本木 |
身体の大きなおじいさんの納棺に
立ち会わせていただいたことがあるんです。 |
糸井 |
ほう。 |
本木 |
もう、巨体といってもいいほどの
立派な体格のおじいちゃんを、
女性納棺師のかたが、
軽々と‥‥といったらヘンなんですけれど。 |
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糸井 |
なるほど、なるほど。
つまり「肉体の技術」のことですね。 |
本木 |
パシュパシュッと、身体のさばきかたが、
見るだにすばらしく。 |
中沢 |
うん。 |
本木 |
膝の先を身体の下にうまく差し込んだりして、
テコの原理みたいなことなんでしょうけど。 |
中沢 |
だから、ほんと「お茶」なんだよなぁ(笑)。 |
糸井 |
そういう様式から生まれる美しさや、
技術のたくみさが、
あの「納棺の儀式」を成立させてるんでしょうね。 |
中沢 |
だからぼくは、この映画を観て、
親しい人の「死」という現実を
日本人はやっぱり「型」で乗りきるんだなあって、
あらためて、おどろいたんですよ。 |
本木 |
なるほど。 |
中沢 |
たとえばユダヤ人だったら、
身のまわりに起きるものごとを、
「数字」で処理するんだと思うんです。 |
本木 |
数字‥‥どういう意味ですか? |
中沢 |
つまり、どんな状況にあっても、
最終的には「計算の帳尻」を合わせていく。
そうすることで、
自分たちの世界をコントロールしてるんです。 |
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糸井 |
言いかえると「損得」に近いものかな。 |
中沢 |
そうですね。
その点、日本人という民族は、
人の死さえも、いや、死であればこそ
とにかく「型」で決めこんで乗り越えていく。
そういう民族なんだなぁって。 |
糸井 |
なるほどね。 |
本木 |
たしかに、あの「納棺の儀式」の存在で、
人の死にまつわる混乱や興奮の状態が、
かなり緩和されているんじゃないかと、思います。 |
中沢 |
そうですか。 |
本木 |
あの時間があるとないのとでは、
たぶん、故人も遺族も、
納得の度合いが違ってくるような‥‥気がする。 |
糸井 |
いや、そうなんでしょう、きっと。 |
本木 |
いま、NHKのドラマで
司馬遼太郎さん原作の『坂の上の雲』を
撮影してるんですけれど‥‥。 |
糸井 |
ええ。 |
本木 |
話の舞台が日露戦争のころで、軍人役ですから、
呉の海上自衛隊の学校に、
見学やら、取材やらで
おうかがいすることがあるんです。
で、その近くに、海軍の墓地があって。 |
中沢 |
はい、はい。 |
本木 |
そこに行って、あれだけの数の人たちが
「おくる/おくられる」なんてこともないまま、
海の藻屑と消えてしまったことを思うと、
ふつうに屋根のあるところで
「おくってもらえる」ということ自体が
すごく幸せなことなんだなぁって感じたりして。 |
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糸井 |
だから、ひとつの「場」として、
死者も含めて安定してるってことなんでしょうね、
納棺の現場って。 |
中沢 |
そうだね。 |
本木 |
それに、お茶の作法にも、納棺の作法にも
人間らしい「配慮」を感じるんです。 |
糸井 |
ああー‥‥。 |
本木 |
ひとつひとつの動きに、
「意味」と「こころ」が込められている。 |
糸井 |
流派とかもあるのかな? |
本木 |
わたしたちは、北海道にある納棺協会のスタイルに
お世話になりましたが、
別のやりかたも、もちろん、あると思います。 |
中沢 |
1954年の洞爺丸などの沈没事故のときに、
その納棺協会の創始者のかたが、
ご遺体を運び上げるお手伝いをしたとか。 |
本木 |
はい、そのきっかけが「納棺師」のはじまり‥‥。
その後、進化して
欧米の「エンバーミング」という技術も入ってきて。 |
糸井 |
それって、防腐処理というか、
遺体を長期保存するための技術ですよね。 |
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本木 |
ええ、血液とホルマリンを入れ替えるっていう。
欧米では基本的に土葬ですし、
たとえば偉人が亡くなった場合などは
セレモニーのために長く保存できるように、と。 |
中沢 |
うん。 |
本木 |
もともと、それらの技術は
戦争なんかのときに、
戦死した兵士を、できるだけよい状態で
本国まで送りとどけるために
発展してきたものらしいんです。 |
糸井 |
へぇー‥‥。 |
本木 |
その技術が、だんだん、
葬送の世界にも導入されるようになって。 |
中沢 |
保存のための防腐処理だけでなく、
ご遺体の修復も含んだかたちでね。 |
糸井 |
修復。 |
本木 |
外科的な手術を施して、ご遺体を修復する。
手先の器用な日本人は、そういう技術も取り入れて
近年は「エンバーマー」の免許を持っている
納棺師のかたも、そろってきた。
そんな時期に起こったのが
あの、1995年の阪神大震災だったんですよ。 |
中沢 |
ああ‥‥なるほど。 |
本木 |
たくさんのかたがお亡くなりになられて‥‥。
皮肉ですけれど、そうした出来事を経て
エンバーミングの技術や知名度は
普及するようになった、ということです。 |
中沢 |
あの技術って、旧ソ連はじめ共産圏の国では
独自の発達のしかたをしてますよね。
レーニンとかスターリン、
ヴェトナムのホー・チ・ミンとか‥‥。 |
本木 |
ああ! |
糸井 |
まるで眠ってるみたいにして‥‥。 |
中沢 |
保存されてるでしょう? |
糸井 |
今にも起きだしそうな感じで
安置されてますよね‥‥そうか、そうか。
つまり「カリスマの実体化」なわけだ。 |
中沢 |
社会主義の国ならではというか。 |
糸井 |
つまり、唯物論だ。 |
中沢 |
そう、唯物論の極致なんです、あれは。 |
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<つづきます>
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