第4回 「いちファン」からの電話。

糸井
「おまえは、かまぼこ板に
 『みうらじゅん』と書いて商売しろ」
とぼくが言ったのは、
みうらを語るうえではものすごく大事なんです。

つまり、自分の表札で仕事をする人と、
誰かのチームで仕事をする人って
種類が違うんですよ。
自分の表札で仕事をする人は、
売れていようが売れていまいが、
その人が「リーダー」なんです。
くだらないことをやったり、失敗しても、
ぜんぶ自分のせいです。

チームで仕事をする場合は、
その人がリーダーとは限らない。
リーダーの役をやってもいいんだけど、
誰かの引き立てで何かやることだってあるし、
いろんなことがある。
それは、種類がぜんぜん違うんです。
みうらは、失敗するのも成功するのも
自分がリーダーの仕事しか向いてないと
当時の俺は思ったわけ。
みうら
はじめからそれは
見抜かれていたんですよね?
糸井
うん。
たぶんみうらは冗談じゃなく、
ある意味スーパースターになりたい人だから、
それしかないんだよね。
だからといって、みうらが
絵じゃなく字を書くと、
「そのくらいの文章を書いてるやつ」は
当時、いっぱいいたんです。
みうら
はい。
糸井
みうらは絵が描けて字が書ける。
それがすごく大事だった。
漫画をやめちゃったら、
人の都合のいいとこで役に立つような
ライターになっちゃうから、
それはおもしろくないと思ってた。
みうら
いまだに雑誌『映画秘宝』には
漫画を描かせてもらってるんです。
もとは文章で頼まれた連載で、
絵は要らなかったのですが、
「いや、ここに漫画を描かせてもらわないと困るんだ」
と自ら言って、描かせてもらってます。
あいわらず同じタッチでね。
糸井
みうらは、いまはもう
文だけで成り立つけど、
あの頃あのままやってたら、ダメでしたね。
だから、急にみうらが
「すみませんでした!」てかんじでやった
漫画の仕事が
俺はものすごくうれしかった。
『アイデン&ティティ』ね。
ホントに、泣いたぐらい喜んだよ。

▲『アイデン&ティティ』1992年12月(青林堂)
  角川文庫版もあり。

みうら
ありがとうございます。
本が出たとき、糸井さんから
電話いただきました。
糸井
俺、電話した?
みうら
ええ。
糸井
そうか。
みうら
電話取ったら、
「あのぅ〜、『アイデン&ティティ』の
 いち読者なんですけど〜」
って、もうこっちは糸井さんだと
わかってるんですけど(笑)、
怒られたら嫌だなと思っていちおう
「はい、あ、そうなんだ」
と応対しました。
「いや、もう、泣きました。いい作品ですね」
糸井さんは、電話でそう言ってくれました。
糸井
あの漫画がなかったら、
いまのみうらはないんじゃないかな?
みうら
そのとおりですね。
ぼく、あれを描いたときにまわりから
「これ以上、漫画描かないほうがいいんじゃない?」
と言われました。
「あれで終わっとけば、
 『いい漫画描いたみうらじゅん』で
 終われるじゃない」
と(笑)。
糸井
いや、やめる必要はないよ。
だけど、『アイデン&ティティ』って、
作者が本気にならないとできない類の
仕事だよね。
あの漫画は映画になったけど、
誰もが持ってる本気さみたいなものが
表現できてるから、
映画もよかったよ。

あと、みうらはバンドもやってよかったね。
「人がドドドドっと動くのは、
 こちらが考え抜いたものではない」
ということが、
バンドのようなものをやると
よくわかります。
みうら
ええ、ええ。
糸井
そういう経験は、すごくでかいよ。
みうら
「大島渚」というバンドで
「イカ天(いかすバンド天国)」に出たときも、
例の「いちファン」の方から電話をいただきました。
糸井
ああ、‥‥いちファン(笑)。
みうら
「このあいだテレビで見だんですげど、
 大好きなんでずぅ」
って、そのときは、ちょっと訛った人だった。
糸井
「(訛って)あのぅ、みうらざんですか」
みうら
そうそう。
そういえば、こんなこともありました。

漫画でデビューしてちょっと経った頃に、
「(訛って)あのう、
 群馬県の上毛新聞の者なんですけど」
という電話がかかってきたんですよ。
「上毛新聞の朝刊に『上毛くん』という
 4コマ連載をね、お願いしたいんですけど」
と、その人は言うんです。
‥‥新聞の4コマ連載ということは、
描けば毎日お金が入る。
やったーと思いました。
「とりあえず上毛くんのキャラクターを
 まず描いてもらって」
っていうんで、その方にFAXで送りました。
送った先の番号を、よーく見たら、
糸井さんとこでしたね(笑)。
糸井
わははは。
みうら
ぼく、上毛くんの絵を
いまも残してますよ(笑)。
糸井
ああ、きっと暇だったんだね(笑)。
みうら
(笑)。
でも、こうやって糸井さんには
いつも背中を押してもらってるんです。
糸井さんが文春で連載されてた『萬流コピー塾』の
本が出るときも、電話がかかってきました。
「みうら。こんど『萬流コピー塾』の
 単行本が出るんだけど、イラストをさ」
糸井さん、そこで止めるんですよ。
だからぼくは
「あ、ありがとうございます!」
って言うじゃないですか。そしたら
「湯村さんに頼もうと思って」
って(笑)。
糸井
わははは、ごめん。
みうら
「あ、最高じゃないですか」って(笑)、
応えました。
糸井
俺、よく人には
「みうらとは仕事なんか何もしてないんだよ」
って言ってるけど、実は、わりとしたね。
みうら
よくつきあっていただいたなと思ってます。