その捌 [8] 「やりたい」以外に答えはない。


糸井 新感線の場合って、
再演って形で時間経ってから
またやるの多いですよね。
それも自分との戦いがあって、
なかなか大変だろうなと思うんですけど、
染五郎さん自身も2度やったことってありますよね。
染五郎 『阿修羅城の瞳』を再演しました。
糸井 そういう場合はどうですか。

染五郎 いや、けっこう最初お話がちょこっとあったときには、
「いや、あれはあのときの自分でないと
 できなかったことだから」
と思ってたら、
僕以外の役をすべて変えるということで
話が来たので、「ああ、じゃあ‥‥」と。
糸井 オーケストラ入替えですよね、
1人でソロで歌うのに。考え方としてはね。
染五郎 ええ。「じゃあ、ありえるな」というふうに思って。
また、ここの社長さんもなかなかの方で、
持っていき方もうまいんですよね、すごく。
糸井 染五郎さんに絶対出てほしかったってことだよね。
染五郎 断る要素がどこにあるのか、
どこにもない、っていうようなことを
持ってきますからね、
もうそれは「やりたい」って言う以外、
どういう答えがあるんだっていう
持っていき方ですからね。
糸井 で、やってみたらどうだったですか。
染五郎 いや、やっぱりまったく前のことを意識せずに、
また違う作品をやってるような感覚ではありましたね。
糸井 結果的に同じ考え方をしてたんだなって場所が
あちこちに出てくるわけでしょう?
染五郎 ありますね。そこはもう逆にいのうえさんも、
「いいとこはいいんだから、そのままやろうよ」
みたいな。もう役者も変わったりするから、
そういう部分はもちろん当然自然と変わってくるけど、
ここはもう同じだと言われても、
これしかないからやろうぜって。
なんか自然に前のことを踏襲するというか、
いつも本当に自然な形なんですよね。
だから、同じことでも抵抗なく、
「前どうやってたかな」
とか考えることもなくそれができちゃってたり。
糸井 前のを忘れちゃってるはずなのに
同じことをやってたっていうのは、
やっぱり相当染み込んでるというか、
いい芝居なんですよね、きっと。
染五郎 うん、うん。
糸井 それは、僕らの仕事でもあるなあ。
もうまったく前のこと忘れてるのに、
「これいいだろ」つったら、
「それ前も言いましたよ」って(笑)。
それはもう絶対いいですよね。
染五郎 そうですね。
そこまではあえて避けて
違うことをしなくてもってありますよね。
糸井 そうですね。そういうのを
どのくらいちゃんと大事にできるかってのは
やっぱり経験ですよね。
だって思えば芝居って、
昨日と同じことをやってんですもんね。
そのパターンを時間を4年とか置いたら、
その再演になるわけだ。
染五郎 うん、そうですね。だから、
再現という意味の再演はしたくないというか。
糸井 うん、なるほどね。
染五郎 再演であれば、
もちろん前見た人はやっぱり比べることは
あると思うんですけども、
でも、「あれと違う」と言われても、
「だって違うんだもん」っていうことだけで、
今回は今回での自分でやるというような、
それが自然とできた感じはありますね。
糸井 自分の経験が増えていくことで、
考え方とか感じ方とかって
多少変わってきますよね。
染五郎 変わってくると思うんですよね。
糸井 そこは面白かったでしょうね。
染五郎 面白かったですね。
入り方もそういう入り方だったんで、
なんか新鮮でしたね、すごく、やってて。
糸井 それ、もっとまた時間置いたら、
また面白いでしょうね。
染五郎 そうですね。ですから、その
『髑髏城の七人』のときも、
僕がやったのはアオドクロといって、
同じ年にアカドクロを古田さんがやってたとき、
7年前にほぼ同じメンバーでやってるんですよね。
それは僕も見てるんですけど、
7年経った古田さんの『髑髏城の七人』というのは、
もちろん7年分の年は取ってる
『髑髏城』だったんですけど、
なんか初めて実感として、
「再演ってカッコいいな」
というふうに思ったんですよね。
もちろん芝居もやっぱり
違うふうにはなってるんですけど、
なんか同じ芝居を7年前と
同じメンバーでやるっていうのが
すごいカッコいいなって実感しました。

糸井 それは僕も、ずいぶん年とってから
そういうことをカッコいいと思えるようになったな。
やっぱり絶えず新しいのを作るっていうことに
気を取られてる季節ってありますよね。
染五郎 ああ、なるほどね。
糸井 ずいぶん前だけど、野田秀樹が20何歳のときに
書いた芝居をもう50も近くなって再演して、
「20何歳のときに書いた芝居は今は書けない。
 だけど、今の演出は20何歳のときにはできない」
っていう言い方をして、
これはものすごいピンと来ましたね。
そこの変化を両方肯定できるという。
今日お話ししてて、最初のときに
「フレッシュさ」とかっていうのは
出せないって話と同じで、
両方面白いんですよね。
染五郎 そうですね。
もう変化してるっていうことですよね。
昔のことに頼ってというか
すがってることではない復活の仕方といいますか、
作り方っていう。
糸井 そうだなあ。体調最悪のときの
芝居の中にいいのが混じってたなんてことは
当然あるでしょう?
力が抜けてましたみたいな(笑)。
染五郎 そうですね。
糸井 じゃ、体調悪くすりゃできるかって、
そんなことはできなくて(笑)。
染五郎 そうじゃないんですよね。
それも不思議ですよね。
それは正直、やってみないと
わからないとこがあるんですよね。
糸井 わからない。で、失敗の失敗もあるし、
失敗の成功もあるし。
染五郎 そうなんですよね。
糸井 でも、失敗できなかったような人生を送ってきたら、
それはもう何も学べないわけだし、
上手に失敗できるってカッコいいですよね。
染五郎 そうですね。
糸井 芝居の人たちって
毎日新しい日を迎えるわけでしょう?
お日様が昇ってきたのを知ってるのに、
「昇ったぜ!」って言うわけじゃないですか(笑)。
で、それは、みんながその気持ちを
味わえたらいいだろうなと思うときありますよ。
染五郎 ああ、そうですね。
前にも何度か、
「毎日同じことやって飽きないですか」
って言われたりするんですけど。
糸井 それ言う人は間違ってますよ(笑)。
染五郎 それは考えたこともないんですよね。
糸井 でしょうね。
染五郎 そんなことはないっていう以前に、
考えたことがないですね。
もちろん体力的には
疲れがたまっていったりはしますけど、
そういうことは考えたことがないですね。
糸井 その「考えたことがない」っていうのを、
普通に生活してる人に味わってほしいね。
つまり、お日様昇ることへの感動と同じですよね。
染五郎 そうですね。知ってることなわけですからね。
糸井 うん。だから、すごいちっちゃい例でいうとさ、
新幹線から富士山見たときにさ、
「おお、富士山」って見るじゃない?
あれ俺、自分でもその自分好きなんですよね。
見ちゃう自分が。
「富士山だろ?」って言ってるやつは、
やっぱりつまんないよね。
染五郎 そうですね。そうですね。
糸井 いや、芝居の人たちの
その相手のセリフに驚けるっていう感性というか、
それはカッコいいなあ。
僕はそういう仕事したことがないもんだから、
スポーツマンに対する憧れみたいに、
踊りとか芝居の人たちに対して無条件で憧れますね。
染五郎 いや、でも、逆にそれが怖さだったりするんですよね。
例えば、そうやって自分自身も
本当に怒るって感情になったり、
本当に泣くっていう感情になったり、
芝居なのに(笑)。
で、それを見てるお客さんも笑ってたり泣いたり、
何のきっかけも言わずに一斉に拍手をしたり、
それってなんか、ときどき怖いと思ったりしますね。
糸井 すごいことですよね。
つまり、魂を仕事に使ってるわけですからね。
そんな、そんなんかなわんっていうとこありますよね。




2008-01-10-THU

(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN