第5回 それは「茶道」に似ていた
本木 納棺師という役柄を演じるにあたり、
実際の納棺の儀式に、
立ち会わせていただいたことがあって。
中沢 ほー‥‥。
糸井 それってつまり‥‥見学?
本木 ええ、本物を見たいと思ったんです。
糸井 なるほど。
本木 本物の納棺師の佇まいと、
現場の空気を、いっぺん肌で感じてみないと。
中沢 納棺師役を演じるためには。
本木 はい。それで、葬儀屋さんに扮装しまして。
糸井 紛れ込んだんだ!
本木 そうなんです、時には白衣なんか着込みましてね。

家族構成とか、ご遺族の人数とかで
ぼくだということが、わからなそうなお宅を
選ばせていただき‥‥。
糸井 なるほど、なるほど‥‥。
本木 現場では「アシスタント」ということにして、
納棺師さんの横につかせてもらい。

実際に、亡くなったおばあさんの足とかも
拭かせていただいたんですよ。

(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会
糸井 うわー‥‥映画そのままだね。
本木 それもね、急にふられちゃって。
中沢 おまえ拭いてみろ‥‥って?
本木 はい。すっごく緊張しましたけど、
とても貴重な経験をさせていただきました。
中沢 なんというかその‥‥バレなかったの?
本木 ええ、たぶん(笑)。

でも、それがたしか2月の終わりか、
3月のはじめごろで、
山形のほうは、まだまだ寒い時期だったんです。

で、触れた瞬間、外気と同じくらい冷たかった。
糸井 おばあちゃん‥‥が。
本木 それが、すっごく不思議だったんです。

だって、暖房をたいている部屋のなかに
横たえられているのに‥‥ですよ?
糸井 はー‥‥。
本木 納棺の現場、それ自体は
ある種「あたたかみ」に包まれているんですけれど、
おばあちゃんの「冷たさ」に触れたら
ああ、これが人間の現実なんだなあって、わかった。
中沢 うん、うん。
本木 身体を拭き清めたあとは、
細くなった身体に仏衣を着せ、
髪型をととのえて、メイクを施し、納棺します。
糸井 うん、うん。
本木 そして、ほおが少し赤らんで、
優しい顔になったおばあちゃんのご遺体に
いつも着てたというフリースを掛けて、棺に納めました。

そんな調子で、何件か‥‥。

その一連の儀式に立ち会ってると、
こう‥‥なんというか、
その場の空気がゆっくり「溶けだす」ような‥‥
うまく言えないですけど、
そんな感じが、したんですよね。
糸井 うーん。
中沢 うーん。
本木 その間、ご遺族はほとんどものをしゃべらず、
たんたんと儀式が行われているんですが、
なんか、やっぱり、
ひとりひとりが静かに、故人と対話してる感じがする。
中沢 なるほど。
本木 そして、故人に対するそれぞれの思いが
たっぷり充満したころ、
いいタイミングで、納棺師のかたが
「最後のお別れに、
 お顔を拭いてあげてくださいね」‥‥と、うながす。
糸井 そんな場面、映画でも描かれてましたね。
本木 ぬれた「綿花」を渡されて、
ひとりひとり、順番にお顔を拭いていくんです。

そのときにね、納棺師のかたが
「お声をかけていただいてもいいんですよ」
なんて言ってあげると、
みなさん、やっぱり、感極まっちゃって‥‥。
中沢 とつぜんクライマックスが訪れる、みたいな。
糸井 それまで、しゅくしゅくと進んでいた儀式が。
本木 そう。
中沢 ぼくも、あの「納棺の儀式」というものが、
ひとつの「作法・技術」として、
あれだけ完成のきわみまでにたっしているとは
この映画を観るまで、知りませんでした。
糸井 あれは‥‥美しいよね。
中沢 本木さんも言ってたけど「お茶」に似てる。
糸井 似てる。アーティスティックというか。
本木 まさに様式美です。
中沢 ま‥‥考えてみれば「お茶」というものも、
もともとは、戦場の武士が、
これから死地へ向かうときの「お作法」として
成立したわけだから。
本木 え、そうなんですか!
中沢 うん。
本木 じゃ、まさに「最後のもてなし」みたいな意味を
持ってるんですか、茶道って?
中沢 そう。
本木 はぁー‥‥。
中沢 つまり、千利休なんかは
まさに「おくりびと」だったわけです。
糸井 もともと、お坊さんだしね。
本木 はぁー‥‥。
中沢 そもそも「お茶」というものは
これから死に直面する人たちのこころがまえなり、
身体のふるまいかたを、
茶道という様式美を通じて、整えるものなんです。
本木 そうだったんだ‥‥。
中沢 他方で「納棺の儀式」というのは、
これまで、あまり手のつけられてこなかった
領域だと思うんですよ。
本木 ええ、まだ40年くらいの歴史ですから。
糸井 その間、日本人らしいやりかたで「発明」して、
発達させてきた、というわけですね。
中沢 そう、そう。
糸井 なにしろ、あの「納棺の儀式」って
西欧的な「ゆたかな感情表現」が少しでも加わったら、
ちょっと成立しなさそうですもんね。
中沢 うん、きわめて日本的だね。
糸井 死にまつわることを、ぜんぶ「様式」に置き換えて、
しっかり「別れられる」ようにしてる。
中沢 まさに、日本人の「発明」だと思います。
本木 で、その発明された様式は
美しさはもちろん、技術的にもたくみで。
中沢 技術。
糸井 テクニック、ということ?
本木 いちど、首つり自殺をされたという
身体の大きなおじいさんの納棺に
立ち会わせていただいたことがあるんですけど‥‥。
糸井 ‥‥ほう。


<つづきます>


2008-12-01-MON

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN