ひとたび社長になったら、
財務諸表の見方なんて急に変わりました(笑)。
つまり、ちゃんとお給料を払うこと。
この重要性が芯からわかった。
ときどきみなさんのお子さんの顔とかも
思い出しちゃうんですよ。
あと「あ、ローン組んだんだ」とか(笑)。
糸井
どうです、
これが「代替わり」です。
──
そうかぁ(笑)。
小泉
社長でいちばん大事なことは、
給料を払うこと。
これ、糸井さんはずっとおっしゃってたな、と。
糸井
すっごいちっちゃいことに聞こえるけど、
これはでかいんです。
小泉
噂には聞いてたんですけど(笑)、
「ああ、これか」と。
私、いま思い出したことがあって。
いつだったか菅野さんもいっしょに、
糸井さんと九州に出張しましたよね。
あの道中でバナナの叩き売りの発祥の地がありました。
糸井さん、写真撮りましたよね。
糸井
撮ったね。
小泉
あのとき、
この写真はパソコンに貼っておこう」
と思って見てました。
バナナを売っても、
とにかくみんなに給料払おう、って
ことなんだろうな、と。
糸井
ぼくね、昔から
バナナの叩き売りが好きなんだよ。
バナナを本気でおいしく販売するには、
仕入れの問題以外にも、やっぱり方法があるの。
バナナの叩き売りのように、
いろんな方法を考えて稼ぐことはあり得るんだと
昔から思ってて、
あのとき偶然「発祥の地」に立ててうれしかった。
小泉
アイデアを出し、かつ、稼いでいく。
乗組員に給料を払うということはつまり、
稼がなきゃいけないわけで。
──
たのしいことでお金を稼いでいくことを軸にして、
バナナの叩き売りのように、
その方法をたくさん考えてきた、と。
糸井
思えばこれまで、
ほんとうに運がよかったんだ。
──
しかし運って、
ただ運がいいだけじゃないですよね。
何が運を呼んでくるのでしょうか。
日頃の行いでしょうか。
小泉
あ、私はそう思います。
じつは赤城山頂にある
「ほぼの駅 AKAGI」
1月1日にオープンしたんですよ。
糸井
開けたよね、すごいなぁ。
小泉
赤城山の山頂は、
峠を攻めるライダーのみなさんが集まって、
初日の出を見る場所でもありますから。
元旦の「ほぼの駅 AKAGI」にも、
若いみなさんがたくさん来場してくださいました。
すると、そのなかのおひとりが
「お宅の会社、徳積んでんの?」
とおっしゃったんです。
──
わははは。
小泉
そのとき、ああ、
やっぱり会社って
こうやって成っていくものなんだ、
こういうことだな、と勉強になりました。
多くのみなさんがオープンを喜んでくださって
「これからいいことあるよ」なんて言われました。

糸井
つくづく、ぼくの社長時代だったら、
「開けろ」という決断はなかったなぁ。
オープンしたほうがいいのはわかるけど、
みんなを巻き込むし、とても言えないです。
でも、新社長は自分で赤城に行って働く人だから。
小泉
開けろと言った手前、行きますよ。
──
そしてスタッフを車で迎えて回って、
自らの運転で山頂へ。
小泉
開けたら喜んでもらえることは
わかっていたからです。
なぜなら私たちは、好かれたい。
──
そうですね、みなさんに好きでいてほしい。
小泉
「ほぼの駅 AKAGI」を開けた風景を見たい。
1年待てない、いま見たい、
そう思うと、いてもたってもいられなくなり。
糸井
総勢10人のスタッフが集まったんだよ。
小泉
東京3人組と、
現地のスタッフ7人です。
ありがたかったです。
糸井
あやちゃんの代になって、人も集まるし、
そんな決断ができるようになった。
現地の人の動きも含めて、すごく心強いです。
小泉
年末年始は、
これからどういう会社になっていくのか、
どこを残していきたいか、と
私なりに考えていた時期でもあったんです。
たとえばこれが個人商店であれば、
お客さんがたくさん来て
喜んでくださることがわかっていたら、
無理してでも開店されると思います。
これは今後、どんなに会社が大きくなっていっても、
同じだなと思いました。
それをね、今年の1月1日に(笑)、
思いました。
糸井
いい出発ですね。
小泉
来てくれたみなさんにありがとうという心、
個人商店的な、
もともとのほぼ日が持っていた心の部分は
残したいです。
糸井
土日も毎日更新してる理由も、
それだもん。
「やっぱり旦那、ちゃんといつもいるよね」
というのがいいお店です。
小泉
思えばそうですよね。
さらに、訪れて楽しく、
毎日ひとつでも新しく書き換わってるところがある。
上手になるところは上手にしたいし、
端折れるところは端折ったほうがいいけど、
そうじゃないところをどうやって残すか。
これはほんとうに私は、
力を入れてやりたいと思っています。

(明日に続きます)

2026-03-23-MON

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