本木 |
納棺師という役柄を演じるにあたり、
実際の納棺の儀式に、
立ち会わせていただいたことがあって。 |
|
中沢 |
ほー‥‥。 |
糸井 |
それってつまり‥‥見学? |
本木 |
ええ、本物を見たいと思ったんです。 |
糸井 |
なるほど。 |
本木 |
本物の納棺師の佇まいと、
現場の空気を、いっぺん肌で感じてみないと。 |
中沢 |
納棺師役を演じるためには。 |
本木 |
はい。それで、葬儀屋さんに扮装しまして。 |
糸井 |
紛れ込んだんだ! |
本木 |
そうなんです、時には白衣なんか着込みましてね。
家族構成とか、ご遺族の人数とかで
ぼくだということが、わからなそうなお宅を
選ばせていただき‥‥。 |
糸井 |
なるほど、なるほど‥‥。 |
本木 |
現場では「アシスタント」ということにして、
納棺師さんの横につかせてもらい。
実際に、亡くなったおばあさんの足とかも
拭かせていただいたんですよ。 |
(C) 2008 映画「おくりびと」製作委員会 |
糸井 |
うわー‥‥映画そのままだね。 |
本木 |
それもね、急にふられちゃって。 |
中沢 |
おまえ拭いてみろ‥‥って? |
本木 |
はい。すっごく緊張しましたけど、
とても貴重な経験をさせていただきました。 |
中沢 |
なんというかその‥‥バレなかったの? |
本木 |
ええ、たぶん(笑)。
でも、それがたしか2月の終わりか、
3月のはじめごろで、
山形のほうは、まだまだ寒い時期だったんです。
で、触れた瞬間、外気と同じくらい冷たかった。 |
糸井 |
おばあちゃん‥‥が。 |
本木 |
それが、すっごく不思議だったんです。
だって、暖房をたいている部屋のなかに
横たえられているのに‥‥ですよ? |
|
糸井 |
はー‥‥。 |
本木 |
納棺の現場、それ自体は
ある種「あたたかみ」に包まれているんですけれど、
おばあちゃんの「冷たさ」に触れたら
ああ、これが人間の現実なんだなあって、わかった。 |
中沢 |
うん、うん。 |
本木 |
身体を拭き清めたあとは、
細くなった身体に仏衣を着せ、
髪型をととのえて、メイクを施し、納棺します。 |
糸井 |
うん、うん。 |
本木 |
そして、ほおが少し赤らんで、
優しい顔になったおばあちゃんのご遺体に
いつも着てたというフリースを掛けて、棺に納めました。
そんな調子で、何件か‥‥。
その一連の儀式に立ち会ってると、
こう‥‥なんというか、
その場の空気がゆっくり「溶けだす」ような‥‥
うまく言えないですけど、
そんな感じが、したんですよね。 |
糸井 |
うーん。 |
中沢 |
うーん。 |
|
本木 |
その間、ご遺族はほとんどものをしゃべらず、
たんたんと儀式が行われているんですが、
なんか、やっぱり、
ひとりひとりが静かに、故人と対話してる感じがする。 |
中沢 |
なるほど。 |
本木 |
そして、故人に対するそれぞれの思いが
たっぷり充満したころ、
いいタイミングで、納棺師のかたが
「最後のお別れに、
お顔を拭いてあげてくださいね」‥‥と、うながす。 |
糸井 |
そんな場面、映画でも描かれてましたね。 |
本木 |
ぬれた「綿花」を渡されて、
ひとりひとり、順番にお顔を拭いていくんです。
そのときにね、納棺師のかたが
「お声をかけていただいてもいいんですよ」
なんて言ってあげると、
みなさん、やっぱり、感極まっちゃって‥‥。 |
中沢 |
とつぜんクライマックスが訪れる、みたいな。 |
糸井 |
それまで、しゅくしゅくと進んでいた儀式が。 |
本木 |
そう。 |
中沢 |
ぼくも、あの「納棺の儀式」というものが、
ひとつの「作法・技術」として、
あれだけ完成のきわみまでにたっしているとは
この映画を観るまで、知りませんでした。 |
糸井 |
あれは‥‥美しいよね。 |
中沢 |
本木さんも言ってたけど「お茶」に似てる。 |
糸井 |
似てる。アーティスティックというか。 |
本木 |
まさに様式美です。 |
中沢 |
ま‥‥考えてみれば「お茶」というものも、
もともとは、戦場の武士が、
これから死地へ向かうときの「お作法」として
成立したわけだから。 |
|
本木 |
え、そうなんですか! |
中沢 |
うん。 |
本木 |
じゃ、まさに「最後のもてなし」みたいな意味を
持ってるんですか、茶道って? |
中沢 |
そう。 |
本木 |
はぁー‥‥。 |
中沢 |
つまり、千利休なんかは
まさに「おくりびと」だったわけです。 |
糸井 |
もともと、お坊さんだしね。 |
本木 |
はぁー‥‥。 |
中沢 |
そもそも「お茶」というものは
これから死に直面する人たちのこころがまえなり、
身体のふるまいかたを、
茶道という様式美を通じて、整えるものなんです。 |
本木 |
そうだったんだ‥‥。 |
中沢 |
他方で「納棺の儀式」というのは、
これまで、あまり手のつけられてこなかった
領域だと思うんですよ。 |
本木 |
ええ、まだ40年くらいの歴史ですから。 |
糸井 |
その間、日本人らしいやりかたで「発明」して、
発達させてきた、というわけですね。 |
中沢 |
そう、そう。 |
糸井 |
なにしろ、あの「納棺の儀式」って
西欧的な「ゆたかな感情表現」が少しでも加わったら、
ちょっと成立しなさそうですもんね。 |
|
中沢 |
うん、きわめて日本的だね。 |
糸井 |
死にまつわることを、ぜんぶ「様式」に置き換えて、
しっかり「別れられる」ようにしてる。 |
中沢 |
まさに、日本人の「発明」だと思います。 |
本木 |
で、その発明された様式は
美しさはもちろん、技術的にもたくみで。 |
中沢 |
技術。 |
糸井 |
テクニック、ということ? |
本木 |
いちど、首つり自殺をされたという
身体の大きなおじいさんの納棺に
立ち会わせていただいたことがあるんですけど‥‥。 |
糸井 |
‥‥ほう。
<つづきます>
|