糸井 |
ようするに「隠すべき部分」について、
納棺の儀式には、
こまやかな配慮があるじゃないですか。 |
本木 |
ええ。 |
糸井 |
たとえば、若い女性のご遺体を
儀式上「裏返す」ような必要があるとき、
納棺師は、いやらしい気持ちなど
ぜんぜん抱いていないんだってことを‥‥。 |
中沢 |
ところどころで、表明してますよね。 |
糸井 |
なんというか「手品師が袖をまくる」みたいに、
「エロス」のかけらも
ここには介入しておりませんので‥‥という
証明みたいなことを、次々やるんです。 |
本木 |
ええ、ええ。 |
|
糸井 |
ご遺体を仏衣に着せかえるときには、
この布をかぶせて、見えないようにして‥‥とか。 |
中沢 |
うん。 |
糸井 |
なのに、清拭のために、素肌には触れてる。 |
本木 |
ええ。 |
糸井 |
だから、どんなに「エロスはありませんよ」という
フリをしたって、
どうしても「エロスのうたがい」がモヤモヤと‥‥。 |
中沢 |
エロスのうたがい(笑)。 |
糸井 |
そこで、映画では「さわっちゃった」んです。 |
中沢 |
うん‥‥。 |
本木 |
あはっ‥‥ははは(笑)。 |
糸井 |
なんとなくモヤモヤとスッキリしなそうな
納棺の「エロス問題」を
ああやって「さわっちゃって」、
つまり「笑い」に回収してしまうことで、
かるく解決しちゃってるんです。 |
中沢 |
この映画の「ポップス」の側面だよね。 |
糸井 |
ちょこっと音鳴らしといたから、みたいな。 |
中沢 |
ちーん‥‥とね(笑)。 |
糸井 |
そうそう(笑)。 |
本木 |
あはははは(笑)。 |
|
糸井 |
もう、あの場面でね、
もう招待されちゃったですよね、ぼくは。 |
本木 |
そこは小山(薫堂)さんの腕でしょう。 |
糸井 |
あのシーンを冒頭に持ってきたことで、
観ているほうには、
映画全体の俯瞰図が手に入るんですよ。 |
中沢 |
うん、そうだね。 |
糸井 |
どのくらい分量、笑わせるのかってことも、
だいたいわかったしね、あれで。 |
本木 |
ご遺体とはいえ他人の身体ですから、
どれくらいさわってもいいものなのかと、
とまどいがあったんです、ぼくも。 |
中沢 |
だろうねぇ。 |
本木 |
で、納棺師のかたに、そのへん確認したんです。
そうしたら、女性の場合、
たとえば「胸」をお拭きするときには、
「胸のまわりあたり」を拭いてる、と。
そこはさすがに、触れませんので‥‥というか。 |
糸井 |
実際、そういう表現をしてますよね。 |
本木 |
はい、そういう動きをしています。
ただし、「股間」についてはですね、
けっこうお歳を召されると、
おじいさんなのか、おばあさんなのか、
わからなくなるケースが、あるんですって。
もちろん、故人のお名前をおうかがいして、
男女の区別を
わかったうえでやっているんですけど、
やっぱりかんちがいしてしまう場合がある。
そして、まちがったお化粧をしてしまうときが
あるらしいんですよ。 |
中沢 |
へえー‥‥。 |
本木 |
だから、そのために、
ひとつの確認作業として、その‥‥。 |
糸井 |
わかります。 |
本木 |
おなかの部分からの流れでサッと触れて、
確かめることになってるらしいです。
だから「大丈夫、そこに手がいっても」って。 |
糸井 |
あの場面は、本木さん演じる小林大悟が
まだ「見習い」の状態ですから、
観客の目線とも近くて、感情移入しやすい。
このあたりも、
小山薫堂さんの達者なところだよね。 |
中沢 |
うん、ほんとうまかった。 |
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本木 |
小山さんといえば‥‥なんですけれど、
次、作品を書くときは、
チェロの響きが好きだから、
なんらかのかたちでチェロを絡ませたいと
思ってたらしいんです。 |
中沢 |
じゃあ、主人公が「元チェリスト」って設定は
たまたま偶然だったってこと? |
本木 |
ええ、そうなんです。
たまたま、小山さんの「次回作」が
この『おくりびと』だった‥‥だけ。 |
中沢 |
チェロって、つまり「女体」だよね? |
本木 |
はい。 |
糸井 |
抱きかかえて演奏するところとか‥‥
完全に「女体」ですよね。 |
本木 |
そう、そうなんです。
チェロは女性の身体を模してつくられた楽器。
さらに、弦楽器のなかでも
いちばん人間の肉声に近い音域を持っているんです。 |
糸井 |
へぇ‥‥おもしろい。 |
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中沢 |
チェリストから納棺師ということは‥‥。 |
本木 |
関わる物体が、女体的「チェロ」から
「ご遺体」に、変わったわけです。 |
中沢 |
‥‥抱きかかえるものが。 |
糸井 |
ということですよね。 |
本木 |
そう考えると、チェロって
まるで棺みたいなケースに入れられているし‥‥。 |
糸井 |
ああ、そうか、そうか。 |
本木 |
「これ、狙ってたんですか?」って訊いたら
「ぜんぜん、そんなんじゃないんだよ」って。 |
中沢 |
ほんと、たまたま「次回作」だったと。 |
糸井 |
やっぱり強運なんだよなぁ(笑)。 |
本木 |
ご遺体を抱くためのレッスンとして、
チェリストという職業が用意されてた‥‥なんて
ちょっと深読みしすぎかもしれませんが。 |
中沢 |
いや、おみごと、おみごと。 |
糸井 |
うん、すごいですね。 |
本木 |
いろんなことが、うまくかみあって。 |
糸井 |
でもね、もっとすごいなと思ったのは‥‥。 |
本木 |
ええ。 |
糸井 |
プロのチェリストだったときに使っていた
大きくて高価なチェロを、手放したことですよ。
主人公が、都会を離れるときに。 |
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中沢 |
ああ‥‥。
<つづきます>
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